第9話 報告と疑惑


 自宅に戻ると報告書を送付するためにノートパソコンを開いた。

 物語が開始されると毎日の活動記録、つまり業務内容を脇役協会へ報告をしなければならない。ランクAの仕事なのだが正直言うと面倒くさい作業だった。

 ノートパソコンが起動して、いざ報告を打ち込もうとするがやはり気が進まなかった。すでに物語の予定として協会に送っている資料、つまり重要な出会いの作戦がすでに失敗に終わっているからだ。

 失敗の報告をしなければならないと考えると指先も固まるのは当然だ。正直に言えば自分の失態を報告はしたくない。わがままだとは分かっているのだがやはり気は進まない。


「早く打ち込みなさいよ。パソコンに手を当てているだけじゃ何も始まらないわよ」


 学習机に腰を下ろして頭を悩ませている催促の声が背中に刺さる。同じ立場の人間のくせに俺に仕事を押し付けているお前に言われたくない。そもそも報告書を書く役割を勝手に押し付けてきたのはお前だろうが。

 俺は振り返ることもせずに棘を投げ返した。


「じゃあお前が報告書を書けよな」


 会議に参加もしない、物語の企画書も提出しないランクAなんて他にはいない。

 しかしランクAの権限を有しているので、同じ立場の俺でも命令権がなく強制的に仕事をさせるわけにはいかない。山ほどの文句をぶつけたい所だが規則に従うしかない俺はしぶしぶずっとマユミを放置している。

 会議の資料や俺が考えた物語の構成などはマユミに送ってはいるが見ているかどうか不明だ。マユミ自身やる気が無いわけじゃないだろうから脇役の仕事はしっかりとやってくれるだろう。たぶんだけど。


「これだからアユトは……甘えないでっマザコン!」

「いや決して甘えている訳ではない。そして俺はマザコンじゃないから!」


 甘える甘えない以前にランクAの仕事をサボっているお前が言う台詞ではない。

 ノートパソコンを見据えたままベッドに腰を下ろしているだろう旧友に不満を溜める。

 自宅に帰り部屋の扉を開けるとまたもやマユミがいたのだ。

 なぜここにいるんだと前にも言ったような気がしながら尋ねると、物語の相談をする為に来たと返されていた。

構成に関わる重要な事らしいが会いに来るなら先に連絡を入れてくれ。こちらにも都合がある。メールでも電話でも色々手段があるだろうが。


「とりあえずもう一回言っておくけど、今度からは勝手に部屋に入るなよ」


 俺の脳内会議でマザコン疑惑については無視しようと決定された。いちいち反応していたら話が進まないし俺が疲れるのだ。


「ふー。仕方ないわね。今回だけよ。全く。これだから最近の子供は我慢が足りない」


 おもちゃ屋さんで子供におねだりされて、とうとうおもちゃを買ってあげることとなったお母さんの様に呆れた声を出すマユミ。

 なんで俺がお前の息子みたいになってんだよ。しかも呆れているのは俺の方だ。本当に反省しろ。いや少しでもいい反省して下さいお願いします。


「とりあえず少しの間は報告書に集中したいから話しかけてくるな。お前との仕事に関する話は終わってからだ。そこでおとなしく待ってろ」


 憂鬱な報告書が完成するまで他の物事をすべて無視すると決めた。だらだらと仕事を進める気はない。気合いを入れなおしてパソコンと向かい合う俺は思考を全力で回転させる。


「母乳は寝て待てと言う事かしら?」


 何で果報は寝て待てをマザコン風にアレンジしてんだよ。

 邪魔なマユミに対して俺は危うく振り向いてツッコミを入れそうになる。

だが何とか堪えた。危なかった。とにかく早く終わらせる為にも集中しなければ。


「じゃあ終わるまで何かをして暇でも潰しておこうかしら」


 とりあえず今日の出来事からまとめる必要がある。

 物語が始まって最初の報告なのできっちりと仕上げないといけない。これまでに報告書を作成するのは初めてではない。同じように他者が理解しやすい報告書にすればいい。


「あらっ。こんな所に雑誌があるじゃない。本棚ではなくなぜこんなベッドに隠すように置かれているのかしら?」


 まずは出会い、入学式、下校と順番に報告するべきか。


「アユト……あなたのマザコン疑惑を撤回せざる終えない事実が、目の前に広がっているわ」


 よし。まずは出会いだ。予定と違ったけれども失敗をそのまま報告はしない。次に繋げる意思を含ませるつもりだ。

 打ち込みながら俺は前向きな意見を主張するように心がけた。


「アユトさーん。陣中見舞いに来ましたー。ってえー、なんでまたむっつり嘘つき師匠がいるんですかー!」

 

