第34話 前向きな気持ち
期待は薄いかも知れないが小さな勝機に気付いた俺にマユミがゆっくりと近寄ってきた。首を傾げながらこちらを伺う姿は何やら不思議そうだった。
「もしかして何か作戦でも思いついたのかしら?」
大事な決勝戦が迫っているというのにマユミはいつもどおり冷静である。適度な緊張感を抑えようと意識して冷静を保っている俺とは大違いだ。
「出雲かなでの守ってあげたい愛らしさを利用すればこちらに有利な状況を作り出せるかもしれない」
「そう。アユトは出雲かなでに気があるのね? 煩わしい男」
「……話を聞いているのか?」
「つまりこちらにとっての弱点を上手く利用しようとしているのでしょ?」
「分かっているのなら素直に返事をしろよ……」
俺は作戦とまではいかないが考えをマユミに伝えた。それを噛み砕いて説明すれば、出雲かなでを囮に使うという案だ。
マユミならまた文句をつけてくるだろうと構えていたがそんな心配はいらなかった。
「一理ある……かもしれないわ。面白い」
マユミは感心するように頷く。マユミにしては意外な対応をとると相手側に挨拶に行ってくるわとフウキさんのもとへと歩き出した。
これから戦う敵に挨拶は必要なのだろうかと考えたが俺はマユミを止めはしなかった。
そして審判が整列を促した。試合の時間がきたようだ。
「フウキチームと生徒会チームの両チームはコートに集まってください」
大勢の観客たちは一気に盛り上がる。どうやらドッチボールの決勝戦を待ち望んだ結果が声に現れたらしい。
学校の責任者であるフウキさんが物語の責任者である俺やマユミと対決する。他の脇役の演者にとって好奇心がくすぐられるのは当然だ。しかも勝負は勝ったチームは生徒会のご褒美がもらえるというスパイスまで効かせている。誰もが試合結果を知りたがっていた。
そして異様な盛り上がりの中で俺とマユミは外野へ。試合が始まる寸前に内野の三人に頼むぞと声をかけると出雲かなで以外の二人は任せろと答えてくれた。
そしてついにホイッスルが体育館を響かせる。開始の合図だ。
最初のボールの権利をとったのは俺たちだった。外野から俺は叫ぶ。
観客の声援が邪魔をして声を張らなければならなかった。
「裕樹。大事にいこう!」
とにもかくにも敵の一人をアウトにしたい。まずボールを持った佐伯裕樹は頷き俺に山なりのパスを出した。同時にボールを目で追うフウキさんは不敵な笑みを俺に送る。
「アユトさん。守ってばかりじゃ勝てませんよ」
「試合中だ。話しかけないでくれ」
俺からの攻撃に備え身構えるフウキさん達の動きは俊敏だった。相当に練習をつんでいるのが見て取れる。隙がないと判断した俺は直線上にいるマユミへとパスを出した。外野同士のパスで相手を揺さぶれば必ず隙が生まれるだろう。
パスを受けたマユミはなぜかボールを持ちながらコートから距離を開ける。
「生徒会長! 何をやってるんですか。パスを回して下さい!」
俺の指摘も虚しくコートから離れたマユミは、至ってまじめな表情で助走をつける。
「轟け魂のシュート。マユミハリケーンショット!」
勢いよく放たれたボールは敵の胸元に簡単に収まる。相手を殺しそこねるだけではなくボールの権利を奪われる始末だった。
マユミは何をやっているのだ。意味の分からない掛け声などいらないしチームプレーを無視するなっての。頭を抱えた俺は声を張り上げる。この試合は遊びではない。
「真面目にやってください生徒会長!」
お前は退場しろと怒鳴りつけたいが役柄上、そういうわけにはいかなかった。パスを回して確実に一人を始末する思惑がマユミの独断のせいで叶わなかった。
相手にボールを奪われたマユミはなぜか不満気な表情で自分の両手を見つめていた。俺は思う。不満なのはお前の行動だと。
まあ終わった事は仕方がない。マユミの行動を責めた所でボールは帰ってこない。気持ちを切り替えて内野の守備を見守ろう。
ボールを奪われた瞬間から味方の三人は攻撃に備えている。
出雲かなではかなり怯えているようだ。敵の男子生徒を怖がりながらじっと見つめている。いい表情だ。
敵は俺達と同じようにパスを回す。そのせいで主人公達はコート内を行ったり来たりを繰り返していた。
そしてボールの矛先は俺の予想通り出雲かなでに向かった。
敵の男子生徒の明らかに手加減したボールに諦めたのか狙われた出雲かなでは頭を抱えてしゃがみこむ。すると、すかさず守りに入った佐伯裕樹がボールをキャッチした。
「あっありがとうございます」
「危なかったね。じゃあこっちの攻撃だ」
俺の作戦通りだった。佐伯裕樹を見上げる出雲かなでは守ってくれたことに対して感謝している。佐伯裕樹はそんな出雲かなでの肩をぽんと叩く。
隣で見ている真中葵は佐伯裕樹のボディタッチに敏感に反応していたようだが今はどうでもいい。
自分を真摯に守ってくれる王子様。出雲かなでがそんな錯覚を抱いてくれればいいのだがと脇役目線でふと考えてしまった。
ランクAの権限がかかった試合に勝利し、同時に出雲かなでの好意が佐伯裕樹に向けられる。それこそが俺の理想だ。
