第27話 練習開始
体育館の高い天井で声が響く。この季節独特の体育館の蒸し暑さを俺は体感していた。
いつもならバスケ部やバレー部などの活気ある練習を行っているが、今日の放課後は生徒会が貸しきっていた。
「ひゃっ!」
出雲かなでは相変わらず悲鳴を上げている。
「出雲さん。ボールを怖がっていたらダメよ」
真中葵が呆れ半分に腰に手を当てた。
生徒会メンバーが全員集合したので球技大会に向けて練習しているのだが、なかなか身のある練習が出来ずにいた。理由は運動が苦手な出雲かなでが足を引っ張っていたからだ。
まずはキャッチボールで身体を温めようとしたのだが、出雲かなでは小学生でも取れる球を投げても怖がりその場でしゃがみこんでしまう。
何度も同じ光景を見ている俺は、ボールに何かトラウマでもあるのかなと考えてしまうほどだった。
「ひとまず休憩しようか?」
俺は全員に聞こえるように声を出した。
休憩中を見計らって俺は壁にもたれかかる真中葵に声をかけた。他の者と同様に体育の授業で使う学校指定の運動着を着ている。
「ところで聞きたいんだけど、なんで生徒会長がいないんだ?」
「知らない。なんか運動着に着替えてくるって私たちと離れてからそれっきり。どこに行ったのかわからないわ。まあマユミの勝手な行動はいつもの事すぎて慣れちゃったわね」
タオルで汗を拭いながら真中葵は答える。すると隣で座り込んだ佐伯裕樹が笑った。
「まぁ生徒会長なら練習なんていらないよ。アユトも葵もあの生徒会長の運動神経の良さは知っているだろう?」
佐伯裕樹は片手にスポーツドリンクを握り締めている。俺は佐伯裕樹に向かって「確かにそうだな」と笑った。
マユミの運動神経がずば抜けているのは重々承知だ。最近では脇役の仕事で身体を鍛えなければ勤まらない役柄を演じる事も多いらしい。
マユミは問題ないと判断した俺は、現時点での問題である少女に近寄った。
「お疲れ様。いきなりドッジボールの練習に連れ出して悪いな。大丈夫か?」
「ひゃっ……だっ、大丈夫……です」
うつむき加減で少し離れて体育座りをしていた出雲かなでは言葉のキャッチボールに慌てたようだ。自分の不甲斐無さが恥ずかしいので少し離れていたのかなと俺は思った。
「出雲さんはスポーツが嫌い? というより球技が苦手とか?」
「……」
俺は隣にしゃがみこむと出雲かなでは表情を曇らせていた。
「俺は楽しくて好きだけどな。出雲さんだってもっと楽しめばいいんじゃないかな。身体を動かせば暗い考えもましになるって言うし」
「……それはスポーツが出来る人の意見です」
「いやそういう訳じゃないんだけど……」
いつもと違い言葉に冷気を含ませている気がする。いや確実に冷気を放っている。まさか無理やり呼び出されたので怒っているのだろうか。
異変に気づかないわけのない俺は出雲かなでの横顔を無言で見つめた。
「そっ、それより……まっまだ説明を受けていません!」
出雲かなでは俺の視線を受けて表情を隠すようにさらに身体を丸くした。
説明とは何だろう。まさか出雲かなではドッチボールのルールを知らないのだろうか。だとすれば完全に見落としていた。
誰でも知っていると思っていたのだが知らない人もいるんだと俺は知った。
「そろそろ始めるか!」
佐伯裕樹が全員に聞こえるように声を出した。少しだけ驚いていた俺は始まりの合図を聞き入れると出雲かなでに「とりあえず頑張ろうか」と声をかけた後、腰を上げた。
「裕樹。ちょっと来てくれ」
再び練習を始める前に俺は佐伯裕樹を女性陣から少し離れた所に呼び出す。
「裕樹。出雲さんなんだけどドッチボールのルールを知らないらしい。だから説明してやってくれないか。あと練習メニューだがとにかく出雲さんに投げる、捕る、避けるを練習させてやってくれ。あと一週間しかないんだ。手取り足取り頼む」
汗ばんだ佐伯裕樹に耳打ちする。
「別にいいけど……お前は葵と組んで練習するのか?」
「俺は生徒会長を捜しに行ってくる。だから葵のことも頼んだ」
「いや、俺一人で二人も面倒みれないぞ」
佐伯裕樹は眉根を寄せる。面倒くさい事は言われなくても分かっている。
「お前なら出来るよ。んじゃ頼んだ!」
そう言い残すと俺は体育館の出入り口に向かって歩き出した。
「分かったよ。とにかく早く帰って来て手伝ってくれよな」
俺の背中に向かって投げかけた言葉に振り返らずに片手だけ挙げた。
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