第16話 心強い

 おかしい。なぜだ。どこで間違えてしまったのだ。

 主人公やヒロインたちを生徒会に入らせてから一ヶ月を越えた。つまり物語の期間が半分を超えてしまっていた。

 真中葵はもともと主人公に好意を寄せていたので予定通りあまり手を加えないでおいた。当然に今も客観的にわかるほどに主人公に対する好意を継続してくれている。

 問題は出雲かなでだ。

 出雲かなでと主人公を出来るだけ接近させているのだが、主人公を好きになってくれていない。

 最初は俺と主人公、出雲かなでの三人で下校をしていたのだが途中から二人を一緒に帰らせるように仕向け、出雲かなでに主人公の好印象な長所や、出雲かなでが主人公を意識する言葉を俺の口からしつこくない程度に伝えてきた。

 例えば、裕樹が君の事を可愛いと言っていたや、裕樹は困っている人を助けずにはいられない優しい奴だ、などの好感度を高める情報を与えた。

 他には出来る限り二人の共有する時間を作った。

日直を二人に任せたり、放課後の教室の掃除も二人に任せたり、生徒会の一つの仕事を二人に担当させたりしてきた。

 そんな脇役側の努力も実らず、まだ主人公を好きになっていない事に俺は頭を抱えている。

期間が決められている物語であるのに、早く好きになってもらわないと俺が考案したこの学園ラブコメの物語が破綻してしまうからだ。

 俺の思考を遮るように、本日行われている月に一度の責任者会議では、街の責任者であるおっさんの罵倒が会議室を響かせていた。


「こんなくだらない仕事は初めてだ。お前やる気あるのか? ラブコメ舐めてんのか?」


 現在この会議室では最初の会議と同じメンバーが顔を合わせていた。この会議もマユミは欠席している。


「すみません。私の力不足です」


 俺は腹を立てる事もせずに真実の事柄に潔く頭を下げた。反論しても仕方がない。早急に対策案を考えなければならない。


「ひどい言い方は止めて下さい! アユトさんは一生懸命やってます!」


 時間を見つけてはちょくちょく俺の家に遊びに来ていたアイが弁護してくれた。


「一生懸命しても物語が面白くなけりゃ意味が無いんだよ。これだから経験の少ないガキは嫌いだ。理事の娘だからって調子に乗るなクソガキ」


 現実的でもっともと思わざるを得ない意見がおっさんから吐き捨てられる。アイの慰めは嬉しいのだが結果がすべてだ。

 対策案をまだ考えきれない俺は、少し時間を下さいと頭を下げた。そのまま静止し、地面に位置する自分のつま先を見つめていたとき、学校の責任者であるフウキさんが発言した。


「私はアユトさんが考えられていたこの学園ラブコメの構想は嫌いではないですが、この状況になった今、新たな構想を考える必要があるのではないかと思います」


 男女に人気があるその容姿は真剣味を帯びている。事態はやはり深刻な状況に陥っていると俺は再確認させられた。

 何も解決する気配がないので会議はお開きとなる。俺は帰宅しようと準備するフウキさんを呼び止めた。フウキさんはいつもすぐに立ち去る。早めに呼び止めておく必要があった。


