第19話 三文芝居
本日は土曜日なので学校は休みだった。
俺は昨日の主人公の告白に対してどう処理するべきか頭を悩ませながら公園へ向っている。
別に散歩をしている訳ではない。この物語の責任者である俺は祝日であっても部屋でだらだらと休むわけにはいかない。本当は主人公達と遊びに行く予定を立てていたのだが真中葵の呼び出しによって段取りが変わってしまっていた。
佐伯裕樹の件はこれからどうにかすればいいだろう。性癖なのでもう修繕不可能なのだろうか。もしアイと禁断の愛を育まれでもしたらラブコメというジャンルが壊れる。もう禁断の果実的なジャンルになってしまうような気がして悪寒が走った。
何気なく元気な子供達の姿を眺める。
子供達は川に石を投げて無邪気に遊んでいるようだ。ちなみにあの子供達も脇役の一部なので一応は無邪気な子供を演じている。
ただ、ランクが最下位に位置するのでエキストラと言ってもいい。物語にはあまり関係しないが街に誰もいなくなってしまっては不自然だからだ。
自分自身も同じように子供の頃から脇役を演じていたなと懐かしさを感じていると見知った人物に気がついた。
一人でなだらかな坂に生えた雑草に座り、真剣な表情でスケッチブックに鉛筆を走らせていた。
俺は気づかない振りをしながら自然に歩く。出雲かなでが風景画を書きに出掛けたのはすでに知っていたがこの場所とは知らなかった。
俺としては主人公が近くにいないのに出雲かなでと二人で会っても何の特にもならない。気づかない振りをしてやり過ごそうとするが運の悪いことに出雲かなではこちらをじっと見つめだした。
意識的に歩みを速めるがなぜか出雲かなではわざわざこちらに駆け足で近づいてくる。
「こっ……こんにちわ。アユトさん……」
わざわざ来なくてもいいのに。ただ挨拶をされてしまっては無視するわけにもいかない。
「こんな所で出雲さんと会うなんて。もしかして風景画でも描いていたとか?」
ふと、出雲かなでの性格的に呼び止めてまで挨拶をするのだろうかと少し不思議に感じながら笑顔を作る。
「はい……そうです。今日は晴れてぽかぽかしていますし外に出てみようかなと……」
出雲かなでは真っ白なセーターの裾に視線を向けながら恥ずかしそうに答える。
黒のスカートは膝上でゆったりと風に揺られていた。制服ではなく私服姿を初めて見たが出雲かなでの雰囲気に合っていてとてもよく似合っていた。
気温の話など軽い雑談をしていると出雲かなでは俺に向かって自分のスケッチブックを差し出した。突き出した指先は少し震えている。
「あのっ……良かったら見てくれませんか。まだ途中ですけど……」
出雲かなでは瞳を左右に揺らしている。話を切り上げて退散するタイミングを計っていた俺は笑顔でスケッチブックを受け取った。
川の流れや石の細やかな部分。遠くにかけられた橋なども丁寧に描かれており単純に上手だなと感じた。
「出雲さん。凄く上手に描けているじゃないか。感心したよ。本当にすごい。生徒会のみんなにも見せてみたらいい。たぶん俺と同じ感想だと思うよ」
率直な感想を述べると出雲かなでは嬉しいのか必死で笑顔になるのを我慢しているようだった。恥ずかしさと嬉しさが込み上げて頬が小刻みに動いている。
「いっ、いえ。大したことはありません。アユトさんも風景画を描かれているので感想が欲しくて……ありがとうございましゅ!」
深くお辞儀すると出雲かなでは我慢できなくなったのか表情を両手で隠しながら満面の笑みを作っている。
「暇人がこんな所で何をしているのかしら。あなたはやるべき事があるのではないの?」
いきなり背後から声をかけられた。想定外の人物だったが態度には出さずにゆっくりと振り返る。
そこには出雲かなでとは違い制服姿のマユミが堂々と立っていた。休日なのになぜ制服姿なのだろうと考えたが口には出さなかった。
そういえばマユミはいつも制服を着ているなと感じるに留まった。
「なんで生徒会長がここにいるんですか?」
「私がここにいては何かまずいことでもあるのかしら。あなたに私の行動を決める権利はないのだけれど」
マユミはいつも通りの態度で俺に視線を向けている。両手にはジュースを掴んでいた。マユミの呆れ顔はすでに見飽きている。なぜマユミがこの場に出くわしたのかは出雲かなでが答えてくれた。
「生徒会長とここで一緒に風景画を描いているんです……」
