第3話 幼馴染のエリート「マユミ」

 この玄関の扉を開けると物語の世界が広がる。

 仕事の依頼が自宅に届きファイルを確認したその瞬間から脇役の仕事も始まる。

 仕事が始まると同時に玄関の扉を開くと、外の世界が(物語の世界)へと繋る事になる。

 扉の先は別世界の奇妙な感覚に今はもう慣れているが最初はとにかく驚いた。

 元の世界に帰って来られるのだろうかなど不安がとてつもなく募ったのを思い出す。そんな初々しかった俺も今やランクAにたどり着いた。

 これがランクAとしての初めての仕事。失敗は許されない。俺は扉を開ける手にいつも異常に力を込めた。


 そして物語の世界へ。


 外へ出てみると見慣れた景色はなかった。高層マンションが立ち並び空が狭く感じられた景色は家々が立ち並ぶ住宅街へ。遠くを眺めると緑を描く山々がつらなっている。

 聞きたくもないのに耳に入る都会の騒音は無く、辺りは静けさに包まれていた。

 街路樹が均等に植えられた自然と調和した住宅街だ。

 俺はさっと後ろを振り返る。

 目の前には見慣れた安いアパートの扉ではなく綺麗な一軒家の扉となっていた。扉から離れるよう歩を進めてから家の外観を確認する。

 二階建駐車場つきの一軒家だった。何の特徴もない普通の家。広くもなく狭くもなく一般的な一軒家だ。

 腕を組みながら自宅になるであろう家を眺めていると、ついさっき出てきたばかりの玄関が勢いよく開かれた。あまりの勢いに扉が壊れてしまうんではないかと扉を心配をしてしまった。


「待ってくださいよーアユトさーん!」


 扉から飛び出したアイがこちらに慌てて駆け寄ってくる。俺の隣に到着したアイは首をきょろきょろと左右へ動かして今回の仕事先である(物語の世界)を見渡した。


「なんか普段と変わらない世界ですねー。私はファンタジーとかの方が刺激的で面白いと感じるのですが。本当に平和そうな世界です」

「ジャンルによっては扉を開けるといきなり地獄とかありえるからな」

「私なんていきなり魔物が襲ってきたこともありましたよ」


 アイは自分の血生臭い過去の出来事を満面の笑顔で語る。

 いやいや笑い事ではないぞ。本当にアイは根性があるのかただただ好奇心が強いのか分かりかねる。ちなみに俺はアイが求める刺激など一切必要とはしていない。

 正直魔物なんて出会いたくはない。


「あっ。そういえば今日の私の服っどうですかっ! 今日のコーディネイトも自信がありますー」


 いきなり話題を変えたアイはバレリーナのように両手を広げたままくるくるとその場で回りだす。アイの無邪気さは初めて遊園地に連れて行ってもらえた喜びを身体で表す少女のようだった。

 無邪気な少女の要求通りアイの頭の先から靴底まで流し見た。


「似合っているよ。実にお前らしい。今日は赤一色なんだな」


 アイは同色を好む。今日は赤いジャケットに赤いインナー、スカートもチェックの赤、ブーツも赤だ。それぞれ若干色合いが違い、その名称も違うだろうが俺にとっては全部赤だった。

 ちなみに下着も赤だった。


「えへへっ。ありがとうございますっ!」


 軽く皮肉を込めた意見だったのだが、朱色に染めた頬を両手で隠し、アイは嬉しそうにニヤニヤしていた。まあ本人の解釈に任せよう。とらえかたは人それぞれだしな。

 照れているアイの隣で俺は一度空を見上げる。空は夕日が朱色を濃くしていた。

 どうやらこの世界の時刻は夕方のようだ。

 「そろそろ行くぞ」とアイに本来の目的の為に一声かけ、二人並んで歩き出す。

 俺がまず視察しておきたい場所は物語の主要な場所、それはちろん学校だ。

 資料を熟読していないので場所は分からないが通りすがりの演者達に尋ねれば問題はない。

 普段は行き先を確認するのだが気持ちが高揚していたの先に行動してしまった。どうやら俺は浮かれている状態なのだろう。

 二人並んで歩き出すと早々に制服を着た女子生徒を発見する。すでにこの世界に移り住んでいる女子生徒役の彼女に道を教えてもらい、道順を確認しながら数分で学校にたどり着いた。

