第14話 野心家の脇役も多い

 生徒会の仕事を終えた俺はいつも通りに三人で帰路についていた。

 俺と佐伯裕樹と出雲かなで。この頃になってすでに三人で帰るのが当たり前になりつつあった。


「裕樹の家に行くのは久しぶりだから楽しみだ」

「アユトが春休み忙しいからって全然来なかったからだろ? 何度も誘ったけど断ったのはアユトだ」

「悪かったよ。俺は俺で用事があったから仕方ない」


 春休みは俺がこの世界に来た時期だ。

親友の二人は過去に遊ぶ機会がもちろん多かった。設定としては全く遊ばないというのもおかしな話だが、俺としては会議や物語の方針を決定する時間が必要だった。

 佐伯裕樹は用事の中身までは聞かない。親戚の家に行っていたという言い訳を用意していたのだが使う必要は無いようだ。


「今日の勉強会は出雲さんも来るだろう? ご両親は大丈夫だった?」

「はっはい。許可を得たので大丈夫です。おっお邪魔します」


 俺が問いかけると出雲かなでは慌てたように佐伯裕樹に頭を下げる。

 入学して間もないが実力テストが控えている。その為に俺の提案で勉強会を開こうと事前に伝えていた。

 そもそも実力テストの実施は急遽俺が決めた事だった。言うなれば出雲かなでが佐伯裕樹と近づく為の口実でもある。早く仲良くなってもらえればこちら側としてもやりやすい。


「一緒に頑張ろう出雲さん。じゃあさ。何時くらいまで大丈夫なの?」

「ママ……はっ、母親には十時までには帰ってきなさいって言われました!」


 すでに出雲かなでの両親に連絡を入れているので勉強会を断られるはずはなかった。

 ちなみに出雲かなでが両親をママとパパと呼んでいるのも知っている。

 三人で肩を並べて歩いていると進行方向で小さな女の子がしゃがみ込んで泣いているのを見つけた。

 車通りも少ない住宅街の電柱の傍でしゃがみこんでいる。近くまで歩み寄ると佐伯裕樹はもちろん女の子に声をかけた。なんの躊躇もない。さすが優しい主人公と言った所だ。


「どうしたんだい? 何かあったの?」

「お母さんとはぐれちゃった……どこにもいないの……」


 女の子の悲しみを含んだ声は聞き手の心に響く。なんて素晴らしい演技だと俺は演技を忘れて脇役として感じてしまった。


「そうか……じゃあお兄さんが一緒に探してあげるよ。アユト。出雲さん。悪いが先に俺の家に行って待っといてくれ」


 申し訳なさそうに俺と出雲かなでに両手を合わせる佐伯裕樹。

 あぁ。なんていい奴なんだろうと俺はぼんやり考えてしまう。俺達を巻き込まずに自分一人で解決しようとする姿勢。本当にいい奴だ。

 主人公の誠意や優しさは必ず出雲かなでに届くと確信してしまった。


「てっ、手伝わせて頂きます!」

「俺も手伝うよ。人数が多いほうが探すのが楽だろうし」


 協力することになり演技力が凄まじい女の子に母親の特徴などを聞き出す。

 この展開は全て俺の指示だった。迷子を助ける主人公を見て出雲かなでに好感を持ってもらう為だ。

 単純だが単純ゆえに効果は絶大だろう。主人公の最大の魅力は分け隔てなく振りまく優しさだ。ちなみに女の子の母親は隠れてもらっている。すぐに見つかってしまえば面白くないからだ。

 そして探す出す前に俺は先手をうつ。


「一緒に探すのは効率が悪いから二手に分かれよう。俺とこの女の子。裕樹は出雲さんと頼む。あっ。携帯の番号も交換して置こう。見つかった時にすぐに連絡入れやすいからな」