「生徒会長と?」
「はい」
「何で?」
意外な組み合わせに驚きを隠せない。マユミと出雲かなでが遊んでいる可能性など考えの中にまるでなかった。主人公とヒロインの動向は把握しているがマユミがどこで何をしているのかは全く知らない。
真中葵とならまだしもあまり学校でも会話がほとんどないこの二人が一緒に遊んでいるのは想像できなかった。そもそもこの二人が会話で盛り上がるのだろうかと余計な事を考えているとマユミが手に持っていたスケッチブックを奪い取った。
「出雲さんの創作活動を邪魔しないでくれる。はい出雲さん。完成まで見守っているから頑張ってちょうだい」
邪魔者扱いされた俺は二人に別れの挨拶すると目的地へと向った。
余裕を持って家を出たのでマユミ達と少し話したぐらいでは待ち合わせ時間を過ぎる心配はなかった。だとしても本当に意外な組み合わせだった。
マユミに何かしらの考えがあるのだろうかと考えながら目的地の公園にたどり着いた。広くもなく狭くもなくといった公園だ。
砂場には子供達。ベンチ付近にはお母さん達が談笑していた。俺は公園の出入り口で立って待つことにした。
「ごめんアユト。もしかして待った?」
少し待っていると駆け足で近寄る真中葵が現れた。
花柄のワンピースに紺のジャケットを羽織った真中葵は可愛さを強調しているようだ。大人びて見える真中葵は可愛い服装を好むとすでに知っている。
「わざわざ呼び出してごめんね。じゃあ近くの喫茶店に行きましょう」
「大丈夫だ。どうせ暇ですることも無かったから気にするな」
顔の前で手を合わす真中葵に俺は微笑んだ。真中葵の相談を聞くのも俺にとっては重要な仕事の一部である。
無事に合流出来たので喫茶店へ歩き出しているといきなり大学生らしき三人組みから話しかけられた。向かい側から横柄に近づいて来るのには気付いていたが話しかけられるとは思っていなかった。
「あれー。めちゃくちゃ可愛い子発見!」
彼らの馬鹿でかい声は馬鹿さを強調していた。
色鮮やかで何がいいのか分からない派手なシャツを着た三人は真中葵に近づく。真中葵にこんな奴らの知り合いはいなかったはずだが。俺は冷静に考えていた。
「何ですかあなた達は?」
「ねぇねぇ。俺達と遊びに行かない? きっと楽しいよー!」
下品に笑う三人はどうやら真中葵の知り合いではないようだ。なら誰の許可をもらってヒロインに話しかけているのだろうという問題が出てくる。
脇役を演じている彼らは俺の指示がない限りこのような事はしないはずだ。しかもこういう男達からヒロインを庇うという場面は主人公の見せ場だろう。
現在、俺と真中葵。全くもって意味のない場面だ。時間の無駄だとも言える。
「すみません。友達が困っているのでもう止めてください。さぁ行くぞ葵……」
公園の母親達がこちらの様子を心配そうに窺っている。
俺はこの三人がこのような行動をなぜ取るのかおおよそ予想出来ていた。どうやら誰かの指示で動いているのは間違いないだろう。俺を邪魔するのはあいつしかいない。
俺はとりあえずこの場を切り抜けようと葵の腕を引っ張った。
だが彼らは俺の肩を掴む。俺は相当な握力で握りしめられ顔を引きつらせた。どうやら逃がしてはくれないようだ。
「ヒーロー気取りですかお兄さん? かっこいいー! じゃあヒーローみたいに強いかどうか俺達に教えてくれよっ!」
三人とも身長は俺より高く身体も大きい。筋肉もあるようなので柔道か空手など格闘技をしているのかもしれない。そもそもなんでこんな雑に絡まれているのだろうか。三流台本のようなやりとりに苛立ちを覚える。
絡むならもっと丁寧に絡んできてほしいものだ。しかしこのままでは。
恐喝に脅えはしないが緊迫した空気は俺を焦らせる。まさかこの流れは。冗談だよな。冗談だと言ってくれ。
「えっ……ちょ……待って」
彼らが拳を鳴らし俺に向けて振りかざそうとする。ちょっと待て。暴力は駄目でしょう。しかも何この急展開。強引にもほどがあるでしょうに。
どうするべきか考える時間がなかった事で攻撃を交わすという判断すら間に合わなかった。
「うらっー!」
容赦ない攻撃は腹をえぐった。うずくまり咳き込む俺は涙目になりながら腹を押さえる。
なんでこうなる。しかもこの激痛。いやはや、手加減抜きですか。
「アユト! あんた達いきなり何すんのよ!」