 自宅とはそれほど離れていないようだ。校門前に立ち学校の外観を確認しているとアイが口元を耳に寄せてきた。


「なんか私たちすれ違う人達に注目されていましたね。お似合いのカップルだな、なんて思われていたんでしょうね。ふふっ」

「いやそれを言うならばカップルよりもまだ兄妹の方が有力だと思うが」

 

 あとはお前の服装がおかしいからという可能性もあるだろう。まぁ本人には言わないが。

 アイに言われなくても学校までの長くない道のりで確かに注目されているのにはもちろん気づいていた。だがそれは検討するまでもなく大体は分かる。

 理由はアイが有名人だからだ。

 アイの祖父はこの業界では知らないものはいない。実際に同業者として働いている孫も有名になってもおかしくはない。


「そんな恥ずかしがらなくてもいいですよっ。ア・ユ・ト・さんっ! 私はカップルだと思われても全然これっぽちもかけらも嫌ではないですけどねア・ユ・トしゃん! むしろ勘違いして欲しいくらいですア・ユ・しょん!」

「俺の名前を溜めて呼ぶな!」


 自分の名前を焦らして聞かされた俺はアイに体罰ではなく教育的措置を行使しようと試みたが止めて置いた。

 理由は無駄な事をしていたら帰るのが遅くなってしまう。なので長くなりそうなアイとのやりとりを無視して何食わぬ顔で歩き出した。反応すれば相手の思う壺だ。

 俺は愚策なんてとらない。


「待ってくださいよー。照れ隠しもほどほどにしてくださいよー! でもそういうシャイなところもポイント高いですから!」


 妙に嬉しそうな全身赤の少女を気にせず俺は無言でさらに歩を速めた。

 

 校門を通り抜けると、一目見るだけで無駄に広そうだと分かる敷地だった。とりあえず辺りを眺めながら教室に行ってみることにした。

 校舎に入り階段を上がるり一番近い教室に入った。もちろん誰もいない。俺は教室に入り、利用されていないどこか寂しげに並べられた机と椅子の傍を通り抜け、窓際まで歩み寄った。

 教室の窓を開け、そこから見える学校のグラウンドを見下しなが腕を組んだ。さあ一体どんな展開で物語を進めようかな。

 まだ白紙の状態である段取りをいくつか思い浮かべようとすると、背後から声が聞こえた。


「アユトさんすみません……少し席を外してよろしいですか?」


 振り返るとスカートを掴み、両足の内太ももをこすり合わせているアイがたたずんでいた。くねくねと身体を動かす姿を見て、女心はあまり分からないのだがアイの伝えたい内容を察することが出来た。

