第28話 もう迷わない
目的地に向かうため体育館を出て校舎に入る。放課後にもなると生徒の数は少ない。
佐伯裕樹にはマユミを捜しに行くと伝えたが本来の目的は別だった。本当の目的はある人物に会う為だった。
俺は階段を登った後、何度か足を運んだ一つの部屋の前に立ち止まった。扉の向こうに意識を向けると複数の声が聞こえる。どうやら目的の人物は在室しているようだ。
俺は迷わずノックをすると少しの間を空けたのちに扉を締め切ったまま答えが返ってきた。
「どちらさまですか?」
「アユトだ。監視カメラでも確認できるだろ」
「紛れもなく職務怠慢なアユトさんですね。どういうご用件ですか?」
皮肉を口にするフウキさんが扉を開けずに会話を続ける。
こんな無駄なやり取りをせずに早く入室したいところだがこの風紀委員室は特殊な鍵が掛けられているので中から開けてもらうしかない。
俺もランクAとして合鍵を持っているのだが、あいにく家に置きっぱなしだった。
「とりあえず中に入れてくれないか?」
「今は来客中なのですが……まぁいいでしょう。まだランクAのままであるアユトさんには従っておく事にしましょう。最後の礼儀です」
軽く皮肉気味に言われた気がするが俺は無視しているとようやく扉が開いた。
風紀委員室は生徒や教師の管理、さらに主人公達の学校生活を監視するための部屋だ。学校中の至る所に設置されている監視カメラをこの部屋で全て確認する事が出来る。
本来なら自由に出入り出来る風紀委員室に出迎えてくれたのはマユミだった。
「アユト。あなたがここに来た目的は生徒会室での幼女とのいかがわしい行為を認めた。さらに自分の犯罪的かつ変態的な行動による罪の意識に耐え切れず、罰を与えてもらいたくてこの風紀委員室に出頭してきたのかしら?」
観察するような視線が俺を見つめている。足を組んで椅子に腰掛け、その手にはティーカップを持っていた。
こいつ練習に顔出さないと思ったら敵地でリラックスしてやがる。俺は冤罪を無視して落ち着いた声を出した。
「なぜマユミがここに? 練習に参加してくれと頼んだはずだけど?」
「とにかく出雲かなでなのだけれど……やはり彼女はスポーツに向いていないわね。でたらめな動きばかりで見ていて腹が立つわ」
マユミの視線を追うように体育館の様子を映し出したディスプレイを眺める。相変わらずボールを怖がり逃げ回る出雲かなでの姿があった。
「いや出雲かなでの件は今は問題ではない。俺が聞きたいのはなぜお前はドッジボールの練習に参加せずに風紀委員室にいるんだという事だけど?」
「私がマユミさんをお呼びしたのです。これを生徒会長と決めるために」
フウキさんは俺の胸元へ向けて一枚の用紙を差し出した。
手に取り用紙を確認するとトーナメント表だと一目で分かった。
「先に風紀委員会で出場チームを決定しておきました。出場チームは16チーム。参加チームが多すぎて厳選するのに苦労しましたよ。苦労したと言ってもくじ引きで決定したまでですが」
フウキさんの説明を聞き入れながら俺は生徒会とフウキさんのチームの位置を確認している。
「もちろん私達のチームと生徒会チームが対戦するのは決勝戦にしておきましたよ。その方が盛り上がりますしね。ですから私達に負けるまで負けないで下さいね。アユトさん」
フウキさんは余裕の笑みを隠さずに披露した。負けないという自信はどこから来ているのだろうか。俺が首を傾げているといつのまにか傍に歩み寄っていたマユミが、俺の手元から紙を奪い取った。
「私が来た理由はトーナメントの確認とアユトが敗北した場合の待遇を決定するためよ」
「ランクAの権利の委譲か」
さすがはマユミ。仕事が早い。取り決めも事前に行う所も本当に要領がいい。お俺は素直に感心してしまった。
俺とマユミのやり取りに続いてフウキさんが口を開いた。
「そうです。私達が勝った後にやっぱり委譲は嫌だなんて言われたら困りますからね。まぁアユトさんに限ってそんな女々しい事なんてしないと思いますが」
両手を広げるフウキさんは明らかに挑発的な口調だった。しかし心理的な駆け引きを仕掛けられても開き直った俺には全く響かない。むしろ受けて立つ。
「そんな事はしない。正々堂々勝負してやる。だがこちらも条件がある」
この場所に足を踏み入れた理由は条件提示だった。
生徒会チームが負けた場合はもちろんフウキさんの条件を全て受け入れる。逆にこちらが勝った場合はこちらの提示した条件に従ってもらうというわけだ。一方的に条件を出されるのは面白くない。
「もしかしてアユトさんは私の敵対行為を協会に訴えると言う事ですか?」
「それなら今すぐにでも出来るさ」
「じゃあ何なのでしょうか。私に土下座して謝れとでも? それとも二度と顔を見せるなでしょうか?」
「土下座なんてまた古風な事を……」
「では早く条件を言って下さい」
俺は生徒会チームが勝った場合はフウキさんに役柄を辞めてもらう事なんて考えていなかった。
「フウキさん達には今の役柄のまま面白いと思う物語の展開をアドバイスしてほしい。ランクAだといっても俺はまだ経験も浅いし、ランクAの独断で決めるよりも色んな意見を聞き入れながら責任者全員で物語を作っていきたいんだ」
俺は素直な思いを言葉で綴った。不意にマユミの方を見る。
予想通り呆れた顔をしていた。考えが甘いと感じているのかどうかは分からない。
「アユトさんは本当にお人よしですね。あなたは人の上に立つ仕事は向いていません」
「そうだな。フウキさんの言う通りだ。でも俺はまだ諦めないよ。これまで俺に力を貸してくれた人達に恩返しのつもりで最後まで足掻いてやるって決めたんだ。もう迷わない」
すると挑発的ではなく素直な感想を述べるようにフウキさんが微笑んだ。
「そうですか。ではご自由に」
フウキさんの柔らかい表情を久しぶりに見れて俺も笑った。
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