第13話 羨ましいとは言いたくない
今日は帰っていいわよと全員を生徒会に加入させてみせたマユミは解散を宣言した。
マユミは生徒会の活動は明日からと説明を付け足していたが同じ脇役指揮の立場である俺も初耳だった。
勝手に決めるなと怒鳴りたい所だが、主人公達が傍にいるので飲み込むしかない。マユミの独断は今に始まった事ではないのでもう慣れてしまっている自分もここにいた。
「じゃあ帰るかアユト」
「ごめん裕樹。今日は予定があるから出雲さんと二人で帰ってくれないか?」
「そうか。分かった」
俺は主人公と出雲かなでと帰らずに生徒会室に残る。マユミに文句ではなく伝えたい事があったからだった。
「とりあえずなんとか全員生徒会に加入できたな。ほぼ強制的だったような気もするけど」
二人きりとなった生徒会室でマユミに笑みを送った。俺の予定とは大幅に違ったが結果的に加入できたのなら問題はない。そりゃあマユミの勢いで達成されてしまったのは悔しいけど悔しい気持ちを表に出すほど俺は子供ではなかった。
結果だけを見ればなんとかなったのは事実なのだ。事実を捻じ曲げるつもりはない。
「身を削った甲斐があったわね」
一瞬何のことかわからなかった。何かを犠牲にしていたかなと俺は数分前の記憶を思い出した。
「もしかしいてお前の過去を喋ったからか?」
マユミは無言であごを引いた。
「身を削ったか……確かにそうかもな。でも何であのタイミングで昔話をしたのかは意味が分からなかったけどな」
マユミ自身が説明した通りマユミの両親はどちらも他界している。
過去に交通事故が起こり孤独になったマユミを両親の親戚が引き取った。その親戚の保護者と俺の父が親友だった。
ある日、父に連れられてマユミの親戚の家を訪問したのが俺とマユミの最初の出会いとなる。
当時のマユミは無口でこちらから話しかけても何も答えてくれない少女だった。心に傷を抱えたマユミの事情を父親から聞かされていた俺は優しく接するようにと頼まれていたのだった。
マユミは昔も今も変わらず容姿は整っている。俺は子供ながら可愛い人形が生きていると思ったほどだ。
どうしてマユミは自分の過去をわざわざ語ったのかを不意に考えてみた。
想像するに出雲かなでは自分を変えたいと考えており、佐伯裕樹は困っている人を見て見ぬ振りできないという二人の弱みに付け込んだのだろうという結論に至った。
ただ少しだけ違和感もある。上手くいきすぎではないだろうか。
「そういえば昔のお前と似ているな」
「私が何と似ているのかしら? 女神だとでも言うの?」
自分を自信満々に女神と勘違いするのはある意味すごい。
「お前は自意識過剰か。俺が似ているって言ったのは出雲かなでと昔のお前がだよ。お前も昔は挙動不審だったからな。話しかけても何も返してくれないし今より上品気味な無口だったよ」
久しぶりに過去を思い出した俺は懐かしさで笑う。変わり果てたマユミに慣れてしまっていたが、昔を思い出すと自然と幼いマユミと出雲かなでの印象を重ね合わせた。
「何を言っているのかしら……私は出雲かなでのようなぶりっ子女は大嫌いなのだけれど」
「大嫌いになられても困るのだけど?」
「では言い換えるわ。私はぶりっ子が大嫌いなのではない。大嫌いなのがぶりっ子なのよ」
「いや言い方を変えただけじゃ……」
「そう。アユトの創造力では言葉の本質が理解できないようね。女の裸を見すぎて脳が曇ったのかしら」
想像以上に否定したマユミはこちらに睨みをきかしている。どうやらあまり好意的な話題ではないのだなと瞬時に察した。
あまり二人の印象が似ている話を拡げるのは止めた方がよさそうだ。
「……そう言えば真中葵に何を吹き込んだんだ?」
空気に重さが増したので話題転換を急いだ。
転換と言ってもなかなか気になっていたことではある。質問を受けたマユミはさっきからこちらを睨んでいる目をいつもの観察するような目に変える。
機嫌が良くなったのか「知りたいのかしら?」と唇を舐めた。もちろん「知りたい」と答える。
「女同士の秘密だから言えないわ」
マユミの不敵な笑みを浮かべる。どうやら教えてはくれないようだ。興味はあるが無理に聞きだすほどではない。むしろ質問すればするほど良からぬ要求をされそうで怖い。
教える代わりに窓から飛び降りなさいとか平気で命令するのがマユミという幼馴染だ。
「そういえばお前の昔話には一つだけ間違いがある」
諦めた俺は些細な疑問を口にした。別に深い意味はない。
「へー。挑戦状かしら? 受けて立とうじゃない。死ぬ覚悟は出来ているのでしょうね」
「いやいや。挑戦状ではないだろう。なんでお前はいちいち会話を捻じ曲げるんだよ?」
「じゃあ何が間違いなのか簡潔に教えなさい。間違いなどない場合はあなたを心から軽蔑するわ。人を疑うという行為にはそれほどの痛みが必要なのだから」
なぜ俺は睨まれているのだろうか。そんなに悪いことを言った覚えはない。
「俺が言いたいのはずっと一人って部分だよ。俺が居たじゃないか。幼馴染を忘れられては困る。昔はお前とは毎日のように遊んでいただろ?」
昔のマユミは大人しくて本当に可愛かった。
俺が遊びに行くのを心から待ち望んでいてくれたものだ。夕方になって帰ろうとする度に寂しいから泣き出すのがあの頃のマユミだった。
「……アユトの存在を完全に忘れていたわ。不必要なことは脳の容量から削除するようにしているから仕方ないわね」
どうやら俺との思い出は削除済みの記憶らしい。
「そんなに容量を取る思い出では無いような気がするけど……」
「そもそも幼馴染気取りをされるのも腹が立つわ」
「ちょっと待て! 幼馴染なのは本当だろうが!」
「じゃあ私の好きな所を十個言いなさい」
好きな所を言えたら幼馴染だなんて子供の発想なのだけど。とは死んでも言えない。
俺は思いつく限りの事を並べる。
「可愛い。綺麗。実は泣き虫。優しい所もある。努力家。仕事が出来る。かっこいい。才能がある……」
マユミの良い所を言うと何だか虚しくなってきた。いつからだろう。マユミの輝かしい経歴を妬む様になったのは。昔は何も考えずにマユミと笑いあえるだけで楽しかったはずなのに。
マユミは努力して今の地位を勝ち取ったのは分かっている。マユミが変わったのではない。俺が変わったのだ。本当に俺は情けない男になったものだ。
「抱きしめたい美少女ナンバーワンが入ってないのはなぜなのかしら?」
「……はいはい。俺の大好きな女性ナンバーワンですよ」
「えっ……そう……別にアユトが勝手に大好きになるなら私は構わないのだけれど……」
「どうした? 何か言ったか?」
少し落ち込んでいるとマユミのぼそぼそとした声を聞きのがしてしまった。
「やはりアユトは私の幼馴染を名乗る資格が無いと言ったのよ。幼馴染を今すぐ返上して頂けるかしら?」
「いやいや。そもそも誰にだよ」
堂々としているマユミが心底うらやましい。これが俺の本心だったのだなと気づかされてしまった。
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