老執事
「これであなたの用事は終わりかしら?」
「…あなた、いえ、あなた様は…」
「別に今までどおり他人でいいわ。あの男の娘に敬称なんていらないもの」
それに、私はここにいなくていいことがわかったもの。お姉様は決して一人にならない。初めて会った寂しそうな顔はしなくて済む。それだけで私には十分だもの。
「いいえ、私たちには思いもつかなかった方法でお嬢様を守ってくださいました。それなのに私たちはあなた様に非礼を…」
「気にしていないでって言ってるじゃない。それに、そのお陰でお姉様のことを思っている人がいることを確信できたからよかったのよ。…だけど、あなたはマリアの祖父なのでしょう?マリアはあなたにまで私の命令を守っていたの?」
私の疑問に答えたのはずっと私の後ろに控えていたアンだった。
「マリアさんも悩んでいました。アリシア様にとって、ローレン様は確実に味方になるはずであると。ですが、ローレン様はあの男に一番近いこともあり、情報が聞かれる可能性が上がると判断したそうです」
「そう。あなたがローレンだったのね。父がよく融通が効かない執事だと言っていたわ。父がそう言っているのだもの、とても優秀な人なんだとは思っていたわ」
「ローレン様は私たち使用人の総括ですから。それに、ローレン様は奥様が亡くなってからの屋敷の管理などを全て行なっているのですよ」
そう、仕事のできない父に変わって屋敷の管理まで…
「待って!屋敷の管理って言ったわよね!?」
「はい、言いましたが?」
どういうこと?ローレンが管理しているのであれば、エヴァンス公爵から援助されているのは何?勝手にお金だと思っていたけど、違うのであれば…だけど、どちらも父に対して味方である素振りは…どうしよう、ここにきてわからなくなって…
「ローレン、お金の管理もあなたが?」
「はい。そして、エヴァンス公爵との取引をしているのも私です」
「どういうこと?」
「あの男にはここのお金は少ないと教えてあります。明細表を見てもわかりませんので、最低限の金額をでっち上げたものを渡してあります。そして、エヴァンス公爵から借りていると装って、あの男がエヴァンス公爵に全く逆らうことができないようにしています」
「つまり、あなたとエヴァンス公爵はグルで、父には借金している感覚だけを与えて、この家の被害は全くないわけね」
「はい。その通りでございます」
ふふ、これでまた一つ、いえ、二つの問題が解決した。エヴァンス公爵もローレンも味方だし、父の借金は架空のものだから、お姉様には全く関係ない。
「あとは父を当主の座から落とす方法とドーラの件だけね」
「あなた様はあの男が当主から落とされたならば、どうなさるおつもりなのですか?」
「私?私はもちろん父と母とこの家を奪った大罪人として処罰されるでしょうね」
「「なっ!!」」
「何を驚いているの?当たり前じゃない。この問題はただの父が浮気していたという問題じゃないもの。ただ父が奪い取っただけ。父は自分が当主だって言っていたけど、本当はアーシャ先生が当主だったんでしょう?珍しい女侯爵。違う?」
「「……」」
最初は気づかなかった。けれど、父に領主としての能力は皆無に等しい。それは公爵とのやり取りでわかった。アーシャ先生に教えてもらった知識が父にはちっともない。ただ偉そうにふんぞり返っているだけ。国民のためとか、領民のためとか、一切考えておらず、自分だけしか考えていない。いや、私と母を入れて三人のこと…か。
「アーシャ先生が当主であり、父が殺害して当主と言い張るのであればそれはただの強盗と一緒。父はただの犯罪者として普通の人間からさらに成り下がった。そして私はそのただの犯罪者の娘。大人しく散るつもりよ」
「…それが、お嬢様のためだからですか?」
「ええ、だけどまだお姉様には言わないでね。それなら今のままでいいとか言い出しかねないから」
お姉様に聞かれたら、『今のままでも楽しいし、あなたを犠牲にしてまで前の生活に戻りたいとも思わないわ』とか言い出しそうなんだもの。
「あなた様は本当に…奥様と同じ考えをなさるのですね」
「ええ、私の先生はアーシャ先生だもの。当たり前じゃない」
どんなことでもアーシャ先生と同じと言われるのはやっぱり嬉しい。アーシャ先生は私の憧れの人だから…
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