「そうだな。出雲さんの番号は俺も知らないから交換して置いた方がいい」

「よし決まりだ。出雲さんもそれでいいかな?」


 俺はすでに出雲かなでの番号を知っていたが佐伯裕樹は知らないままだった。自然な流れでお互いの携帯番号を交換させる必要があった。


「わっ、わたしのでよければお願いします!」


 なんて謙虚な言い方だ。俺はなぜか慌てた様子に内心で微笑んでしまった。

 出雲かなでの携帯には家族と引っ越してくる前の友達数人の登録しかないのは知っている。よほど嬉しいのか出雲かなでは自分の携帯を佐伯裕樹にかざした。

 番号を交換すると二手に分かれて探し始めた。俺は北側。二人は南側へと歩き出す。

 女の子と二人きりになると俺は街の管理人であるおっさんに連絡を入れた。女の子の母親の所在の確認と主人公達に対する指示の為だ。


「すみませんアユトです。作戦通りに遂行していますので事前の指示通りお願いします。それと先に母親の所在だけ教えといてくれませんか? 今から向いますので」

「母親の所在なんてその女の子に聞いたら早いだろう。いちいちこっちに連絡してくるな。面倒くさい」


 電話の向こうでため息を吐かれる。

 面倒くさいだと。連絡の義務を果たしているだけだろうが。


「……分かりました。では主人公の方は頼みます。住民の演者に指示をきっちりとお願いしますね」

「はいはい……分かりましたよ」


 すると電話はぶちっと一方的に切られてしまった。俺の欠陥もぶちっと切れそうだったが何とか堪えた。本当にあのおっさんは失礼な奴だ。任せて大丈夫だろうか。

 俺が内心で心配していると女の子が話しかけてきた。


「初めましてアユトさん。私はランクCのルウと申します。早速ですが私の演技はいかがでしたか?」

「……あぁよろしく。君はランクCだったんだね。演技は素晴らしかったよ。その歳であの演技力はすごいと思う」


 大人のような話し方に一瞬だけ動揺してしまった。

 ショートカットの幼い女の子は満足気に微笑んだ。子供らしくない笑い方だなと見た目とのギャップに少しだけ驚いた。


「私の演技力にかかれば当然です。あの……よろしければ私の才能をアユトさんの権限で協会に報告してはいただけませんか?」

「別にいいけど……君みたいな演者は初めてだな。まさか自分から評価をくれと言うのは珍しい」

「私は最年少ランクAを目指しております。マユミとか言うクソビッチに負けるわけにはいかないので」


 クソビッチ。俺の聞き間違いだろうか。いやそうだろう。こんな小さくて可愛い女の子が汚い言葉遣いなんて使う訳がない。そうか。俺は疲れているらしい。

 幻聴と言うやつだろう。一度ゆっくり休んだ方がいいかも知れない。


「……どうしました? そういえばアユトさんはクソビッチの幼馴染ですよね。でしたら一言伝えて置いてください。今すぐにでもくたばれと……」


 くたばれと吐き捨てるルウは瞳を最大に広げている。

 どうやら幻聴なんてなかったらしい。ここには憎しみしかない。


「あの……ルウちゃん。何があったのか知らないけどあまり汚い言葉は下品だと思うけど……」

「ちゃん付けは止めてください。同じ脇役で働く者同士、ランクAだとしても馴れ馴れしいのは嫌いです。権限の範囲内でちゃん付けするのならば何も反論致しませんがアユトさんは私が子供だからと言う理由で見下していると感じます。不快です。殺意すら感じます」


