第4話 幼馴染は自由だ

 数日間かけて俺はとりあえず重量級のファイル達を一通り確認した。

 フャイルに記載されていた内容は物語の期間や、主人公とヒロインのプロフィール。さらに脇役である自分の役回りや他の脇役の情報。

 主人公の初キスの場所やヒロインの初恋の相手などあまり必要性があるか疑わしい細かい内容も大量に書かれていた。

 事前情報をなんとか自分の頭に叩きこむのは苦労したが何とか記憶することはできた。

 そして本日は最初の物語会議を俺の家で行われる予定だった。

 ランクAである俺とマユミはもちろんの事、学校の生徒や教師たちの責任者、街の演者達の責任者の計四名で行われる。

 初の顔合わせなので今回は挨拶をしてから、大まかな物語の構成などを決めて行きたいと俺は考えていた。物語が始まるのは学校の入学式からなのであと数週間しかない。なので実のある会議にしなくてはいけない。

 そう意気込んでいると、母親役の女性が来訪者を告げる。部屋を出て一階に出向くと靴を履いたままのマユミの姿があった。


「めずらしいな、お前が時間を守るなんて」


 挨拶もしないで俺はすぐに意外感をそのまま口に出した。


「時間が私を守るのよ」


 値踏みするような視線で家の中を眺めていたマユミは何やら哲学的な言葉を発した。いや全くもって意味が分からないが。

 今回の訪問でマユミはすでに学生服を着ていた。白いシャツの上に赤を貴重とした上着、膝まで隠れる黒の靴下、スカートは赤と黒のチェック柄。そのスカートはなかなかに短く、マユミの引き締まった生足が露出され、すぐに下着が見えてしまうんじゃないかと見ているこちらが目のやり場に困るほどだった。

 率直な意見を言わしてもらうと、マユミは恥ずかしくないのだろうか、だった。


「その学生服、お前に似合っているな」


 マユミの容姿とスタイルならほとんどの服装がマユミに合わしてくれるだろうなと考えてしまう。女性から妬まれる原因の一つなのかも知れない。


「似合っている……それだけなのかしら?」


 俺が何気なくマユミを褒めると、何に不満を感じたのか分からないがこちらを探るような目線を向けられてしまった。もしかしたら気に障る発言だったのだろうか。


「似合っているだけじゃ足りないわ。豊満な胸の下着がうっすらと透けている白いシャツ。ミニスカートと長い靴下の間に位置する魅惑的な白い柔肌。美しく女性特有の丸みを帯びたスカートに隠れたお尻。興奮するぜうっひょー……と言ってほしいものね」

「お前の中の俺はいつもそんな感じなのかよっ!」


 しかしマユミの描写は最後の興奮するぜ以外は当たっているので妙に悔しい。


「ええ。あなたは獣だと私が言ったのを覚えていないのかしら?」

「獣じゃないから。理性ある普通の男子だから。でもたしかにお前の制服姿はなんていうか……可愛いとは思う」

「……可愛いなんて目の前で言わないでくれるかしら……恥ずかしい男ね。気持ちが悪い。むしろ気味が悪いのだけれど」

「マユミさん。気味が悪いはいいすぎだと思いますが……」


 よし。とりあえず会議室に行こう。俺は虚しさを忘れようと行動に移す。

 マユミのペースにはまりつつあった俺は不敵に笑みをこぼすマユミを二階まで誘導した。

 会議室として用意した部屋は俺の部屋の隣にある。広さは大体八畳といったところだ。中央には円卓の机を用意してあり扉から一番離れた位置にホワイトボードが置かれている。

 簡単な作りの会議室に他の二人が到着するまでマユミには待機をしてもらおうと考えていると、急にマユミが俺の部屋を見せてほしいと言い出した。別に構わない俺は考えを変更して俺の部屋に入ることとなった。


「そういえばこの前の教室でアイと遅くなるまで話してたのか? 本当にお前らはいつも言い合いをしているよな。仲がいいのか悪いのか……」


 ベッドに腰を下ろした俺は辺りを観察しながら顎を左右に動かしているマユミに先日の事を聞いてみた。先に帰ったので二人の行動は知らない。

 俺としてはお互い仲良くして欲しいという気持ちはほんの少しくらいはある。


「あなたが帰った後は二人でファミリーレストランに行ったわ」

「ふーん。ファミレスにねぇ……お前らの仲は本当に謎だな」

「謎は深まるほどおもしろいのだけれどそれほど対した謎でもないわ。ほんの気まぐれよ」


 レストランで何の話をしたのかはあまり考えない方がいいかもしれない。どうせまたろくでもない会話をしていたのだろうと悪い方向に考えてしまう。

 もしかして俺の心が汚れているからなのだろうか。

 咄嗟に俺は自分の考えに首を振った。思春期の少女が二人集まれば恋の話やファッションの話にでも花を咲かせていたのかもしれない。

 そうだ。そもそも人を勝手に疑うのはよくない。俺は誠実な人間を目指したい。

 しかし俺の期待を裏切られるのには数秒もかからなかった。


「夕食を取りながらアユトの話を二時間ほどしたかしら……アユトの性癖を幼女の脳に植え付けるのには苦労させられたわ」

「お前は何に苦労してんだよ!」

 

 そして肩を揉んで疲れたような仕草で一仕事終えた雰囲気を出すな。

 出来れば俺の予想は当たって欲しくはなかった……勝手に期待した俺が悪かったのだろうか。


「別に悪いことをしたわけではないわ。個人情報を流しただけ」

「間違った個人情報だろうが! そもそも個人情報を流すなよ……はぁ……頼むからあまりアイをからかうのはやめてやってくれ。あの子はお前と違って純粋だからな」


 そう、お前のせいで誤解を解くのが面倒なのです。人の苦労を知らないマユミは立ったまま俺には目もくれず壁の方に顔をじっと向けている。

 俺の話をきちんと聞いていないようだった。


「わかった……努力する……」


 んっ。どうしたんだろう。以外に素直だな。いつもなら何重にも皮肉の技をかけてくるのに。

 目を細めているマユミを見つめながら俺は少し驚いてしまった。

 珍しいこともあると考えながら俺は壁に掛けられていた時計を見る。


「とりあえずその椅子にでも座れよ。もう少し経てば他の二人も到着するだろう」

「大丈夫。少し用事を思い出したからひとまず失礼するわ」


 学習机の椅子に向かって指をさす俺に見向きもせずに、マユミは艶のある黒髪をなびかせながら身体を回転させる。

 華麗なターンだったと見とれずに扉に向っているマユミに俺は焦ったように問いかける。


「ちょっと待て。これから会議だぞ。どこ行くんだよ?」

「愚問ね。女のプライドをかけた戦争よ」


 一瞬立ち止まり小さく呟いたマユミは映像を早送りにしたように去っていった。

 あいつは一体何を言っているんだ。俺は開かれたままの扉に意識をむけたまま首を傾げずにはいられなかった。

 物語のジャンルはラブコメなので戦争が起こるはずはない。物語を面白くするための何か秘策があるのだろうか。

 最年少ランクAを取得したマユミの思惑を、そう長くない時間で考えてみたが答えは結局は分からなかった。

 天才少女と称されたあのマユミの行動原理上、おそらく会議に出席してくれるという期待感は抱かない方がいいと判断した。裏切られる可能性は大だ。

 とにかくなんとか一人でもランクAとして頑張るしかない。不安とやる気が入り混じる心境で意気込みを新たにすると、後の二人の到着を告げる呼び鈴が玄関から響いた。

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