 余計な贅肉の言葉を付け足さず短く「分かった」と俺はうなづく。合図を受け取ったアイはすぐに廊下を駆けて行った。

 誰もいない校舎で慌てた足音だけが響いては遠のいていく。アイを見送った俺は再び窓の外を眺め思考の世界へ戻る。

 すると数分も立たず背後からこちらに近づく足音が聞こえた。落ち着いたようにゆっくりと靴音を奏でている。振り返る必要も無くアイが戻ってきたかと俺は考えた。

 トイレから戻るのが速いなと少し不思議に思った。別に急がなくてもいいのに。


「誰もいない教室。開け放たれた窓。差し込む夕日。この状況下であなたに選択肢をあげるわ」


 油断していた俺に対してアイ以外の聞き覚えのある声が背中に当たる。冷静で大人びた口調はすぐに誰の声なのか分かった。


「A、旧友と挨拶する、B、興奮を隠しきれず私の唇を奪う」


 なんだよその選択肢は。相変わらず訳が分からん。俺はゆっくり振り返る。

 なぜここにこいつがいるのだろうかと一瞬だけ考えたが、すぐに予想はついた。こいつがこの世界を訪れてもおかしい事は何もないのだ。


「久しぶりだなマユミ。お前と会うのは……半年振りくらいか?」


 腰まで伸びる艶がある黒髪。鼻筋が高く、大きな瞳はこちらを観察するような視線を向けている。同年代の男子に高嶺の花と称されるマユミは大げさに肩を落とす動作をした。

 選択肢に関して言えば結果的にAを選択している。当たり前のことだが。


「はぁ……本当にあなたは根性なしね……可哀想な人。少なからず同情してあげるわ」


 なんで同情されているのでしょうか。マユミに皮肉を言われる筋合いなどない。

 身に覚えの無い同情に少しだけ苛立ちが芽生える。それほどまでに俺の姿はマユミから可哀想な目で見られていた。

 だが予想はなんとなく察する事も出来る。それはおそらく自分が問いかけた選択肢が正解でなかったのが気に障ったのだろう。

 本当に昔から面倒な奴だ。


「じゃあBを選んだほうがよかったのかよ?」

「Bを選んだら地獄行きよ。馬鹿なの?」


 首を軽く上げこちらを見下すように告げる。殺気をも含ませた瞳は俺を凍りつかせ死に至らしめる魔法がかけられているようだ。身の危険をほんの少しだけ悟ったので心の中で叫ぶ。

 じゃあそもそも選択肢として出すな。そもそも一択ですよね。


「それはそうとチキン君。この前の電話はなんだったのかしら。あなたが私に連絡を寄こすのは珍しいの一言に尽きるのだけれども。どうでもいい話なら内容は聞かないでおくわ」


 チキン君って俺はから揚げのマスコットキャラではない。喉元まで言葉が出かかったがなんとかぎりぎり耐えた。

 なぜならマユミの発言にいちいちつっこみを入れていたら話が進まない。これはマユミとの長い付き合いで得た知識の一つだ。


「……俺がランクAになった事を伝えたかっただけだ」

「そうらしいわね。おめでとう。心から感謝の言葉をあなたに送るわ。これまでの功績が認められたようね。本当におめでとう。あなたほどの人材なら認められて当然だと私は心の底から思うわ」


 無表情で祝いの言葉を並べられても全くお祝いされている感じがしなかった。拍手くらいしても罰が当たらないと思いますよ。あと心の底って意外と浅いようですね。

 こんな事なら電話がつながらなくてよかったかも知れないなと俺は吐息をつく。

 おそらく、いや確実に今と同じような反応だっただろう。


「まぁとりあえず今回の仕事は同じランクAとしてよろしく頼む。俺はなったばかりだからランクAの先輩であるお前に頼らせてもらうよ」


 今回の物語のもう一人のランクAであるマユミに形式的に挨拶をする。ファイルに記載されていたランクAは俺とマユミだった。


「あなたは本当に気持ち悪いわ」

「ちょっと待て。なぜそこで気持ち悪いという発言が出るんだよ!」

「自覚がないというのも重罪なのだけれども……付き合いが長いから許してあげるわ。私じゃなければ嫌われてもおかしくない男ね」


 本当にマユミの考えていることは理解できない。嫌われているのだろうかとほんの少しだけ弱音を吐きたい気分だった。

 幼馴染であるマユミは俺と年は変わらないのにランクAをすでに取得していた。脇役業界で最年少でランクAとなったのはマユミだ。

 業界内では奇才の美少女なんて噂されているらしい。実際の所では俺自身もマユミの功績を認めている。マユミが作る物語は斬新さと奥ゆかしさを兼ね備えられており素晴らしい作品を数々生み出している。

