第11話 大丈夫なのだろうか
佐伯裕樹は俺へと疑問を投げかけた。当然と言えば当然ではある。
「アユト何か聞いていたのか?」
教室の机に頬杖をつき、佐伯裕樹は俺に問いかけてきた。
「何も知らされていない。正直驚いている所だ」
この作戦の原案者である俺は他人の机に体重を預けながら平気で知らぬ顔をする。
昼休みになると佐伯裕樹が生徒会の事について話をしようと生徒会に任命された俺、真中葵、出雲かなでのメンバーを誘っていた。昼食はすでに終えている。
「あの生徒会長ってなんで私たちを選んだのかしら。話したこともないしそもそもあの人に会ったこともないわよ」
真中葵が天井を見上げながら首を傾げる。あの説明不足の演説ならそう思っても仕方がないだろう。普通の人間なら疑問に感じるはずだ。
「とにかく。俺はサッカー部に入る予定だから、生徒会には入らないつもりだ」
佐伯裕樹がサッカー部に入りたがっているのは想定済みだった。小学校からのサッカー少年ならむしろサッカー部以外は選択肢にないだろう。
主人公の親友である俺は笑顔で簡単な説得を試みる。期待はあまりしていない。
「俺はサッカー部より生徒会の方がいいと思うぞ。裕樹は進学希望だったよな。ならもちろん生徒会の方が何かと有利になると思うんだが?」
「うー。アユトの意見は一理あるがやっぱり俺はサッカー部に入ろうと思う。しかもこれを見てくれよ」
鞄の中をいきなりあさり出した佐伯裕樹の手には一枚の紙が現れた。
「にゅ、入部希望用紙ですね」
話しかけるタイミングをずっと窺っていた出雲かなでが始めて会話に参加した。入学式の日から下校を共にするようになったので、俺と佐伯裕樹に緊張感はまだ拭いきれないが、少しずつ話しかけてくれるようにはなっていた。
「今からこれをサッカー部の顧問に届ける。だから俺は生徒会には入ることは出来ない」
今にも腰を上げて職員室へと歩き出しそうな佐伯裕樹は説得の余地なしだった。俺は話の腰を折るのもいとわずに「トイレに行って来る」と教室を出た。
主人公達の輪から離れると教室から十分に距離を取った後で自分のポケットから携帯電話を取り出した。
「アユトです。すみませんが仕事を一つ頼みます。サッカー部を今すぐ廃部にして下さい」
電話の相手は学校の管理を任せているフウキさんだった。
電話での依頼を受けたフウキさんは、電話の向こうで滑舌よく「分かりました」と即答してくれた。
「頼みました」と声をかけると電話を切り一仕事終えて教室に戻った。
すると教室にはすでに主人公の姿はなかった。真中葵に主人公の所在を確認してみると、部活の入部届けを持って職員室に向かったと教えてもらう。
無駄足になるだろうなと俺は少しだけ佐伯裕樹に同情した。
しばらくすると肩を落とした佐伯裕樹が帰ってくる。「どうしたんだ」とその落胆の意味を知っている俺は親友として心配そうにそう尋ねた。
「サッカー部が急に廃部になったらしい……しかも廃部の理由も教えてくれない。本当に訳が分からない」
混乱している佐伯裕樹は悔しがっているようだった。
悪いけどもう諦めてくれ。お前の気持ちは分かるが生徒会に入ってもらわないと脇役の俺たちが困るんだ。
「とりあえず、生徒会長が言ったように一度放課後に生徒会室に行ってみないか。話だけでも聞いてみよう」
実のある話が続かない中、生徒会に加入させるメンバーに向かって俺は提案を出した。
放課後。俺は一足先に生徒会室に足を踏み入れた。
部屋の中央に人が一人寝転べるほどの机が置かれており、座席数は五つある。とにかく簡単な作りの生徒会室だなと入室した時の第一印象として口に出した。
生徒会室の用意はマユミに任せていた。
「あなただけ来られても仕方ないのだけれど?」
部屋の扉から一番奥の上座に腰を下ろしていたマユミは。こちら一瞥すると同時に俺へと不満を吐き捨てた。
マユミの呆れ声に少し腹を立てた勢いをそのままに対応する。
「お前に話があったからだ。他のメンバーは後で来る」
「話というのはこの前のいやらしい本の話かしら。それはもう解決済みの話でしょ。あなたが目頭を熱くさせながら観賞して、ある行為をしているということが真実であり、紛れもない事実。犯罪者予備軍に認定してあげる」
