第32話 密会ではないッ！
突然にこの場所に表れた出雲かなでは口に手を当て大げさに驚いている。
俺は驚きを眺めながら出雲かなではいいリアクションするなーと現実逃避気味に感心してしまった。さて、どうしようかな。面倒くさい事になるだろうなぁ。
「みっ、密会ですか……しっ、しかもその女の子……あの時の掃除箱！？」
「出雲さん。とりあえず冷静になろう。この子は佐伯アイ。裕樹の妹だ。裕樹の家で会っているはずだからわかるよね。お兄ちゃんの応援に来たらしいんだけど体育館の場所が分からなくって困っているところだったんだ」
「違います。私はアユトさんのよ……め……うぐっ」
俺が冷静にこの場を対処しながら邪魔な意見を発言しようとする口を抑えた。いきなり呼吸を制限されたアイは俺の腕の中で暴れている。
そしてアイの耳元で俺はすぐに話を合わせろと囁いた。するとアイは脇役モードへと様変わりした。
まず愛らしい瞳が消失して不満げに口元は曲げる。
「ってか、私がきもい兄貴の試合なんて見に来るはずないじゃん！」
腕を組んだアイは頬を少しだけ膨らませている。
「はぁ……アユトの早とちりには困っちゃうよ。そういえばこの人誰だっけ？ なんか見たことがある気がする」
あからさまにため息をついたアイは俺を流し見た。アイのセリフは気だるい感じなのだが妙に焦っている気配も漂わせている。
「この人は俺のクラスメイトの出雲かなでさん。君のお兄さんの友達だ。たしか勉強会のときに会ったと思うけど……」
「兄貴の友達……ふーん」
アイは出雲かなでの全身を眺める。敵対する視線は出雲かなでを怯えさせた。
「はっ、はじめまして。あの、私は一度お会いしている出雲かなでと申します！」
「いきなりだけど出雲さんって兄貴の事をどう思っているの？」
年上に向かい態度の悪いアイに出雲かなでは丁寧に接している。
今のアイは俺から見ても生意気だった。しかもほぼ初対面の相手になんて質問しているんだ。俺も相当に気になっている事をアイは直球で投げかけている。当然に出雲かなでは目を丸くさせた。
「ふぇ……お兄さんの事ですか……やっ、優しくていい人だと思っています」
「たしかに兄貴は優しいよね。しかも顔もかっこいい……きもいし。しかも爽やかで笑った顔でこっち見られるとドキって……いやいや、吐きそうになるくらい気持ち悪くなるんだよねー」
褒めているのかけなしているのか分からない。アイは照れたり突っぱねたりを繰り返していた。
俺が想像するにやはりアイはツンデレ妹なのだろう。兄の事をきもいと言いつつも決して本当に兄を嫌っているわけではないらしい。見え隠れする兄に対する好意が表情から違和感なく伝わってくる絶妙なツンデレ具合だった。
俺もアイの演技につられて脇役の仕事に力を入れる。
「本当にアイちゃんはお兄さんの事が大好きなんだね」
「だから違うっての！」
優しい笑みをアイに向けると予想通りに頬を膨らませた。からかう俺が笑っていると出雲かなでが遠慮がちに口を開いた。
「そっ、そういえば……この前の生徒会室ではお二人で何をされていたのでしょうか！？」
両手を胸の前で握り締め少し垂れている瞳はしっかり俺を捕らえている。ついにその質問が来てしまったか。
このまずい状況に陥ってしまってからいつかは来るであろうと予測していた。
時間稼ぎも出来たので出雲かなでの質問に心の準備をすでに済ませている。無様に慌てなくて済んだのはいいが、決して言い訳を思いついた訳ではなかった。
解決案を考えるために頭をフル回転させる。間を開けると不利になるのは百も承知だ。
「あの時も今の状況と同じだよ。アイちゃんが中学校をさぼって高校に遊びに来てたんだよ。んで、生徒会室に隠れていたのを俺が見つけたんだ」
少し強引過ぎたか。俺は動揺を見抜かれないようにわざと視線を出雲かなでにぶつけたままである。決して目をそらさない。アイは俺の出方を窺っているのか黙っていた。
続いて出雲かなでは核心をついてくる。
「そっ、掃除箱は……」
「掃除箱の中にいた理由は高校にアイちゃんがいると裕樹が怒るかなと思って俺が中で隠れていろって押し込んだのが原因さ。ほら裕樹って真面目だから」
「でっ、でもアユトさんも中にいましたよ？」
「いや、俺とアイちゃんが生徒会室で会っていると思われたら嫌だからとっさに俺も隠れたってわけ。結局ばれちゃったけどね。ははは」
「じゃあ妹さんの服がはだけていたのは？」
「それは掃除箱の中が暑かったせいじゃないかな。俺は気づかなかったけど……」
まるで尋問だ。矢のような質問に俺はなんとか致命傷を避けながら答える。かなりきびしい言い訳だがこれが限界だった。そして俺は今だとばかりにアイに視線を送る。
援護射撃のタイミングは今しかない。
「あー。あの時の話か。せっかく遊びに行ったのにアユトに叱られちゃったからショックだったなー。掃除箱も暑かったし最悪だったよ。兄貴の生徒会の仕事ぶりも見れなかったし……」
アイは今しがた思い出したように肩を落とす。俺の意向を汲んでくれたようだ。
いい攻撃だ。俺とアイは二人がかりで出雲かなでを攻め立てる。しかし勢いがあるのは出雲かなでだった。
「じゃあお二人は付き合っていて生徒会室にある掃除箱の中で、ハッ……ハレンチな行為を行っていたわけではないんですねっ？」
出雲かなでは真剣な表情で少し頬を朱色に変えていた。俺は思う。まあそう思われても仕方がないだろうな。
逆に俺がもし目撃者なら何を言い訳されてもそう思ってしまうだろう。とにかくあと一息だと感じた俺は自然に余裕のある笑みを作る。
「それは誤解だよ。俺はアイちゃんを守ろうとしたまでさ」
「私的にはアユトと付き合うなんて考えられないかな。こんな貧相な男なんて誰が好きになるかっての！」
何を言っているんだかの俺の笑み。ありえないからのアイの尖った口調。
「そっ、そうなんですね。事情は分かりました。すみません。誤解していたみたいです」
妙に嬉しそうな出雲かなでは小さく笑っていた。俺は内心でほっとした。妙な誤解が解けてよかった。出雲かなでの純粋さに感謝だ。
その後、ジュースを生徒会の人数分を購入すると出雲かなでに先に持って帰ってくれないかと頼んだ。そして出雲かなでは分かりましたと素直にこの場を後にした。
どうやらジュースを買う俺の手伝いに来たらしい。優しい子だなと出雲かなでの後ろ姿を眺めつつ俺は思った。
「何とか誤解を解くことに成功したな。とにかく良かった」
「私はちっともこれっぽっちも良くないです！」
二人きりなり誤解がとけた達成感を共有しようとしたのだが、なぜか反発されてしまう。アイの表情は先ほどまでの脇役の顔ではなかった。
なぜ怒っているのだろう。
「どうしたんだ？」
「役柄の上でしょうがないのは分かっています。ですが私がアユトさんの罵るような発言をしてしまいました。私は私が許せません。今日はこれで失礼します！」
アイは突然歩き出す。俺はアイの気持ちがわからず立ち尽くしていた。
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