第31話 試合開始
熱気に包まれた体育館ではついに第一試合が始まろうとしている。
試合は体育館を半分に区切った二面のコートで行われる。観客のほぼ全てが観戦に力を入れるのはもちろん生徒会チームの試合だった。生徒達は歓声を上げている者もいて大いに盛り上がっていた。
普段の球技大会は授業の一環ではあるがやはり本格的なスポーツの試合ほど熱が入っているわけではない。
だが、マユミのご褒美の提示が結果的に球技大会を盛り上げていた。まあ他の球技の中でドッチボールに限ってではあるが。
負けるのを楽しみにしている者もいればマユミのキスのご褒美を阻止するために生徒会チームを全力で応援する男子生徒達もいた。他の男子がご褒美をもらう事への嫉妬が見え隠れしているようだ。
「とにかく絶対勝つわよ。いい。分かってる?」
真中葵は気合十分のようだが恥ずかしいのか顔を少し赤らめている。出雲かなでに至っては耳まで真っ赤となっていた。恥ずかしいなら断ればいいのに。
俺達は試合直前に固まって作戦を立てていた。
ちなみに生徒会の女子メンバーは凄まじいほどに注目を集めている。
「あのさ……生徒会長達は本当にやる気あるのでしょうか。遊んでいる場合じゃないと思いますが?」
俺はマユミに向かって顔をしかめる。球技大会に出場する選手はもちろん学校指定の体操服だ。男女変わらず通気性の良い白の半袖で下は動きやすい黒の半ズボンを着用する。
しかしマユミ達は違った服装をしている。違ったといっても全てではない。
上は俺と同じように白の半袖ではあるが下はブルマーを着用していた。
綺麗な太ももを大胆に露出しているのは確かに動きやすいと思うけどわざわざ服装を変える必要はない。俺はマユミの引き締まった太ももを眺める。
「舌で舐めたそうな目であまり見つめないでちょうだい」
「ふぇ……」
俺の視線を敏感に感じ取ったマユミは俺をまた変態扱いする。そしてマユミの言葉に瞬時に反応したのは出雲かなでだ。
彼女にいたっては太ももの露出が恥ずかしいのか両手で見えないように必死で隠していた。まあ隠れ切れてはいないのがまた愛らしい。
彼女たち三人が体育館に入ったとき男子生徒の興奮の急上昇はすごかった。雄たけびを上げていたといっても過言ではない。
「舐めるかっ!」
全力で否定するとマユミはまたまたそんな強がっちゃってみたいな雰囲気を出す。真中葵に至っては俺に向かって顔をひきつらせていた。どうやら誤解が走り抜けているようだ。
俺は咄嗟に弁明する。
「違います。本当に本当に違います……それよりなんでその格好なんですか?」
「この姿のほうがむしろ気合が入るのよ。戦場には戦場での死に衣装が必要でしょう?」
「だとしても出雲さんをまきこむのは止めてください。可哀想でしょう……」
明らかに嫌がっているだろう出雲かなでの味方につく。おそらくマユミが二人を強引に丸め込んだのだろう。マユミにそそのかされた真中葵はおいておくとしても、明らかに被害者なのは出雲かなでだ。
「アユトは出雲さんにはこの姿が似合っていないとでも言いたいのかしら?」
「そういう意味じゃないですから!」
出雲かなではマユミの反撃にびくっと身体を震わせた。マユミはいやらしくじゃあ似合っているのかしらと問い詰めてくる。隣では出雲かなでは俺を上目遣いで見つめている。
俺の横にたたずむ佐伯裕樹は巻き込まれたくないのか決して口を挟まなかった。懸命な判断である。
「似合っていると……思う」
もじもじと動く出雲かなではマユミのように堂々としておらず、恥じらいが残っている。さらに露出した太ももは白く、もちもちととても柔らかそうな曲線だった。幼さの残る出雲かなでがこの三人の中でも似合っているんじゃないかと俺は思う。
それほどまでに初々しく愛らしかった。
「気持ち悪い顔をしないで。まあアユトがブルマー好きなのは周知の事実なのだからしょうがないわ。とにかく変質者もどきは無視してそろそろ行きましょうか」