 一応は仕事仲間として挨拶を済ませた所で、廊下の方から駆け足で教室に近づいてくる音が聞こえた。


「アユトさーん。お待たせしました。ってえー!! なんでむっつり女がいるんですかー!」


 よほど急いでいたのか少し息を切らせたアイは驚きを隠そうとしなかった。

 失礼など気にもせずに年上や階級の差を無視してマユミに勢いよく片手で指をさした。動揺しているのか指先が若干ぴくぴくと震えているようだ。


「ちびっ子ツインテール……なぜあなたのような幼女風情がここにいるのかしら?」


 マユミも負けじとアイに向け両手で指をさした。

 変なポーズで応戦したマユミとアイは互いに睨み合う。

 この二人はなぜか出会うとすぐ討論となる。だが俺が見る限りはけっして仲が悪いわけではないはずという印象を持っていた。

 ちなみに一切の根拠はない。ただの勘である。


「もしかしてアユトさんがここに連れ込んだんですか……かっ……か……」


 なぜ俺に容疑がかかる? とにかく勘違いは素早く正さないとでたらめな噂が広がる危険がある。

 だが証言を聞き入れる間もなくアイは口に手を当て「信じられない私というものが居ながら……」という言葉を吐き出した。

 気のせいだろうがアイの瞳はかすかに潤んでいたようにも見える。いやいや。マユミとはさっき偶然会っだけだしお前の発言も所作も全てがおかしいから。

 俺は弁解を述べようと口を開きかけるがマユミの勢いが勝った。


「そうよ。アユトが私を誘ったの。そう……アユトは繁殖期の獣なのだから!」


 なぜ誘った事になってんだよ。そしてどうして俺が繁殖期の獣につながるんだ。

 会話の途中が抜け落ちているせいか意味不明なマユミに対して文句をぶつけようと試みるが、アイの猛攻に遮られる。


「そんなはずありません。アユトさんはマユミさんをこの教室に誘い出し、誰もいない教室というシチュエーションを楽しみながらマユミさんを身体を舐めまわすように観察して、興奮を隠しきれずマユミさんを押し倒すような人ではありませんっ!」


 マユミの言葉の足りなかった部分を凛々しい表情でアイは補った。

 庇ってくれるのはありがたいがマユミの一言でどこまで想像してんだよ。思春期であるアイの想像力の深さは俺の思惑を超えている。

 どちらにせよ結果的に俺の名誉を傷つけているのは明白だった。


「まだ甘いわツインテール。アユトがこの私を簡単に押し倒せるはずがないわ。だとしたらどういった策を講じる必要があると思うのかしら?」


 否定しないってことはそういう意味だったのかよ!

 質問を投げかけるマユミの瞳は怪しく光っているようだ。

 妖艶な瞳はまだ何かを含んでいる。


「えっ……じゃあ睡眠薬とかですか?」


 アイはマユミの急な切り返しに戸惑っている。どうやら必死で頭を回転させてたどたどしくも自分の考えを述べることが出来たようだ。


「正解。その証拠としてアユトのポケットには睡眠薬が入っているわ」


 下半身のポケットに二人の視線が集中した。


「だっだとしたらアユトさんは眠らせたマユミさんに乱暴を働くのですかっ!」

「アユトは乱暴だけじゃない……もっと想像力を働かせてみて……常に最悪を想定するのよ」

「まっまさか……縄で……すかっ!」


 おーい二人とも。話がおかしな方向に飛んでますが。

 現実世界の俺を置き去りに二人は妄想世界を突っ走っている。まだまだ勢いが衰えない二人に並走するなんて到底出来なかった。

 なぜか頬を赤く染めていくアイは瞳を見開かせて両手を口元へと押し当てていた。


「縄……それだけで満足するかしら。この男の思考や性癖。全てを掛け合わせればおのずと答えが見えてくるのだけれど?」


 唇を一度ゆっくりと舐め、誘惑するような吐息交じりの声で囁く。

 マユミはアイに答えを促せるようとしているのが分かる。どうやらマユミのやつ。完全にアイをからかって楽しんでいるようだと俺は呆れた。


「ム……ムチも追加ですかっ!」


 挙動不審になったアイは瞳を上下左右に動かしている。火照ったように顔は真っ赤になっていた。もうそろそろ強い意思を持って止めた方がよさそうだ。

 マユミの暴走は純粋な後輩であるアイの教育によろしくない。そもそもこの二人は一体何の話をしているのか分からなくなってきている。分かりたいとも思わないが。


「二人共そろそろ妄想を止めろ。俺はそんな人間ではない」


 俺は二人の間に立って冷静にこの場を沈めようと割って入った。表情はいたって真面目だ。本心で誤解されるのは勘弁して欲しいと考えていた。


「臭い口を挟まないで!」

「アユトさんは黙っていてください!」


 えっ。なぜ怒鳴られる?

