第5話 会議と後輩と幼馴染の関係性
「初めまして、アユトと申します。この物語の現場監督、作戦指揮を担当するランクAです。先日ランクAの通達がきたばかりの未熟者ですがどうかよろしくお願いします」
俺は最初の一言として固い挨拶をした。
今この会議室は俺を含め四人が在室していた。一人は生徒、教師などの責任者でランクBであるフウキという名の少女だ。
彼女の名前はファイルで確認していたが、いざ会ってみると初見ではどうも少年か少女か分かりにくい容姿をしていた。男といわれればそう見えるし女といわれればそうと見える。
とにかく共通して言えるのはどちらの言葉の頭に美の文字がつくことだ。
同姓や異性にかまわずに好意を持たれるだろうなという印象を受けた。その好意とはもちろん恋愛対象としてだ。ちなみに男を虜にする容姿を持ったマユミは同姓の女には嫌われている。
マユミと真逆だなとぼんやりと考えてしまった。
もう一人は学校以外の街全体の責任者であるランクBのおっさんだ。最初は失礼の無いように名前は覚えていたがもう忘れることにした。
理由はとにかく態度が大きい。俺やフウキさんなどの責任者が年下なので舐めているのか会議が始まる以前から脚を組んでろくにこちらを見ようともしていなかった。
「アユトさん凛々しくて素敵ですー」
最後の一人の在室者はアイだった。アイが言うには自分の配役を確認するために俺の家を目指して歩いている所でフウキさんと出くわしたらしい。
彼女とは面識があったらしくそのまま一緒に到着するとこの会議に出席したいとおねだりされたので了承することにした。
アイも一応はランクBであり会議に参加する権利はある。ちなみにマユミは予想通り欠席だった。ランクAのマユミは独自に動く権限がある。同じ立場の俺はマユミの行動を咎める事は出来ないので放っておくことにした。
「アイ。あまり騒ぐなよ。他の方に迷惑だろう」
「はい。承知いたしました!」
席にちょこんと座ったツインテールにそう指摘するとアイの正面に腰を下ろしたおっさんがふんっと鼻を鳴らした。
「こんなガキばかりでおもしろい物語なんか作れんのかよ。そもそもなんでこの俺がお前らと一緒に仕事しなきゃならねえんだよ」
組んだ足を小刻みに揺らすおっさんは、ポケットから流れるような動作でタバコを取り出した。口にくわえたタバコを見てすぐに手で制す。
「すみません。この部屋は禁煙ですので遠慮願います」
「なんだよ、ケチなランクAさんだな。頭が固い坊主は嫌いだね。お前みたいなガキがランクAなんて信じられねーよ」
くそっ。新人だからって舐めやがって。
俺は何とか頭に血が上らないように理性を保つことに集中する。
彼の実績はすでに知っており、ランクは自分の方が上となったが経験からすればおっさんのほうがはるかに勝っている。今回は彼の経験を生かした助言などをしてもらおうと考えていたがすでにその気は消え失せていた。
人は実際に会ってみないとわからないものだ。
「……では顔合わせも済んだことですし、俺が考えた物語の構成案などを述べたいと思います。なお後一名のランクAは急用で席を外しておりますが気にせず会議を進めます」
「あの天才少女はいねーのか。あの女抜きでお前なんかが会議を進められんのかよ?」
おっさんが挑発的な悪意で俺を睨んでいる。張り詰めた空気に変わる会議室。
さすがの俺でも悪態をつくおっさんに向けてかしこまるのが馬鹿らしくなってきた。
我慢の限界とばかりに反論しようと息を吸い込んだとき、アイが円卓の机をはげしく両手で叩いた。
「マユミさんがいなくてもアユトさん一人でなんとか出来ますっ。あなたは少し黙っていてもらえませんかっ!」
敵意むき出しのアイはおっさんを睨む。静まり返る室内は全員が揃ってアイに注目していた。
少しの間だけ驚いていたおっさんがアイに向けて舌打を繰り出すのと同時にフウキさんが発言した。
「とりあえず落ち着きませんか。私は早くアユトさんの意見をお聞きしたいと思いますので。時間には限りがあります。有意義な時間の使い方をしませんか?」
