第15話 ツンデレの領域外

 主人公である佐伯裕樹の部屋を見渡す。

 ベッド、机、本棚。どこか殺風景な部屋だなと俺は感じた。部屋の大きさも普通で家の大きさも俺が寝泊まりしている家と何ら変わらない。

一言で表すなら生活感が少ない、だ。

 佐伯裕樹の両親は二人とも公務員なので贅沢はせずに堅実に生きている結果、このような間取りを設定したのだろう。ちなみに俺は主人公の両親の給料や貯金の額も把握している。

 本日は延期になっていた勉強会の日だった。現在、俺、出雲かなでは主人公の家に集まっている。

 俺は隣に座る出雲かなでに顔を向けるとふいに視線を外された。どうやら実力派子役ルウのせいで誤解道を全力疾走しているらしい。

 ルウのせいで俺はいらぬ誤解を主人公とヒロインに抱かれているらしい。二人とも決して口に出しはしないが些細な態度の変化があった。

 佐伯裕樹は飲み物を取ってくると言って席を外している最中だった。

二人きりになると気まずい空気となるのはあまり居心地が良いものではない。


「出雲さん。何度も言うようだけどあの子の身体なんて触っていないから」


 この際はっきり誤りを正さなくては仕事に支障が出る。俺は前置きも無しにいきなり出雲かなでに話し掛けた。


「はっ、はい! 私は信じていますので……」


 驚いたのか出雲かなでは身体をびくつかせる。身構えられるのは困るのだけども。


「俺は本当に何もしていないから。本当に本当だから」

「はっ、はい。私は信じていますので……」


 ちょっと待て。信じているのは自分の考えか。それとも俺の発言かどっちだ。

 くそっ。本当にルウの奴。面倒な事を言いやがって。何、俺に恨みでもあるのかよ。もう本当に面倒くさい。俺の役柄上ではロリコンなどご法度だ。

 次の手を考えていると扉が乱暴に開いた。


「失礼。これ兄貴が持って行けって言うから持って来てあげたわよ」


 頭を悩ませているといきなりアイが現れた。両手にはジュースを持っている。

 俺はアイの不機嫌そうな顔を見ながらそういえば主人公の妹役だったなと改めて思い出した。

 アイが妹役を演じているのは知っているがどういう性格の妹なのかは知らない。そもそもアイは飛び入りの演者だ。どういう演技をするかはマユミに任せたので把握していなかった。


「久しぶりだねアイちゃん。元気にしてた?」


 俺と主人公は幼馴染の設定なので主人公の妹を知らないわけがない。

 自然な流れとして兄の友人として気さくに声をかけたのだが予想外にアイは不機嫌な態度が増した。


「アユトさぁ。私をちゃん付けするのは止めてって言ったはずだけど……もしかして馬鹿なの?」


 あれっ、呼び捨て。しかも怒っていらっしゃる?

 いつものアイとは間逆な雰囲気に一瞬だけ驚いたがすぐに演技の世界へ戻る。出雲かなでが居るこの状況では演技を続けなければならない。


「アイちゃんは相変わらずだな。でも馬鹿は言い過ぎだと思うよ」

「また……本当にアユトって学習しないよね。だから彼女が出来ないんだよ」


 それは関係ないだろ! 本心? 本心で言っているのか?


「……そういえば裕樹は戻ってこないのかな?」

「あのクズはもうすぐしたら来るんじゃない? ってか、何で私がこんな事をしなくちゃいけないのよ!」


 アイは乱暴にジュースを机に置く。コップの音に怖気づいたのか出雲かなではひゃっと声を上げた。

 どういうことだ。アイ本来の愛らしさを活かしきれていない。何だろうこの無愛想な妹は。マユミの奴。なんでこんな設定にしたんだよ全く。


「で。あんたは誰?」


 アイは出雲かなでを睨んだ。脅えきっている出雲かなでは「あっあのー……」と前置きしてから喋り出す。

 防衛反応なのか身体を丸くさせていた。殴られるとでも思っているのだろうか。


「佐伯君のクラスメイトの出雲かなでです……よろしくお願いします……」

「あっそ」


 頭を下げている出雲かなでに一言で返したアイは扉へ向う。なんて失礼な奴だなと俺は感じてしまう。演技なので仕方がないが少し腹が立ってしまうほどだった。

 もちろん腹を立たせるのはアイの演技が素晴らしいという意味でもある。するとアイの兄である佐伯裕樹が微笑みながら入室してきた。


「二人ともお待たせ。じゃあ勉強会を始めよう。アイもわざわざありがとうな。助かったよ」

「なんで私がこき使われるわけ……」


 アイは佐伯裕樹のすねを蹴った。俺と出雲かなでは同時に驚く。蹴られた本人である佐伯裕樹は平然としているが痛くないのだろうか。


「おいおい。あまり乱暴はするなっていつも言っているだろう。乱暴な女の子は男子に嫌われるぞ」

「はぁ? 余計なお世話だっつーのっ!」


 アイは佐伯裕樹のわき腹を殴るとドッという低い音を響かせた。さすがに痛かったのか佐伯裕樹は表情を歪ませた。

 すると暴力の対象となっている佐伯裕樹は俺と出雲かなでに目配せした。


「二人ともアイは本当は優しい奴だから驚かないでやってくれ。現に飲み物を運ぶのを手伝ってくれたのはアイだからな……」

「別にあんたの為にしたわけじゃないんだからねっ!」

「がはっ!」


 アイが華麗な回し蹴りを披露するとふんっと鼻で息をしてから姿を消す。太ももを蹴られて床に這いつくばった佐伯裕樹は痛みに耐えているようだ。


「裕樹……大丈夫か?」

「いつもの事だ。心配するな。たぶん反抗期なんだろう……」


 いつもの事って主人公、これはもうツンデレという域では無くただの暴力ではないのか? いつもの事で済まされる範囲を超えている気がするが。

 疑問に感じつつとりあえず本来の目的であった勉強会を開始する。

すでにアイの役柄は変更できない。アイもマユミに命じられた通り演技しているだけだ。

 主人公には同情するがもう変更は出来ない。謝罪はする必要がないだろうがとりあえずエールは送っておこうと思う。

 主人公頑張れ。

 勉強会が終る頃には幼女を脅かすかもしれない俺への誤解は解けつつあった。とにかく間違いだったと何度も説明をした成果だ。

なんで俺がこんなに必死にならなくてはいけないのだろうか。

 今度あの子に会ったら文句を言うと俺は決意を固めた。

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