 脅えながら条件反射で「はい」と小さく返事をしてしまった。

 再び二人が会話を始めたのをきっかけに、強張った身体がほぐれていくと次は疲労感が押し寄せた。

 妄想を止めるのを完全に諦めた俺は「先に帰るぞ」と熱く語り合う二人に伝える。

 さすがにもう付き合いきれない。このやりとりに対してもう考えることは止めよう。

 二人の様子を確認する。アイは妄想の世界に入れ込んでるようなので俺を気にする余裕がないのか別れの挨拶すら返ってはこない。

 一人で教室を出て背後から聞こえる二人の口論を全力で聞き流しながら階段を下りて校舎を出る。

 辺りは暗く空気も冷えたせいで肌寒くなってきた俺は自然と両手をズボンのポケットに突っ込んだ。もちろん睡眠薬は入っていない。

 歩きながら自宅までの道のりを思い出していた時、教室の開け放たれた窓から叫び声がはっきりと聞こえてきた。


「ほえー? ローソクは五本同時ですかっ!」


 俺は大きなため息を抑えることが出来なかった。アイは驚きすぎて声を張らずにはいられなかったのだろう。

 頼むから妄想の中で人をおとしめるのはやめてもらいたい。

 記憶していた道を辿り自宅に戻ると玄関で見知らぬ女性が待ち構えていた。顔には皺がうっすら見える中年の女性だ。エプロン姿の女性は俺の帰宅を確認するなりお帰りなさいませと丁寧にお辞儀をする。


「はじめまして。短い間ですがよろしくお願いします」


 俺は女性に向ってただいまとは言わずに形式的に挨拶をする。


「こちらこそよろしくお願いします」


 俺の母親役である女性は目を伏せ軽くお辞儀をする。

 目の前の女性は物語の上ではいてもいなくてもいい存在だが、俺にとっては重要な役割を担ってくれている。

 簡単に言うと家事全般である。なので物語が終わるまでは良き関係を保たなくてはならない。

 靴を脱ぐと女性から料理が出来ていると報告を受けたが、後で食べますと答えた。キッチンからはおいしそうな香辛料の香りが漂ってくるが、ひとまず自分の部屋を探すことにした。

 一階はリビングと女性の部屋だったので二階へと続く階段を上る。上り終えた正面に俺の部屋が存在していた。すぐに分かったのは扉にアユトルームとご丁寧に書かれていたからだ。

 ドアノブを捻り中に入る。

 部屋の隅には学習机。知らないタイトルの漫画が並べられた本棚、壁にはアイドルらしき水着姿の少女のポスター。青いシーツのベッド。感想としては男子学生らしい部屋だなと感じた。

 面白みのない部屋の構成を目線だけで確認すると俺は学習机に歩み寄った。机の上には例の重量級の分厚い仕事のファイルが並べられていた。

 とりあえずは時間をかけてこのファイルのすべてに目を通さなくてはならない。俺は早速一つ目のファイルを持ち上げた。

 するとファイルの中から紙がひらひらと床に落ちた。一体なんだろう。手の大きさほどの白い紙に俺は視線を落とす。

 白い紙には中央に小さい文字で(恥ずかしいです)と丸い文字で書かれていた。

 何が恥ずかしいのか俺には理解できない。全く見覚えのない紙を膝を追って俺は手に掴むと裏面を確認する。

 裏面には輝く太陽の下で大人びた水着の少女が笑顔でこちらを見ていた。メモ用紙だと勘違いしていたがどうやら写真だったようだ。

 あいつ。いつのまに仕込みやがったんだ。

 写真をすぐに握りつぶしてゴミ箱に投げ入れてやろうと考えたが、知人の顔をくしゃくしゃにするのは可哀想だと良心に促されてしまう。

 俺は仕込まれていた写真を壁のアイドルのポスターの横になんとなく並べて貼り付けてみた。笑顔の二人を見比べながらベッドに腰を下ろす。

 後輩のアイとアイドルらしき少女はお互い大差がないほど美少女だった。

 守ってあげたくなるような愛らしさはアイの方が勝っている。いや、それは身内びいきなのかもしれないな。

 次に会った時にアイに写真を返せばいいかと安易に考え、気を取り直すように「よしっ」と声を出すと手に取っていたファイルに視線を落とした。

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