「こらこらこらこら」
結局何の作戦も立てずに試合に向かう事となった。ただ単に俺の社会的な評価を落とす結果になっていた。真中葵はマユミの性格を分かっているので違うと信じてくれるはずだが出雲かなではそうはいかないらしい。
俺の方を見ておどおどしている。佐伯裕樹は半信半疑な表情を保っている。俺は思う。お二人様、マユミの言葉を信じないでください。
なんの作戦も決まらぬままコートに集合する俺たちは相手チームと礼を交わした。そして試合開始のホイッスルが鳴る。
まずボールを持っているのは敵チームだった。
攻撃に備えてマユミと出雲かなでは構える。俺も二人と同じように構えてはいるが守備に集中するより先に俺は相手チームの一人、つまり敵に合図を送った。
合図に気づいた敵チームの一人は小さく頷いた。
コート内にいるのは俺とマユミと出雲かなでの三人だ。コートの外、つまり外野には佐伯裕樹と真中葵が配置されている。
五対五の試合でコート内は三人、外は二人と事前にルールで決めていた。
中の三人がボールを当てられてしまうとアウトとなりリタイア。もし外の攻撃が成功したとしたとしても復活はしない。つまりコート内の三人が全員リタイアすれば試合終了というルールに決まっていた。
誰が中で誰が外に配置されるかはくじ引きで決めることになった。不正は一切なく本当のくじ引きで決まる。
「ご褒美は俺たちのものだ!」
相手チームは叫びながら勢いよくボールを投げつける。恥ずかしくはないのだろうかという考えが一瞬だけ頭によぎった。
最初の攻撃を俺はなんなく避ける。続いて外野からの攻撃が襲ってくるが何とか避けた。
明らかに俺とマユミを狙っているらしい。コートの中で突っ立っている出雲かなでの処理は後でもいいと考えているのだろう。確かに目の前の攻防をおどおどと立ち尽くしている。
避ける気がないのではなくどうしていいのか分からないのだろう。
マユミと俺への見え見えの集中砲火を何とか避け続けていると、敵が投げ損ねたボールを俺がキャッチした。投げ損ねたといっても故意に投げ損ねている。
俺は事前に敵チームの一人に歩み寄り、交渉を持ちかけていた。それは俺たちに有利になるようにしてくれだった。相手には生徒会チームに勝たなくても演者としての評価を上げてやると約束していた。
卑怯だと言われるかも知れないがこれも戦略の一つだ。いかに負けないように立ち回るか、つまり自分の思い通りに進めるかは演者の実力に繋がっている。
自らミスをした彼は仲間からの罵倒にさらされている。その雰囲気からばれてはいないようだと俺は感じた。
ようやく攻撃の番が回ってきた俺は助走をつけて相手を狙う。すると一人をリタイアさせる事が出来た。ボールは外野へと転がったのでまだ俺たちの攻撃だ。その後あっけなく二人目、三人目をリタイアさせなんなく勝利を収めた。
スパイの彼はいい感じに味方の足を引っ張ってくれた。
その後、二回戦と三回戦も危なげなく勝利した。
一回戦と同じように俺が交渉していたスパイ達がいい働きをしてくれた。さすがは脇役の演者といったところか。なんの違和感もなくミスを連発してくれた。
そして次はいよいよ決勝戦だ。
実は決勝戦のフウキチームにはスパイを作るのに失敗している。フウキさんが事前に根回しをしていた結果だろう。
フウキチームも順調に決勝戦に勝ちあがってきたようだ。俺たちも偵察とばかりに、観戦してみたが相手を寄せ付けない強さだった。
決勝戦は午後からの開始なのでお昼休憩となった。
生徒会に体操着のままで集合した俺達は昼食をとる。ちなみに女子メンバー達は太ももをかなり露出したままだったがすでに恥ずかしさに慣れているようだった。
俺以外のメンバーは各自弁当を持参している。俺はパンを買ってきていた。
袋を開け、口に運ぼうとするとたまたま席が隣になった出雲かなでは俺のパンをちらちらと覗いているのに気がついた。