「裕樹君。私にパスを出しなさい! 早く! 早く!」
俺と同じように外野に立つマユミは偉そうにボールを要求した。先ほどの失態を挽回したいのだろうか。
「生徒会長は止めておけ」
マユミの独断を許すわけにはいかない。俺は佐伯裕樹に指摘したのだがマユミから睨まれ続ける佐伯裕樹はマユミにパスを出した。おそらく後の報復が怖かったのだろうと予想できるが安易すぎるぞ主人公。
やはりマユミは先ほどと同じように奇声を発した。
「生まれた事を後悔しなさい。マユミスーパースターショット!」
マユミの奴、またチームプレーを無視しやがって。
するとマユミから勢いよく放たれたボールはなんと一人をアウトにさせた。相手の取りづらい角度を狙っていたようだ。
一人を失った敵チームはフウキさんと男子学生の二人だ。しかも敵に当たったボールは味方の真中葵の下へと転がっていた。
「ナイスマユミ。変な掛け声だったけど結構やるじゃん!」
ボールを抱えた真中葵は笑顔でマユミにガッツポーズする。だが仲間からの賞賛を受け取らないマユミはまた不満気な表情で首を傾げていた。
マユミの攻撃に勢いづかせるように真中葵が果敢に攻める。だがフウキさんに軽々とキャッチされてしまった。
「まだまだですね。とにかく邪魔者を一人排除しましょうか」
フウキさんは出雲かなでをあからさまに狙う。だがそれは罠だった。前回同様にフウキさんを守ろうとした佐伯裕樹を狙っての事だ。
それを察してかは分からないが遠慮なしに出雲かなでへと向かうボールの犠牲になったのは真中葵だった。真中葵も佐伯裕樹と同じように、出雲さんを守ろうとしたのだろう。
俺達の作戦を逆に利用されたようだ。
「くっそー。アウトかー。悔しいな。裕樹。負けたら承知しないからね!」
悔しさを前面に現す真中葵は出雲かなでに何か囁くと外野へと退場した。
試合はお互いに残った内野人数は二人となる。接戦を期待する観客は良い感じに盛り上がっているようだ。
「仲間ごっこはそれぐらいにしてください」
「何だと?」
ボールを床にバウンドさせているフウキさんが佐伯裕樹に話しかけた。
「足手まといはもう切り捨てたほうがいいと思いますよ」
「……わっ、私のことですよね……」
「あなた以外に誰がいるのですか。私は構わずあなたを全力で狙いますよ。怪我をしても責任は取りません。これはスポーツですから」
出雲かなではフウキさんの物言いに怖気づいていた。
「出雲さんは俺が守って見せる」
佐伯裕樹には珍しく言葉に苛立ちが含まれていた。仲間意識が高く、友情を大事にする主人公なら怒るのは無理もない。それほどまでにフウキさんの口調は挑発の意味合いが強かった。
「いいんです佐伯君。私が足手まといなのは自分で分かっています」
「足手まといなんかじゃないよ出雲さん」
「……大丈夫です。もう私は怖がりません。何も出来ずにアウトになるとしても全力で頑張ります。だから私に構わず佐伯君はボールに集中してください」
驚いたのは佐伯裕樹だけではない。俺も出雲かなでが強い意思を主張するのは初めてだったので驚いてしまった。怯えた表情は説得力がなかったが前向きな気持ちは伝わってくる。
「分かった。集中していこう!」
前向きさを汲み取った佐伯裕樹はいつも通りの爽やかな笑顔を見せた。
そこからフウキさんは内野と外野のパスを往復させる。走り回される二人は相当にきつそうだ。運動が苦手な出雲かなでが足を絡ませて転んでしまうのではないかと俺は心配してしまう。
「葵。出雲さんに何を言ったんだ」
「別に。大したことは言ってない。守られてばかりじゃ自分を変えれないよって言っただけ」
俺の隣に立つ真中葵は俺と同じ気持ちなのか出雲さんをじっと見つめていた。俺の方を決してみない横顔に「そうか。ありがとう」と答えた。
内野に意識を向けると相手のパスを佐伯裕樹がカットしたところだった。真中葵はよしっとガッツポーズをする。
ボールを奪ったのはいいが内野の二人は肩で息をしており体力の消耗は激しいようだ。出雲かなでに至っては相当に苦しそうな表情をしておりいつ座り込んでも不思議ではない状態だった。
少しでもこちらの攻撃を長続きさせて休ませて上げなければ。さらに敵を一人アウトに出来れば言う事はない。
佐伯裕樹はまず俺にパスを出した。するとまたしてもマユミがボールを要求した。
「アユト君。私にパスを出しなさい。後悔はさせないわ」
もちろん出すわけにはいかない。俺は真中葵を俺の反対側に行くよう指示して、マユミがボールを触れないようにした。
マユミをとりあえず無視して俺と真中葵でパスを回す。パスを回していれば相手も疲れてくるので隙が生まれるだろう。わずかな隙を探りながらボールを往復させているといつのまにか俺の傍にマユミの姿があった。
「これはいじめなのかしら。私もチームメイトのはずなのだけれど?」
「お前は勝手過ぎる。まあ一人仕留めた事には感謝はするが」
ボールを持つ俺の隣でマユミは拗ねた子供のように口を尖らせた。
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