第20話 奇行

 放課後いつも通りに生徒会室に向かう足取りは重かった。今朝もそうだったがすれ違う生徒役の演者達は俺に対して怪訝な視線を向けてくる。

 物語時期が半分を過ぎた頃になって周りの演者達の様子が変わってきているのは明らかだった。

 物語が始まった当初はマユミほどではないがランクAの俺に対して憧れの視線、一目置かれている憧れなどを感じていた。

 しかし物語が思うように進まない現状に至れば脇役の生徒達などから陰口を叩かれるほど俺は信用を無くしつつある。

 陰口の内容としては、あの人は実力がないやもうこの仕事を降りたいなどだ。

 学校の責任者であるフウキさんが頑張って学校の演者達をまとめてくれているのだがこのまま醜態をさらせば、誰も俺の指示を聞かなくなってしまうかもしれない。

 現に街の責任者は俺の邪魔をしようと勝手に指示を出していた。実力の無い俺に対しての不満の表れなのか、単にあのおっさんの性格なのかは分からない。

 このような事を避ける為にも皆から認められるような結果を出さなくてはならない。実力が認められ物語が成功すれば誰も文句はないだろう。

 結果だけを優先する俺は正直焦っていた。

 主人公の性癖、出雲かなでの問題、マユミの権限放棄、積み上げられる憂鬱は日に日に重さを増していく。

 そんな重圧に耐えなければならない俺は生徒会室の扉さえも重たく感じてしまいながらゆっくりと開いた。


「アユトさーんお元気ですか。愛しのアイが目の前に参上しました!」


 すると主人公の告白に関わる重要人物が机に腰を下ろし呑気に足をぶらぶらさせていた。

 兄をも虜にするツインテール美少女に俺は目を細めた。なぜ中学生役のアイが生徒会室にいるのか理由が分からない。


「そんな暗い顔をしてたら幸運が逃げてしまいますよ」


 俺を一目見るなり場違いなアイは笑顔を作ってくれた。おそらく元気づけてくれるように無理に明るくふるまっているんだろうなと俺は予想する。

 アイもこの物語の関係者なので俺の現状を理解しているのだろう。もしかしたら脇役の演者の誰かから俺の悪口を聞かされているのかもしれない。

どんな理由があるにせよ後輩に気を使わせてしまっているなんて情けない。自分に対する苛立ちが加速した。


「そんな事より何の用でアイがここにいるんだ?」

「はい。それは先日の内容を詳しくお聞きしたくて伺いました」


 数日前にファミリーレストランで短くない時間を使って主人公を説得した後にアイに連絡を入れた。

 電話の内容はもちろん、主人公に暴力や強気な態度をあまり取るなということだ。

 電話の向こう側のアイは当然になぜですかと疑問を口にした。俺は具体的な内容を伝えずにとにかく強気な態度は取るなよとアイに念を押して電話を切ったのだった。

 主人公の性癖は仕事に関わる重大な秘密なのだが、他人の軽々しく秘密をばらすのは悪い気がしたからだ。

主人公の勘違いまたは気の迷いの可能性も否定できない。


「電話した通りだ。理由は言えないが指示に従ってくれ」

「秘密という事ですか……ひどいです」


 なぜひどいのか分からないのだけども。全てを説明する義務はないはずだ。


「そういう事だからお前はもう帰れ。主人公がここに来たら面倒な事になる」


 呆れ声で帰るように指示するとアイは肩を落とし予想以上に落ち込んでいる。

 俺は腕時計に視線を落とす。短針と長針は主人公達がいつここに到着してもおかしくない時間だと教えてくれていた。このままだと鉢合わせの可能性は増していく。

 面倒くさい展開になるのは馬鹿でも分かる事だ。

 

「私の事……嫌いですか……」


 先ほどより落ち込みを増した雰囲気はアイの小さめの身体がより小さくなったような錯覚を起こした。


「嫌いなんて言ってはいない。お前の事はどっちかって言うと好きだ」


 ここで嫌いと言える人間はいないだろう。俺はそんな一つしかない選択肢の船に乗り込んだ。時間も差し迫っている。あまり時間の猶予はない。

 ただ、好きと言う言葉は俺の本心でも確かにそう思っている。まぁ好きといっても恋愛対象の好きではない。可愛い小動物的な意味の好意なのだが。

鬱陶しい場面もあるがアイと一緒にいるとこちらも元気になるのは事実だった。


「じゃあ証明して下さい」


 証明といわれても困るのだが。どう証明すればいいのかも分からない。


「とにかく証明はまた今度にしてくれないか?」

「駄目です」

「なぜ?」


アイにお願いしてみるもすぐに却下される。じゃあどうすればいいんだよ。

 二人とも口を閉ざしたので運動場からは野球部の掛け声が妙に耳に入った。

 証明をすればすぐに帰ってくれるのだろうか。時計を見る。このままアイのわがままに付き合っている時間はもちろんない。


「わかりました。覚悟を決めます」


 決して居心地の良くない沈黙を破ったのはアイの一言だった。

 いったい何が分かり覚悟を決めたのか理解できない俺は、アイの次に発する言葉を待った。しかし会話の続きの情報を提供してくれないままアイは制服の上着を脱ぎだした。

 中学校指定の上着を脱ぐと白の長袖シャツだった。

 真っ白で純粋な色はアイの性格と同じだなとぼんやり考えながらその動作をとりあえず見守る。

 俺の考えなんて知るはずもないアイは自分に似合っている白いシャツのボタンに手をかける。最高位に位置する首もとのボタンをまず外した。

 流れるような動作で続いて次のボタンも外す。はだけた事で見えてしまう素肌の面積が大きくなった。思った以上に肌が白いんだなと鎖骨辺りを眺める。

 続いて次のボタンへためらいがちに手をかける。

 アイのためらいをもちろん俺は見守る事などしなかった。服に隠された未発達な胸のふくらみ披露させるわけにはいかない。

 咄嗟にアイの手首を掴んだ。


「アイ。お前は何をするつもりだ?」


 これ以上の露出は危ないと判断してアイの行為を阻止する。アイが朱色に染まった顔を隠そうとせずにこちらを強く見つめてきた。

 質問に対してアイはその大きな瞳で訴えてきているようだが全く理解は出来ない。本当に訳が分からない。暑かったから脱ぎだしたなんてありえない。


「さっ、佐伯君。わっ、わたし、生徒会室の鍵を持っていません」

「大丈夫出雲さん。俺が持っているから。ほらここに」

「ありがとうございます」


 決して短くない間をアイと絡んでしまった事により当然に想定していた運命の時間がやってきた。廊下からは生徒会のメンバーである二人の会話が聞こえてくる。

 この状況を佐伯裕樹に見られるのはかなりまずい。アイと二人きりならまだ言い訳が出来るが服を脱ぎかけのアイの手首を掴んでいる今の状況は確実にまずい。

 冷や汗が噴き出るのを止められない俺は頭をフル回転させた。

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