 何この子。怖いんですけど……。どういう家庭環境ならこうなるの。


「申し訳ない。じゃあルウさんと呼ぶよ」

「分かって頂けたのなら嬉しい限りです。とりあえずこれからどうしましょう? アユトさんの案ですと私達は時間が余ってしまいますが?」


 ルウはポケットから高そうな腕時計を握り締めて時間を確認する。もしかしてお金持ちの女の子なのだろうか。


「そうだな。じゃ公園で待機ってのはどうかな?」

「アユトさんの提案もよろしいですけど私の個人的な意見ですと喫茶店でよろしいかと。今日は蒸し暑いですしちょうど喉が渇いているので」

「そうだね……」

「最終的な判断はランクAであるアユトさんに任せますが?」

「……じゃあ喫茶店にしよう」


 半強制的に喫茶店になってしまった。

 でもたしかにこれから数時間は待ち時間となるのだから丁度いいのかもしれないと俺は自分に言い聞かせて二人で喫茶店に入った。

 俺は甘いミルクティーを注文したのだがルウはブラックコーヒーを注文していた。どうやらなかなかおませな小学生らしい。

 そして俺との会話を拒むかのように文庫本に視線を落としていた。

 無言のまま気まずい雰囲気で過ごしていると佐伯裕樹から着信があった。


「アユト。今どこにいる? 助けてくれないか!?」

「どうした。何かあったのか?」

「警察官に追われているんだ! なんでこうなったのか俺にも分からん。とにかく早く来てくれ!」

「分かった。じゃあ今から向うから待ってろ!」


 俺は携帯を切ると余裕を持ってミルクティーに口をつけた。どうやら作戦通りどたばたしているらしい。

 誘拐犯と間違われて警察に追われているのだろう。二人には申し訳ないが物語の為には必要な事だから許して欲しい。困難を二人で乗り越える。素晴らしい事ではないか。

 慌てていた佐伯裕樹とは違い俺はゆっくりとルウに質問する。


「そういえばルウさんの母親役の女性はどこで待機しているんだい?」

「そこに居ます」


 ルウは視線だけを俺の背後へと向ける。振り返るとたしかに女性が一人座っていた。

 小さく会釈する女性に釣られて俺も会釈を返した。どうやら待機場所はこの喫茶店だったようだ。

 それならそうと早く言ってほしいものだ。

 その後、街の演者へ向けて細かく電話で指示を出しながら俺は待機していると、文庫本を急に閉じたルウがおもむろに俺に話しかけてきた。


「一つ質問をよろしいでしょうか?」


 二杯目のミルクティーを飲み終えた俺は急な質問にびくっと身体を揺らしてしまった。


「……どうぞ」

「ランクAにはどうやってなるのでしょうか?」

「うーん。実績を積み上げて経験を詰めれば慣れるんじゃないかな。演技力と個性、状況に応じた対応力が必要だと俺は思ってるよ」

「個性ですか……」

「与えられた役をそのまま演じるのではなく役柄の範囲内で個性を出していく。まぁマユミは個性を出しすぎて役柄を変えてしまう奴だから参考にしないほうがいい」

「大丈夫です。あのクソビッチを参考にするなんてあり得ませんから。分かりました。私も個性と言う代物を考えてみます。質問に答えて頂きありがとうございます」


 ルウとマユミの間にいったい何があったのだろうか。興味はあるが恐くて聞けない。

 基本的にマユミは敵を作りやすい奴だった。本当は素直でいい奴なんだけどなと考えていると次は出雲かなでから着信があった。


「アユトしゃんですか? あのっ! 佐伯君が大変な事になっています! はっ早く来てもらえないですかっ!」

「分かった。すぐに行くから待ってて! 出雲さんは大丈夫?」

「私は大丈夫ですけど……あっ! 佐伯君。そっちは危ないです!」


 電話は途中で切れてしまった。

 どうやら相当に追い詰められているようだ。そろそろ向かった方がいいのかもしれない。

 母親役と打ち合わせして三人で喫茶店を出た。主人公の位置をまず街の管理人であるおっさんに問い合わせてからその場所へと向った。

 向っている途中ではルウが個性とは何かとの質問攻めを受けた。曖昧に答えている途中で佐伯裕樹達と合流する。

 路地裏の日陰で身を隠している。二人は疲弊した様子は表情に表れていた。


「大丈夫か二人とも! 何があったんだ?」

「やっと来たかアユト。大丈夫だが何がなにやら俺にも分からない。母親を探しているだけなのになんでこうなったのか……」


 するとタイミングよく警察官が俺達を見つけた。逃げようとする出雲かなでの腕を掴んで俺は首を横に振る。

 俺は警察官の元へゆっくりルウと二人で歩み寄る。すると警察官の傍には母親がいた。

 ルウは母親の元へ駆け寄り二人は抱きしめあった。ルウは「お母さん!」と叫びながら泣いている。感動的な場面なのかも知れないがルウの素性を知っているので複雑な場面だ。

 だが脇役としての演技を忘れるわけにはいかない。俺は柔らかい笑みを見せながら佐伯裕樹に「お疲れ様」と労いの言葉をかけた。

 警察官が勘違いだったと佐伯裕樹達に謝っているのを横目に俺はルウに目配せした。


「お兄ちゃん達ありがとう」


 歳相応の可愛らしい声だった。


「いやいやとにかく色々あったけど見つかってよかった。出雲さんも大丈夫だった?」

「はっ、はい。スリリングな一日になりましたっ。佐伯君がいなかったら私はどうなっていたか……」


 出雲かなでが胸を撫で下ろす。俺は二人に向けてもう一度「お疲れ様」と声をかける。母親からもお礼をもらうと出雲かなでは「こちらこそすみませんでした」となぜか同じくらいお辞儀をしていた。

 どうやら作戦は成功のようだ。二人の親密さが上がったのなら収穫だ。

 するとルウが警察官の方へ歩み寄る。


「お巡りさん。お母さんを見つけてくれてありがとう。あとね。そこのお兄さんなんだけど……」


 ルウが俺を指差した。警察官や母親、主人公達も一斉に俺を見る。


「私の身体にべたべた触ってきたからくすぐったかったんだ。お母さんを見つけるんだから触らしてもらうのが当たり前って言ってた。だからお巡りさんも私の身体を触っていいよ!」


 余りにも不意打ち過ぎて心臓が飛びだしそうになってしまった。

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