 あまりにも元気の良いアイに俺は意識を戻されてしまう。余計な奴が一人増えたようだ。

 俺はパソコンに指と視線を残したまま「静かにしてくれ」と片手を挙げた。アイが気を使ってなのか小さく返事すると俺はすぐに仕事に戻った。


「そんな事よりツインテール。これを見なさい」

「なんでそんな真剣な顔つきなんですか……また私を騙そうとしてるんじゃないですか……」


 反省点と致しましては、シミュレーションの甘さがもっとも大きな要因です。責任は全て私にあります。

 うーん。今後の事も書いておくか。


「ほぇ。なんなんですかこれはっ!」

「これがアユトの好みよ。あと少し声を落としてくれないかしら」


 今後の予定されている段取りも予期せぬ事が起こる可能性は十分にあります。同じ過ちを繰り返さないように精進したいと考えております。

 こんなもんでいいかな。ちょっと堅いような気もするが大丈夫だろう。もし指摘があれば協会から連絡が入る事は分かっている。


「そっ、そんな所まで……嘘でしょ……はぅぁ……そんな格好でっ……」

「なんであなたが興奮しているの? 顔が真っ赤よ。あら耳まで真っ赤」

「せっ、先輩は恥ずかしくないんですかっ。こっ、こんな凄いもの見てっ!」

「あなたに先輩と言われたのは久しぶりね。私は……平気」


 主人公とヒロイン二人とはすでに接触しております。お送りした資料通り、出雲かなでと主人公の共有する時間を出来る限り作ってゆきたいと考えております。

 真中葵の事も書いておくか。


「幼女のあなたには少し刺激が強すぎたかしら……」

「そっ、そんなことないですー」

「じゃあ例えばこのページの格好でこのような行為がこの場で出来るかしら」

「ほぇ……」


 もう一人の主人公の真中瞳に関しては、すでに主人公に好意をよせているのでしばらくの間は放っておく方針で考えております。

 こんなもんでいいだろう。少し具体性にかける表現が多い気もするがこれはこれでよしとした。

 俺は確認の為に一度さっと文章を読み直すと送信ボタンをクリックする。


「とりあえず報告書を送信は完了だ。そういえば二人でずっと騒いでいたけど何の話をしていたんだ?」


 問いかけながらゆっくり振り返ると、顔が赤く染まっているアイと視線がぶつかってしまった。

 目が泳いでいるアイは何も言わない。隣のマユミを見るとじーっと俺の姿を見ている。

 沈黙が部屋を支配する。

なぜ俺は熱い眼差しで見つめられているのだろうか。自分の部屋なのに居心地の悪さが増していく。戸惑う俺に対してアイの大きな瞳は、俺の顔、上半身、そして下半身へとゆっくり下りてゆくようだった。


「なんで二人とも黙っているんだ?」

「アユトさん……きょ、今日は出直しますっ!」


 アイは飛ぶように部屋を出ていった。ずいぶん慌てていたけども急用でも入ったのだろうか。


「私も今日は出直すわ」


 首をかしげている俺にマユミもアイと同じ内容を告げた。これは気のせいだと信じたいがずっとマユミは俺の下半身を見ているような気がする。

 ベッドから腰を上げて歩き出した背中に「仕事の相談はもういいのか?」と聞いてみると「また電話する」と答えが返ってきた。

 じゃあなぜわざわざ侵入してまでこの部屋に来たんだよ。マユミの行動は本当に理解できない。


「アユト、これだけは言っておくわ。私の身体だってあの子たちには負けていないはずよ」


 すでに俺の下半身に確実に視線を固定しているマユミは、頬を少し朱色に染めながら去っていった。風邪でも引いて体調が優れないのだろうか。なら薬を届けてやるべきなのだろうか。

 来客が全員いなくなり、静けさを取り戻した一室。

 今日は何の事だかわからない発言が多いな。俺は佐伯裕樹の言動とマユミの言動を重ねながら何気なく視線をベッドに向けた。

 シーツの上には見覚えのない雑誌が寂しげに置かれている。

誰かの忘れ物だろうかと何気なく手に取る。適当にページを開いて中身に目の焦点を合わせてみると、雑誌の中には数多くの過激的かつ魅惑的な女性が裸で映しだされていた。

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