第10話 生徒会長マユミ
「今日の集会は何のために開くんだろう。アユト知っているか?」
隣で一緒に体育館へ向かう佐伯裕樹が首を傾げた。脇役に徹している俺は平気で嘘をつく。
「俺に聞かれても知らないよ」
入学式から数日が経っていた。
今回の集会は新入生だけが集められており現場監督の俺が出した案を決行するために開かれる予定だ。
俺が出した案とは、主要な人物を生徒会に加入させるという事だ。生徒会の構成は主人公、ヒロイン二人、俺、マユミの計五名。
生徒会に集める目的はヒロイン達と主人公の共有する時間の拡大と、この物語の主人公達と作戦指揮を担う俺とマユミとの接点を作る為。そして主人公とヒロインが他の部活に入ってしまうと違った人物に好意を持ってしまう危険性を防止するためだ。
ヒロインの一人、真中葵は昔から主人公に恋心をよせているので問題ないが出雲かなでに他の人を好きになられては困る。
男子学生の演者達に必要以上にヒロインの二人に優しくしてはならないという指示を出しているが、恋の炎はいつ燃え出すかわからない。
思春期の恋心を考えると監視下に置きやすい同じ生徒会に主人公、ヒロインを所属させるのが良いと考えての事だ。
「裕樹はいつも朝の集会では寝てばかりいるんだから気をつけなさいよ」
真中葵は佐伯裕樹の隣で赤みを帯びた茶髪のポニーテールを揺らしながら歩いていた。湿ったような瞳を佐伯裕樹の横顔へ向けている。
いつも通り真中葵のポケットからは小動物のぬいぐるみが顔を出している。ぬいぐるみの表情はどことなく出雲かなでっぽさがあった。真中葵はぬいぐるみ作りが趣味なので自分で作ったのだろう。
「そんなことはないさ。俺は真面目に聞いてる。うとうとしてしまう時もあるけど寝てはいないはずだ」
白い歯を見せ、いつもの笑みで誤解を解く。隣の二人を黙って見ている俺はよく佐伯裕樹を観察しているんだなと真中葵に対して感心してしまった。
好意的な人間に意識を常に向けているのだろう。好きなのを知っている立場からすると真中葵は何だか愛らしく映ってしまう。健気だなと純粋に感じてしまった。
雑談を交わす幼馴染三名で体育館に足を踏み入れた。
中の様子を見渡すとすでに席は半分ほど埋まっているようだった。高い天井で生徒達の落ち着きのないざわつきが反響している。
「席はほとんどが埋まっているようだ。どこに座ろうか?」
座席はクラスに関係なく自由に座ってよいと教師から指示が出ていたので、佐伯裕樹は空き椅子を探しているようだ。俺としてはここでの席はどこでもいいと考えていた。
「あそこにしよう」
場所を見つけたのか一人で先に佐伯裕樹は足早に歩き出す。い遅れをとった俺と真中葵はすぐにその背中を追いかけた。
「早く来いよ。アユトはその席な」
三人横並びの席を確保した佐伯裕樹は俺の席だけ指定してきた。座席を指定された俺は何を考えているんだと疑いを込めた視線を佐伯裕樹に向けた。
すると爽やかな笑みで何度か小さく顎を何度か引いている。
「隣に座ってもいいかな?」
俺は一応の礼儀として指定された席の隣にすでに腰を下ろしている出雲かなでに尋ねた。どうやら先に来ていたようだ。
突然に話し掛けられたからなのか背筋を伸ばした出雲かなでは電流が走りぬけるようにびくっと反応した。
「はっはい!」
なぜか出雲かなでは地面に視線を落とす。まだ親密度が足りていないのか緊張感を漂わせている。
「出雲さん先に来てたんだ。一緒に行こうって言えばよかった……」
「あっありがとうございます!」
真中葵の気遣いに対して出雲かなでは嬉しそうにお礼を述べる。
予期せぬ形で隣人となった出雲かなでの周りをさっと見渡した。上下左右にはクラスメイトの姿はなく出雲かなでは一人で寂しく席に腰を下ろしてい。
一人で席に座っているという事はまだ真中葵以外に同性の友達が出来ていないんだろうか。
女子生徒全員にはヒロインとは普通の女子高校生として接してあげてくれと指示を出している。やはり出雲かなでの人見知りが激しい性格なので友達をすぐに作るのは無理があるのだろう。
脇役の女子生徒が無理に仲良くしようとするのも不自然だ。
「お静かに。ではそろそろ集会を始めたいと思います」
教師役の男性の太い声がスピーカーによって体育館に響き渡った。
始まりを告げる声色を聞き入れながら、出雲かなでの件は時間が解決してくれるだろうと考えを整理して壇上に意識を向けた。
ついにマユミが登場する予定だ。マユミには特別な役割を与えている。
「では生徒会長のマユミさん。お願いいたします」
教師に促され壇上へと歩み寄るマユミ。
彼女には生徒会長の役割を俺は頼んでいる。優美な雰囲気、知的な言葉使い、おしとやかな少女の設定で資料を送付していた。
マユミの実力からいえば余裕でこなしてくれるだろう。
「やべーよ。マユミさん初めて見たよ。すげー美人」
周りの男子学生役の生徒達が騒ぎ始めた。綺麗な女の子に興奮するというよりマユミだからこそ興奮しているように映った。
こいつら仕事を放棄してやがる。確かに役を忘れるほどの魅力はあると思うがお前らは脇役のプロなんだからしっかりしてくれ。
告白してみようかなとつぶやく男子学生に、あの人はお前なんか相手にするかよっと苦笑する男子学生。好奇な視線、憧れの視線で見つめる男子学生とは反面、女子学生役の少女たちは嫉妬をマユミにぶつけている。
ため息を抑えることができなかった俺は他のものに習って壇上の中央で立ち止まったマユミを眺めた。
「初めまして。私が生徒会長のマユミです。生徒会長なのに私が同じ新入生ではないかと驚かれたかもしれませんが、徒会長に就任しました」
沈黙を守っている新入生をマユミはいつも通り観察するような目線で見渡している。
一度だけ短い間を置いてマユミは続ける。
「そこで報告があります。佐伯裕樹、出雲かなで、真中葵、アユト、以上四名を生徒会役員に任命します」
おしとやかとはかけ離れた相手を突き放すような口調だった。
主人公達を盗み見るといきなりの役員の抜擢で三人は驚きを隠せず、口をだらしなく開けたまま固まっていた。
「今日の放課後、その四名は生徒会室に来なさい、以上」
主人公達にお願いではなく命令をしたマユミは一礼もせずに堂々と壇上を後にした。簡潔に伝えるべき事を言い切った彼女は役を演じる脇役ではなく俺が昔から知るマユミそのものだった。
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