真中葵が叫ぶ。俺も同じ気持ちだ。俺達に絡んで何をしてくれているんだこいつらは。しかも俺は一応は上司なはずだ。
腹を押さえながら俺はゆっくりと立ち上がる。どうやら逃がしてはくれないのなら話し合いをする必要がある。走って逃げても追いかけてくるだろう。なら無駄な体力を消耗するのは勘弁したい。正直痛いのは嫌だ。
「葵……先に行け……」
真中葵がこの場にいれば脇役としてのこちらの話が切り出せない。
だとすれば真中葵を先に行かせるしかない。三人組みは律儀に俺達のやりとりが終るまで待ってくれていた。
「アユトだけ置いて逃げるわけには行かない! 警察に電話を!」
素晴らしい正義感だが真中葵がここにいる限り暴力は終らない。
頼むからさっさと行ってくれ。すると暴力男が仲間に怒鳴った。
「お前ら携帯を奪い取って壊せ!」
乱暴に奪われた真中葵の携帯電話は地面と靴底に挟まれ画面が粉々に割れてしまった。口に手を当てる真中葵は命の危険を感じたように目を見開かせている。
俺は再度真中葵にお願いする。
「俺は大丈夫だ。だから先に行け」
「そんな友達を見捨てるなんて……」
「本当に何も心配ない。だから頼むから先に行ってくれ」
「そんなの出来ない!」
くそ。友達思いなのは高評価だがこの状況で頑固になられるのは面倒くさ過ぎる。何か遠ざける手段は無いかと思考をフル回転させた。
「じゃあ警察を呼んできてくれ。たぶんそこの道を曲がればすぐだったはずだ」
「分かったわ。すぐに呼んでくる!」
妙案により真中葵はようやくこの場から離れてくれる。警察署の場所は嘘なのでたぶん真中葵は走り回ることになるだろうなと少しだけ罪悪感が芽生えた。
とにかくやっとこちら側の話が出来る。真中葵の姿が見えなくなった途端に彼らは下品な雰囲気を締め出していた。
「すみませんアユトさん。大丈夫ですか?」
俺を殴った彼は心配そうに優しく問いかけてきた。どうやら役柄とは違い優しい好青年のようだ。心配されたことにより怒りが霧散してランクAとして丁寧に接しようと俺は決めた。
「いえ大丈夫です。かなりの腕力ですね。久しぶりにいいのをもらいましたよ。もしかして格闘技されてます?」
「よく分かりましたね。ボクシングと柔道を習っています。でも本気で殴ったのにさすがはアユトさんですね。気を失うんじゃあないかと心配してしまいました。アユトさんの指示で思いっきり殴れって聞いた時は本当に驚きましたよ」
彼は俺に向けて微笑んだ。場の空気が和んだ所で俺は気になる質問をする。
「今、俺の指示と言いましたけど誰から聞きました?」
「もちろん街を管理する責任者にお聞きしました。本当は暴力なんて嫌なんですけど仕事だと言われると仕方がない。結局は誰かがこういう悪い役柄を演じないと駄目ですからね」
どうやら予想通り街の責任者であるおっさんの仕業らしい。
俺はもちろんこのような指示は出してはいない。今回のお決まりの展開はどこかでもっと上手に使おうかとは構想していた。
だが不必要な場面でどうやら勝手に使われてしまったらしい。本当に勿体無い。
「そうですね。ではお疲れ様でした。俺はとりあえずヒロインを追いますんで」
「頑張ってください。お疲れ様でした!」
律儀に頭を下げる三人を置き去りに俺は歩き出した。真中葵は携帯を持ち合わせていない。俺からは連絡を取れない状況だ。
歩きながら街の責任者であるおっさんに文句の電話をしなければならないなと考えていた。普段はあまり怒らない俺でもさすがに腹が立つ。
勝手な行動は本当に止めてほしいものだ。これは立派な命令違反となるだろう。
真中葵の居場所を探る為に街の管理者へ電話する。文句を言うついででもある。
電話が繋がるとまず俺は真中葵の居場所を尋ねた。すぐに検索され商店街を走り回っていると報告を受けた。俺の電話に対して始めから面倒くさそうな声色は苛立ちを覚える。
俺は今日の出来事を指示したのはあなたですかと聞くと覚えはないと返ってきた。
どうやらこれ以上詮索しても時間の無駄と判断した俺は「次はないですよ」と言い放ち一方的に電話を切った。
結局、時間をかけて疲れきった真中葵と会えたが相談をゆっくりと聞く雰囲気ではなくなったので解散となった。
真中葵は本人に直接聞くからもういいと俺に告げて去っていった。
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