第41話 主人公たちの素顔

 物語でしか存在しないはずの主人公達が目の前で横並びに整列するのは奇妙な違和感があった。脇役の世界と物語の世界は違う。

 脇役である俺達は仕事で物語世界に移動できるが主人公達には出来ない。むしろ脇役の存在を知らないはずだ。なぜこの世界に存在しているのか理解出来ない。

 主人公達は学校指定の制服を身に着けており見慣れた服装が余計に混乱させる。

ゲンブは混乱している俺を面白そうに眺めながら一つ咳払いした。


「実は彼らは脇役の演者なのだよ」


 もったいぶらずに俺の疑問に答えてくれる。


「えっ……脇役の演者ですって?」


 なぜ物語の世界にいる主人公達が演者なんだ。いったいどういう事だ。説明を聞いてもすぐには理解できない。主人公やヒロインを演者とは絶対に言わないはずだという考えが凝り固まり、他に何も考えられなくなっていた。

 すると隣に座っていたマユミが呆れるように腕を広げた。


「アユト。鈍感過ぎて反吐が出るのだけれど?」

「何でお前は驚かないんだよ!?」

「つまりあなたは騙されていたという事なの。お人好しのアユトには騙されるのはお似合いなのだけれど、あまりにも鈍感過ぎるのも良くないと思うわ」


 すると笑みを浮かべるゲンブがマユミに反論した。反論と言っても口調は大人らしく落ち着いたものだった。


「マユミ君。騙すという言い方は間違っておる。試したというがふさわしい言葉じゃ」

「試したとはどういう事なのでしょうか?」


 二人に反応に意識しつつも俺は騙したと試したという言葉を繰り返しながら、主人公達の姿を順番に視線を送っていた。


「アユト君が本当にランクAにふさわしいのか今回の物語で試させてもらったのじゃ。言うなれば試験みたいなものじゃな。その指揮たのがマユミ君というわけだ。まぁとりあえず主人公とヒロインを演じた三人に意見を聞こうじゃないか」


 俺の動揺は置き去りにゲンブは話を進めた。先に話し出したのは佐伯裕樹だった。


「アユトは頑張っていたと思いますよ。ただ最初は状況を臨機応変に対応するのが欠けている気がしました。でも球技大会の頃になってからは良くなったなと感じました」


 はきはきと喋る佐伯裕樹は物語の主人公そのままだった。懐かしさが込み上げてくる中で真中葵が続く。


「私は裕樹君と同意見の部分もあるけど、それ以外に他の演者をまとめる指揮官の力が足りなかったのかなと思いました。統率力あってこその指揮官だと思います」


 批評を受け止める俺は何も言わずに聞き入っている。二人の率直な意見は情けないが俺自身でも感じたことだった。

最後に背筋をぴんと張っている出雲かなでが口を開いた。


「この結果こそ今のアユトさんの実力ではないかと判断します」


 決しておどおどせずに淡々と意見を述べた。言葉に冷気さえ感じられる出雲かなでの雰囲気に驚いた。目の前にいる出雲かなではまるで別人だ。

 俺は三人を見たときからの違和感の本当の意味がここで分かった。


「出雲さん……」


 あまりの変わりように反射的に口から漏れる。すると呼ばれた本人は真顔を俺の方へ向けた。


「もしかして私の変化に驚かれているのでしょうか? 改めて言うほどではないですが物語の私は全て演技です。送られてきた資料を元に仕事をしたまでです。ちなみに誤解されては困るので伝えて置きますが、私はあなたに告白するほどあなたの事が好きではありません」


 抑揚のない話し方で真実を告げられる。短い間だとしても物語を通じてのおどおどした出雲かなでの印象が俺の記憶で強く残っていた。

 思い返して考えると少しも演技と分からなかった。すばらしい演技だったと評価する反面、好きではない発言には正直ショックを受けてしまった。初めて女の子に告白されたのが演技だとは。切なくなるのは当たり前だ。脇役の定めだとでも言うのだろうか。

 すると出雲かなでの言葉にマユミが瞳を細めた。


「告白……私は聞いていないのだけれど?」

「私はマユミさんのご指示で行いましたが?」

「……なるほど。そういうことね」


 自己解決したのかマユミは虚構を睨んでいた。鋭い眼差しは冷たく光っている。


「とにかく三人とも忙しい中わざわざ足を運んでもらいすまなかった。すでに三人からは報告書をもらっておったのじゃが、簡単にでもアユト君に直接聞かせてあげたほうがよいと考えて呼び出したんじゃ。ご苦労様。もう帰っていいぞ」


 にこやかなゲンブが帰宅を促すと三人は同じように礼をした。すると帰り際に佐伯裕樹があっと声をあげる。


「すいません。もう少しだけよろしいでしょうか?」


 ゲンブが頷くのを確認すると佐伯裕樹は俺に意識を向けた。


「そういえばアユトに伝言がある。まずはフウキさんからだ。失礼な発言や行動、申し訳ありませんでした。次回、仕事先でご一緒できたら改めてお願いします、だってさ」


 確かに謝ってもらいたいほど物語をかき回したのは事実だ。さらに佐伯裕樹は続ける。


「あと、街の責任者のおじさんから。すまんな、俺もこんな事はあまりしたくなかったんだが仕事なら仕方ない。とにかく頑張れよ。だとさ」


 あのおっさんはいい人だったのかも知れないな。

 送られた伝言の人物を想像している間にまたなと笑みを残して、佐伯裕樹はヒロイン役だった演者と共に去っていった。

 そして部屋に残されたのは俺とゲンブとマユミとなった。

 俺は試されていたのか。主人公やヒロインの言葉で頭の中のもやもやが一つの線に繋がった。


「なんとか理解出来ました」


 俺は弱弱しく発言する。ゲンブの言う事が全て正しいのだろう。

俺がランクAとしての初の仕事は実はランクAの昇級試験みたいなものだったと。ショックと驚きが混ざり合った不思議な感情だ。

 結果はすでに明らかとなっている。実際に一緒に演じた主人公達からの意見に納得するしかない。

「不合格ですよね……」


 気落ちしてはいないのだが不意に言葉が漏れる。諦めたくない気持ちが言葉に出たのかもしれない。


「その発言は弱気すぎよアユト……情けない」


 やはり落ち込んでいると思われたのかマユミから容赦のない棘が飛んできた。避けもしない俺はまともに棘を受けた。マユミの意見はもっともだ。


「まあそう答えを急がなくてもよい。アユト君にはもう一人会って欲しい人物がおるんじゃ」

「もう一人ですか?」


 一体誰だろう。責任者のフウキさんやおっさんなのだろうか。だとしたら二人が佐伯裕樹に伝言を頼むのはおかしい。俺と会えるのなら伝言ではなく直接伝えればいいだけのこと。考え込む俺に構わずマユミが小さく呟いた。


「私は全くもって会いたくないのだけれど……」


 さらに機嫌を悪くするマユミに笑みを見せるゲンブは、再び携帯電話を操作した。

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