おっさんに向けて魅力的な笑顔でそう述べると、そのままの笑顔で視線を俺に合わしてきた。フウキさんの落ち着いた笑顔により、おっさんも興が冷めたのかぶつぶつと何か呟きながらも最終的には大人しくなった。
フウキさんのおかげで話が出来るようになったので、俺は数日かけて考案した意見を披露した。
一時間ほどかけた一度目の会議がとりあえず終わり、本日は解散することとなる。
ずっと俺の意見に面白みがないなどの反対意見を言いやがったおっさんは、会議が終わると一人で勝手に帰りやがった。なので玄関まで見送ったのはフウキさんだけだ。
「今日の会議を参考にさせて頂きます。何かあればすぐに連絡ください。ランクBとしてアユトさんのサポートをすぐにさせて頂きますので」
「ありがとうフウキさん。頼りにさせてもらうよ」
落ち着いていて小さく見せる笑みもどこか余裕がある。おっさんとは違いフウキさんは頼りになりそうだと心強く感じた。
フウキさんとお互いに別れの挨拶をする俺の隣では彼女が玄関を閉めるまでずっと手を振るアイの姿があった。
「お前はまだ帰らないのか?」
「私はまだアユトさんに配役を教えていただいてませんが?」
「たしかにそうだったな……」
質問を質問で返してくるのはいただけないがアイの言うことはもっともだった。アイがここに来た目的をすっかり忘れてしまっていた。
立ち並ぶ二人は玄関を見つめたままだ。
「とりあえず先に言っとく……ありがとうな」
「はて? なぜ私はアユトさんにお礼を言われたのでしょうか?」
ふいにアイがこちらに視線を向ける。俺は横顔に視線を感じたがまだ真新しい玄関を見続けていた。正直に言えば真正面からアイを見るのが恥ずかしかった。
「俺の代わりに怒ってくれたから……」
「そういう事ですか。ふふっ。私が許せないと感じたので怒鳴ったまでです。だから感謝の言葉は必要ではありませんよ。逆にアユトさんのそんな顔を眺める事が出来たので私のほうが感謝したいくらいです」
くすくすと笑うアイに逆に感謝されてしまう。ふいに顔の体温がする。この感覚は懐かしかった。
「とりあえず部屋に戻ろう!」
決してアイに顔を合わせぬまま両足を素早く動かした。今の雰囲気に耐えれなくなったからだ。
元の素顔に戻るかどうか心配になるほどに、笑顔のまま顔が固定されていたアイを招き入れるために部屋の扉を開ける。
だが部屋の中にはすでに招かざる客が俺のベッドに腰を下ろしていた。
「あら。もう会議は終わったのかしら。私を待たせるなんてアユトも成長したわね。全くもって微笑ましいことではないのだけれど」
「おい。なんでお前がここにいるんだよ……」
不法侵入者は扉の前に立ち尽くす俺の姿を見ずに話を振る。まるで自分の部屋であるかのように長い足を組んで退屈そうに艶のある黒い髪をいじっていた。
「ほえっ。急に立ち止まるなんてどうかされましたか?」
俺の身体が邪魔となり部屋の様子が確認できない背後のアイは間抜けな声を出した。俺はアイの疑問には答えずに高嶺の花と称される整った容姿を睨む。
直感的に思う。戻ってきていたのなら会議に出席しろよと。
「一つ忠告しておくと会議で決まったことに依存しないほうがいいわよ。主人公とヒロインの行動はシナリオ通りに行くわけではないのだから」
「別に依存はしないが何も決めておかないわけにもいかないだろ」
悩みを打ち明けてもいないのに勝手にアドバイスをされてしまう。確かにその可能性もあるが例えそうだとしても会議に出ない理由にはならない。
そろそろ説教じみた言葉をぶつけてやろうと俺は考えたが次の瞬間には背後から勢いよく突き飛ばされ床に腹ばいとなってしまう。
視界一面が床だけとなり一瞬何が起こったか分からなかった。
「あー! なんで師匠がこの部屋にいるんですかー!」
いつのまにむっつり女から師匠に格上げされたんだ。そしてアイの華奢な身体のどこにこれほどまで腕力があるのだろうか。
背中の痛みと床に顎を打ったせいで痛みに耐えなければならなくなった俺は唸るように弁解した。黙って聞いているだけじゃこの二人のペースに巻き込まれるとすでに学習している。
「別に俺が招いたわけじゃない……こいつが勝手に居たんだ」