「だからあれは俺が買ったものじゃないって言ってるだろうが!」
さらに呆れた表情を覗かせたマユミに俺は断固として本当の真実を述べた。
例の本は男子学生の役割を担う俺の部屋に勝手に用意されていたものだった。俺は見たこともないし触ったこともない。
いやいやそれより、ある行為って何だよ。変な想像を働かせるな。
あの事件の後、仕事の話をしようとマユミに連絡を入れる度にその話題となる。あれはあなたの購入した物だと勝手に決め付けられて聞く耳を持ってくれない。
俺は否定し続けているのだが信用はゼロのようだった。マユミは自分の意見を曲げる人物ではない。正しくなくともだ。
いや、今はそんな話をしている場合ではない。
「その話はとりあえずもういい。話があると言ったのはお前の配役に関することだ」
「配役?」
強気な態度を装ってマユミを攻め立てた。仕事の話は真面目にしなければ。
「なぜ俺が送った資料通りの生徒会長を演じないんだ。何か不満でもあったのか?」
「別にいいじゃない。私は私なのだから。ちなみにランクAの私は独自に決定権を持っているのだけれど?」
自分の豊かな胸に手を置きマユミは権利を主張する。正論なので文句を言い出せなくなる俺は口を閉ざしてしまう。
私は私なのだからか。実にマユミらしい切り返しだった。
結果的に短くない時間をかけて考えた生徒会長の設定は消え去ってしまった。
清楚な生徒会長の設定はまだ心残りではあるが諦めるしかない。
俺はため息混じりにもう一つの話をする事にした。
「でもお前さ。主人公とヒロインをどう説得するんだ。あんな命令口調で言うからお前の印象はすでに悪い。主人公達に不信感を与えても得はないだろう……」
俺の予定では集会で生徒会長のマユミが主人公達に任命の理由を述べるのが理想だった。だが、マユミは俺の考えた生徒会長の印象を無視するだけでは飽き足らず、それすら指示さえ実行に移さなかった。
生徒会任命の理由とは、成績があまり芳しくない生徒を強制的に加入させる制度を作りあげ、その不名誉な生徒を中学時代の成績が中の下クラスの佐伯裕樹に抜擢する。
逆に成績が優秀な生徒は生徒会へ加入するのが風習としてその生徒は入試試験トップの成績だった真中葵とする。
最後の一人、出雲かなでは強制参加させる。
出雲かなでに至ってはうまく理由付けが思いつかなかったので実力行使だ。出雲かなでの性格上、頼み込めばなんとかなると俺は判断していた。
「あなたの指示は回りくどいわ。あなたの行動原理そのものだと言っても過言ではない。浅はかなりと苦言を呈して差し上げる」
考え抜いた案を回りくどいよばわりをしたマユミを睨んだ。どうやら俺の案よりいい案があるような雰囲気を出している。
「じゃあお前の案を出してみろよ!」
思い通り動いてくれない旧友に挑戦を申し込む。
少し苛立ちを込めた挑発を聞き入れたマユミは不敵な笑みを浮かべた。
すると生徒会室の扉がノックされる。おそらく主人公達が到着したのだろう。
「来たようね。アユトはそこで指をくわえて見ていなさい。あっ、そう言えばあなたはあれをしゃぶる方が好みだったわね」
威勢よく腰を上げたマユミは思い出したかのように下ネタのような言葉を付け加えた。わざわざそんな事を口に出すな。ほんとになんでこんなむっつり女が高嶺の花なんだろうか。確かに顔は美人なのは認めるのだが。
「失礼します」
俺がマユミの横顔を観察している間に、主人公達が生徒会室に入ってきた。
三人はそれぞれ違った表情を作っていた。佐伯裕樹は普段通り。真中葵はめんどくさそうだ。出雲かなでの顔には不安が貼りついている。
「ようこそ生徒会へ。あなたたちを歓迎するわ」
両手を広げて笑顔で生徒会への歓迎を表すこともせず、明るい声を発することもせず、マユミはいつも通り観察するような目で主人公達をさっと見渡してから企みを込めた笑みで主人公達を迎える。
俺は瞬時に思う。
こいつ、本当に大丈夫なのだろうかと。
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