第33話 活路
決勝戦がついに始まろうとしていた。
まず外野と内野の抽選が行われる。リーダーである生徒会長のマユミがくじ引きを開始した。
抽選箱は至って普通の箱だ。その中にはメンバー名前が書いた紙がある。そして三枚引いた紙の人物が内野に決定するという決まりだった。
緊張感など微塵も感じさせないマユミが抽選箱に手を入れる。俺は後ろからマユミの様子を窺いながら出雲かなでを引くなと心で願った。
くじ引きに関して言えば裏工作など出来てはいない。本当に真剣勝負となっていた。
「生徒会チームの内野は、佐伯裕樹君、出雲かなでさん、真中葵さんで決定です」
俺の思いも届かず出雲かなでは内野のメンバー入りしてしまった。しかも脇役の事情をしらない物語の三人がまさかの内野とは驚きだ。
佐伯裕樹と真中葵は何も知らずに普通に球技大会を楽しんでいる。出雲かなでは楽しむ余裕はないようだが自分なりに頑張っているようだった。もちろん普通の球技大会なら楽しむ事に文句はないのだが、今回は別物なのだ。
俺はマユミに歩み寄る。
「どういうくじ運してんだよ……」
「あら。この展開は最悪だって言いたいのかしら?」
「最悪ではない。むしろ展開次第では最高になるかも知れないな……」
前向きな俺を見てマユミは自分の思惑が外れたのか意外そうな顔をした。
たしかに裏事情を知らない三人なのだが、メインの三人でもある。物語としては逆に幸運なのかもしれないと俺はすでに気持ちを切り替えていた。
俺はすぐに行動に移した。まずは佐伯裕樹だ。
「内野はお前だな。頼むぞ裕樹」
「そうだな。精一杯頑張ってみるよ」
佐伯裕樹に近づき肩に手をかける。爽やかな笑顔で意気込みを語る姿は、スポーツマンというイメージだった。
「出雲さんを守るのは裕樹の仕事だからな……たぶんだけど、相手は先に出雲さんを集中攻撃してくるはずだ」
「なんでそう思うんだ?」
「俺の勘だ。だからそれを逆に利用しよう。出雲さんを狙ったボールを裕樹がキャッチするんだ。どこに投げるのかが分かっていれば取れる可能性は上がるはず」
囁くような提案に佐伯裕樹は頷いた。そして頼むぞと言い残して俺は次に向かう。真中葵は入念に身体をほぐしている最中だった。
「これで勝てば優勝だな」
「当然。優勝するわよ! 優勝しかあり得ない!」
真中葵は勢いよく拳を固めた。気合十分といった所だ。俺は何食わぬ顔で真中葵に語りかけた。
「そういえば俺たちが優勝すればご褒美はどうなるのかな。生徒会メンバーからのキスなのかな?」
「……何よいきなり」
試合に向けて身体をほぐしていた真中葵の動作が止まる。目は少し泳いでいるようだ。
この球技大会で生徒会チームに勝つとご褒美がもらえるのはすでに決定されている。つまり俺たちが優勝すればご褒美の権利は俺たちに与えられるはずだ。
「お前は裕樹のキスがお望みだろう?」
「はぁっ。何を言っちゃってるのかなぁ!? 馬鹿なの!? アユトは馬鹿なのかなぁ!?」
わざといやらしい笑みを込めて囁くと真中葵はそばにいる佐伯裕樹を意識しながら声を裏返した。恐らく、聞こえたのではないかと慌てているのだろう。
「……ここだけの話だけど俺も協力してやるよ」
「協力って……私は全然これっぽっちも、そっ、そんな事は思ってなないしっ!」
呂律が怪しい真中葵は少しだけ頬を朱色に染めている。客観的に見て佐伯裕樹が好きな事は明白なのにもう隠さなくてもいいんじゃないかと俺は思う。気づいていないのは佐伯裕樹だけだ。もちろん普通の人間なら好意に気づいて当然だが朴念仁の主人公は全く意識していないようだ。
優勝すれば協力を約束するとまだ慌てている真中葵に言い残し俺は次に向かう。
「これで勝てば優勝だね。最後まで頑張ろう」
「ひゃ……そっ、そうですね。私、がっ、頑張ります!」
出雲かなでにしては前向きな意見だった。しかし言葉とは裏腹に緊張しているのか両手は震えているようだ。緊張しているのを俺に隠そうとして胸の前で必死で手を組んでいた。決勝戦となれば緊張するのは当然だ。
証拠に自分がブルマー姿のせいで男子生徒から軽く好奇の目線で見られているというのも忘れているようだ。
出雲かなでは臆病な性格である。しかも内野という重大なポジジョンを任されてしまったのだ。
俺は出雲かなでを落ち着かせるためにも笑顔を作る。
「楽にいこうよ出雲さん。俺たちも全力でサポートするから。一緒に優勝目指して頑張ろう」
「おおっ、お願いしますっ!」
勢いよくお辞儀する出雲かなでは緊張で今にも泣きそうだった。俺は緊張をほぐすどころか逆にプレッシャーを与えてしまったらしい。
ただ、可愛く、か弱く、男に守ってあげたいと思わせる所作は利用できるかもしれない。
フウキさんのチームはフウキさん以外男ばかりだ。男共は体格も大きく俊敏で投げる力もかなりのものだ。普通に考えれば勝つのは難しい。
しかし力の強い男だからこそこんな弱弱しい美少女の出雲かなでに強いボールを投げつけることができるだろうか。
向こうの立場に立ったとしたら俺にはそんな狂気は無理だ。
出雲かなでの実力は誰が見ても下だと分かる。対戦相手も知るところだろう。実際、一回戦での出雲かなでを狙うボールの球威は、他の者を狙うときと違い明らかに敵は手を抜いていた。
可愛い女の子に乱暴してはならない精神を狙えば活路はあるかもしれない。
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