「私は同じ質問をツインテにさせてもらうわ。なぜ会議の参加者ではないツインテがここに存在しているのかしら? いえ。そもそもなぜアユトの背後にいたのかしら?」
マユミは俺に同情すらせずにアイに問いかけた。なぜアイをツインテと呼んでいるのかは気にはしない。
「私はアユトさんに配役をお聞きしようとここまで来たんですっ!」
どうやら二人揃って床に倒された俺を心配してはくれないようだ。うな垂れる身体は立つ気力が徐々に失っていくようだった。
「そういう理由ね。てっきりこの男の性欲処理に来たんだと思ってしまったわ。勘違いでほんの少しだけ驚いてしまったじゃない」
マユミはベッドの傍で情けなく四つん這いになった俺に片足を伸ばした。指をさしたのではなく足で伸ばしたせいでマユミのスカートの奥から純白の下着が垣間見ることとなる。
お前が白かよ。紫のほうが性格に合っている気がするのだが。いやいやそんな事を考えている場合ではない。変態の汚名を一刻も早く返上しなければ。
「そっそんなことはしませんっ。だってアユトさんの性癖はレベルが高すぎて私のこの未発達な身体では荷が重過ぎます……でもそれでもいいというのならアユトさんっ……私は覚悟が出来ていますよっ!」
アイは落ち込んだ表情を見せたり覚悟を決めた表情を見せたりした。
目を覚ませ。お前はこの女の口車に乗せられているんだ。気づけ。自分の純粋さは危ういと。
「アイ……騙されるな。この女の言う事は全部嘘だからな。そして俺を変態扱いするのは止めろ……」
「全部嘘……なんですか?」
背後から突き飛ばされたせいで痛む背中をさすりながら純真無垢の少女を諭す。
冷静に考えたら分かることだろうとアイの純粋さに吐息をつく。俺の知人で詐欺などに騙されやすい人ナンバーワンだ。
「何を吹き込まれたか知らないが頼むから誤解しないでくれ。俺はマユミが説明したような人間じゃない。頼むから冷静に考えてくれ」
悪女に洗脳されきっていたアイはまだ戸惑っている。アイは俺とマユミの交互に見つめた。
「そっそうなんですか師匠……」
「真実なのか嘘なのかはあなたの考え方次第でどのようにでも変化するわ。まぁそうなんですかと聞かれたらそうですと私は答えるのだけれど」
師匠と称されたマユミは不敵な笑みを浮かべる。部屋にはなにやら険悪な空気が流れる。
沈黙が続く中でアイは火照った顔を咄嗟に両手で隠した。
「だっ、だっ、騙されたー! 完全に騙されたー! あっと言うまに騙されてたー!」
真実を知らされ涙目になったアイは勢いよく走り出した。
階段を乱暴に駆けおり玄関が乱暴に閉められる音が響く。うわーというアイの声が次第には聞こえなくなったが、悲しみを含んだアイの叫びは耳に反響したまま残っていた。
「年下の女の子を泣かせるな。あと嘘をつくな」
「……確かに少し調子に乗りすぎたわね。後で謝っておくわ……それとあの子の配役は私に任せてもらえないかしら」
「……そうだな。だったらお前に任せるよ」
自ら任命責任を請け負ったマユミは何も言わずに立ち上がりそのまま歩き出した。「気をつけて帰れよ」と俺はその背中に投げかける。マユミは小さく頷いた。
二人が去った後、俺は部屋で一人きりとなる。
マユミは唯我独尊みたいな性格だが決して悪人ではない。アイの配役の件も謝罪の電話をするきっかけが欲しかったのだろう。
俺は精神的に疲れた身体をベッドに預ける。
とりあえずこれからの会議はどう振舞っていこうかと考え出した。
頭を軽く掻いた俺は、寝返りをうつと何気なく壁に目をやった。するとアイの水着写真の横に見覚えのない写真が貼り付けられていた。
目を凝らしてよく見るとビキニ姿のマユミの写真だと分かった。マユミらしく紫の水着を着用しており大胆とまではいかないがよく似合っている。
胸のふくらみや腰のくびれなど大人びた身体を眺めながらマユミも大人になったなと父親のような感覚が押し寄せた。ただなぜ無表情なのかは分からない。
同時にあいつは一体何がしたいんだろうと訳が分からないマユミの行動に首をひねった。
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