どうしたのだろう。俺の焼きそばパンがそんなに魅力的なのだろうか。出雲かなでの好きな食べ物は焼きそばパンではなかったはず。
「よかったら一口食べる?」
「ひぇ……」
俺は焼きそばパンを出雲かなでへと差し出す。その時、出雲かなでの弁当の中身を見た。赤いお弁当箱はお腹いっぱいになるのだろうかと心配になるほど小さかった。
ご飯の隣には卵焼きやミニハンバーグがつめられている。きちんとレタスやミニトマトが入っており色鮮やかな作品となっていた。
「可愛いお弁当だね。母親に作ってもらったの?」
瞳をじたばたさせている出雲かなでに聞いてみる。
「わっ、私が作りました……かっ、可愛いだなんて……あっ、ありがとうごじゃいます」
うつむきながらはにかむ出雲かなでになぜか感謝されてしまった。そしてなぜかマユミは氷点下の冷たさで俺を睨んでいる。さらになぜか佐伯裕樹は優しく微笑んでいた。
「アユト。罰として全員分のジュースを買ってきなさい。そして償いを果たしなさい」
「いやいや。罰を受ける筋合いなどないはずですが?」
「生徒会長。俺が行きましょうか。ちょうどのどが渇いているんで」
「ほほえみ王子は口を慎みなさい」
「マユミ。それはひどいんじゃないかな?」
「喧嘩するな。わかったよ。ちょうどのども渇いてきたしついでに買ってきてやるよ」
マユミが佐伯祐樹をののしるとすかさず批判する真中葵。俺はめんどうくさくなりそうだったので退散するように生徒会室を後にした。
校舎の外にある自動販売機の前に立つ。俺がズボンのポケットから財布を出したところで誰かから肩を叩かれた。
振り返ってみると、この学校に来てははいけない生徒だった。
「アーユトさん。来ちゃった。てへっ」
自分の頭を軽くコンっと叩き、満面の笑顔で俺に話しかけたのはアイだった。
アイは中学生役のはずなのに俺と同じ高校の制服を着ている。俺はとりあえず辺りを見渡した。幸運な事に誰もいないようだ。佐伯裕樹やマユミ、さらには出雲かなでに見つかると面倒なことになりかねない。
「お前はいつもいつも……」
恐らく高校生になりすまして球技大会を見に来ているのだろうとすぐに分かった。俺は頭をかき、濃度の高い吐息をついた。アイは俺を驚かせた事に満足しているようだ。
「妻として……だっ旦那の応援に駆けつけるのは当たり前ですよ!」
くねくねと身体を動かせてツインテールを揺らしており、さらにほんのり顔を赤らめる。何が当たり前なのか理解出来ない俺は「すぐに帰れ」と忠告した。
アイと俺が関わっているのを佐伯裕樹に知られたくはないのもあるが、自分の役柄をほったらかして遊んでいるというのは少し気に食わなかった。
放課後や学校が休みのときならいいが、今は平日で中学校は授業中のはずだ。そんな気持ちもあってか俺の言葉は少しだけ尖ってしまったようだ。
「分かりました……」
敏感に俺の気持ちを悟ったのかひどくアイは落ち込んでいた。会ったときに見せた笑顔が消えるとうつむき加減で地面を見つめている。そんなアイを見てさすがに冷たかったかなと俺も少しだけ後悔してしまった。
とぼとぼと帰る姿を見て俺はとっさにアイの肩に手をかけた。
驚いたアイは俺へと向き直る。
「アイ。俺達は何のためにこの世界に来ているのかわかっているな。そう仕事の為だ。誰も遊びでここに来ているわけじゃない。みんな脇役の責任感を持ってこの世界にいるんだろ。これはお前が教えてくれたことでもある」
自由な後輩に優しく語り掛ける。アイは何度も頷いてくれていた。
素直でいい子なのだが自分の欲望にも素直なのが短所である。俺の想いを受け止めたアイはなぜか涙目になっていた。
そんなアイに俺は優しく頭をなでてあげた。
「ひゃ……」
アイのさらさらの栗色の髪の毛をなでていると、俺の目の前に出雲かなでが現れた。
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