「フウキさんに個別に相談があるんだけどいいかな?」

「はい。分かりました。ここでお聞きしましょうか?」


 フウキさんは俺の背後に視線を向ける。振り返るとアイが歯軋りしていた。


「アユトさん。フウキさんと何処に行かれるのでしょうか!? 私にはお誘いなんて一切ないのに!」

「なぜお前は怒っているんだ……少しフウキさんと二人で話したいと思っただけだ。もちろん仕事の事についてだからな。それ以上でもそれ以下でもない」

「へー……アユトさんも仕事を理由にフウキさんと二人きりになろうとしていますね……アユトさん。職権乱用という言葉をご存知ですか? 権力は人を変えるのですか!?」


 なぜそんなに攻められる。俺は何か悪いことでもしているのだろうか。いや、してはいないはずだ。

 とにかくアイのいらぬ詮索でフウキさんに不信感を与えてしまうのはよくない。

 はっきりと間違いを正さなければ。ここは冷静に対応した方が優勢だろう。


「アイが思っているようなことではない。もちろん仕事だからな。とりあえずフウキさん外へ出ようか? 何か食べたいものでもある?」

「アイはケーキが食べたいです! ちょうど小腹が空いていた所なんですよね!」

「お前に聞いてはいないんだが……」


 アイが俺の服を掴みおねだりする。俺はアイのツインテールを引っ張り強引に突き放す。


「私もケーキを食べたいです。アユトさんがよろしければ三人で行きませんか?」


 にこやかな表情でフウキさんは俺を見る。あぁなんて大人な対応なんだ。人間が出来ている証拠なのではないかと俺は感心するしかない。

 本来なら二人きりが良かったのだが仕方がない。アイはどうせ後をつけてきそうな雰囲気なのでフウキさんの案に乗っかる事にした。

 駅前の開けた場所にあるカフェで席を取る。俺としてはあまりこういうカップルが使いそうな雰囲気の店には抵抗がある。

だがフウキさんが選んだ店なので文句を言うのもおかしな話なので何も言わずに店内に入った。

 フウキさんの印象から甘い物が好きそうな見た目ではない。中性的な美少女であるフウキさんはデザートなど口にしなさそうだと勝手に決め付けていた。

ブラックコーヒーを片手に持っているだけで抜群に絵になるだろうと考える。


「お待たせしました。チョコレートパフェ二つとコーヒーをお持ちしました」


 アイとフウキさんはチョコレートパフェを頼んでいた。フウキさんは自分でメニューを選ばずにアイと同じものを注文した。自分もケーキを食べた方がいいという気遣いで無理に頼んだのだろう。

 なんて空気の読める子なんでしょうか。両親の教育が素晴らしい。


「美味しいですよフウキさん。早くフウキさんも一口どうぞ!」


 見た目が幼いアイは子供のようにはしゃいでいる。頬に手を当てて「幸せー」と甘ったるい声を出していた。本当に無邪気な子供だなと感じているとフウキさんが両手で合唱した。そして瞳をゆっくりと閉じる。


「いただきます」


 なんて品がある子なんでしょうか。ケーキが来てすぐにがっつく野蛮なアイとは大違いだ。


「美味しいです。特にこのクリームが最高です。口どけも良くて良質な牛乳を使っているのは一口食べたら分かってしまいます。調理された方のこだわりを感じる一品です」

「でしょ! 美味しいでしょ! フウキさん分かってるー!」


 フウキさんは美味しいと口に出しながらアイよりも早く間食した。さらに間髪いれずに二つ目のパフェを注文する。

 どうやら甘い物は好きらしい。俺の予想とは何だったのだろうか。とにかく仕事の話をしなくては。


「フウキさん。食べながらでもいいから君の意見を聞かせてくれないか。会議で言っていた新たな構想ってのはどういう構想なのかな?」

「たしかに私は新たな構想に移る可能性があるとは言いましたが具体的な内容は考えてはいません。そもそも構想を考える権限を持ち合わせていませんので。構想や方針を練られるのはランクAの仕事なので」

「たしかにそうだよな……フウキさんなりの構想ってあるかな?」

「ありません」


 フウキさんの意見は正しい。ランクBであるフウキさんは与えられた命令を実行するだけの立場だ。物語の根幹を担う仕事を行う権限はない。俺はすでに追い詰められかけていた。

 新たな構想というのも今の状況なら十分に参考にしなければならない。だが俺は新たな構想が全く思いついていない状況だ。

 心のどこかでフウキさんが参考に出来る構想を考えているのではないかと期待していた部分はある。


「今すぐに良案を思いつかなくても考えればおのずと答えが見えてくる可能性はあります。私は実力あるアユトさんに従いますので心配しないで下さい」

「ありがとう。頼りにしているから」


 頭を悩ましている俺に向かってフウキさんが励ましとも取れる言葉をくれた。


「私もアユトさんの事をハチャメチャに応援していますのでお忘れなく!」

「アイもありがとう。それよりも……口元のクリームをなんとかしたらどうだ?」


 アイは恥ずかしそうに口元を拭う。俺とフウキさんは同時に笑った。

 もう一人のマユミは何もしない。街の責任者であるおっさんは好きではない。つまり現状ではフウキさんが俺の唯一の味方だ。

 本当に心強いなと考えているとフウキさんは三杯目のパフェを注文した。

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