第37話 ご褒美という名の見せ場
球技大会で生徒会チームに勝てばキスのご褒美。他のメンバーも決して口には出さずにいたが意識は必ずしていただろう。
マユミのやる気のない掛け声に一早く反応したのは真中葵だった。実にわざとらしい。
「いきなりどうしたのよ?」
「あら、いきなりとは失礼ね。随分前から決まっていることなのだけれど? 勝者にはご褒美をあげる。生徒会の私達が優勝したのならば私達にその権利があるわ」
まずマユミは男子生徒である二人に意識を向ける。
「先に私達にご褒美をもらおうかしら……」
女子グループから俺と佐伯裕樹は交互に見つめられる。
もちろん主人公がキスをするのはヒロインだろう。この世界がラブコメディなら当然である。結果的に俺はマユミにキスをする事となり痛みわけを行う予定だ。
「本当にキスするんですか?」
「不服も申し立てなら受け付けないけれど?」
「俺は別に必要ないと思いますよ。みんな頑張った。それだけでいいじゃないですか?」
俺は嫌そうな素振りは見せず至って冷静に発言する。すると隣の佐伯裕樹も俺の意見に同意してきた。
まぁマユミなら一瞬でその意見を却下するだろう。脇役の仕事なら当たり前だ。
「じゃあ止めておこうかしら。アユトの意見も正しいのだし……」
ちょっと待て。止めるな。物語が盛り上がる絶好のチャンスだろうが。俺は意外すぎるマユミに内心かなり慌てた。
マユミの嫌がらせなのか。少し考えれば決行しかあえない。馬鹿なのか。
俺はなぜか中止の方向に向かうマユミにすぐさま強行突破を仕掛けた。
「ただ決まっていることだから仕方ない。俺は誰にキスすればいいんですか?」
流れを修正する俺をマユミは冷ややかな視線のまま首を傾けた。
「あら。別に嫌ならしなくてもいいのよ。強制ではないのだから」
「……やっぱり一度決めたことはやり遂げないと」
「もしかして……そんなにキスがしたいのかしら?」
「そういう意味ではない!」
やりとりの合間でマユミに瞬きを繰り返す。度が過ぎるアイコンタクトを送るがマユミは俺を無視した。
何で俺がからかわれているんだよ。プロの脇役ならプロの脇役らしく仕事に全うしろ。くそっ、さらに実力行使しかない。こういのは誰かが先陣を切らないと始まらない。
「じゃあ俺は生徒会長にキスするよ。んで、生徒会長はご褒美として俺にしてください。裕樹は出雲さんと葵でいいんじゃないか?」
そういうと俺はマユミに近寄る。
お前が言い出したことだから我慢してくれ。このイベントを成立させる為にはしょうがないんだ。
ただ、決心はついているのだがやはり恥ずかしいのが本音だった。相手が幼馴染のマユミだといっても今はやはりお互い思春期の男女。小さい頃のようにはいかない。しかしそれでもここはやるしかない。やらなければ始まらない。
やるしかないんだ。
「ちょちょ、ちょっと待って。一回深呼吸させて」
呪文を唱えるように自分を追い詰めているとマユミが俺の胸を押して行動を止めた。マユミは見て取れるほどに動揺している。そんなに嫌なのだろうか。
「場所はここでいいのかな?」
息を出し入れするマユミに向かって俺は自分の頬を指差した。さすがに唇はありえないだろう。いや、マユミならリクエストしてくるかもしれない。
嫌な予感が一瞬だけよぎったが俺の質問に対してマユミは何度も小さく頷いた。確認が取れたところでついに実行にうつす。
「じゃあ……行くぞ」
俺は一度だけ息を大きく出し入れするとマユミにゆっくりと近づいた。心臓が高鳴る。自分が緊張しているのが嫌でも分かってしまった。
脇役としての使命を果たす為なら何でもしなければならない。頭では分かってはいるのだが心が思い通りになってはくれない。相手がマユミだからなのだろうかと一瞬だけ考えたがすぐに疑惑を振り払った。
これは仕事の一部だ。集中しろ。
俺の内なる緊張を知らないマユミはキスされやすいように頬を突き出してくれていた。徐々に俺の唇がマユミの頬に近づく。周りのメンバーもはらはらしているらしく、かなりの視線を感じているが周りの気配を意識の外側へ追いやり平静を装う。
顔が近づくにつれマユミからはいい香りがした。
俺は心の中でもう後戻りは出来ないと繰り返す。どきどきしているのを気づかれたくない俺は息を止めた。
「わわわわわっ……」
自分の瞳を両手で隠している出雲かなでは無意識に声を出している。隠しているといっても指の隙間からしっかりとこちらを見ているが。
そして俺の唇とマユミの頬が重なる。
重なったのは本当に一瞬だけでキスを実行した俺はすぐに身体をマユミから離れた。そして恥ずかしさが頂点に達してメンバーの姿が見れずに視線を泳がせてしまった。
これほどまでに恥ずかしいとは。自分の考え以上の恥ずかしさが一気に押し寄せるせいで顔が火照るのを止める事は出来ない。
マユミも羞恥心を感じているのか床に視線を落としている。俺と動揺に恥ずかしいのか顔を少しだけ赤らめていた。
なぜか小さく拍手している真中葵はにんまりと笑い、佐伯裕樹は感心したように腕を組んでいる。どうやら俺の勇士を称えているようだ。
「次は生徒会長の番ですよ」
変な空気に耐え切れなくなってきた俺がそう促すとマユミの赤みを残した表情でこちらを見つめる。
俺の発言と同時に出雲かなでがびくっと身体を反応させたのを目の端でとらえた。
「分かった……仕方のないことだからアユトだとしても我慢してあげるわ」
ゆっくりと歩を進め近寄ってくる。
「わわわわっわわわわ……」
出雲かなでは同じように無意識に声を出す。先ほどより動揺が濃くなっているようだ。
出雲かなでには刺激が強いのだろうと考えをまとめた俺は瞳を閉じた。身体を直立に保ち、いつでも来いと準備万端の状態だった。
静まり返る室内。近づいてくる足音。妙に自分の息が大きく聞こえた。そして俺の頬に柔らかい物が一瞬だけ当たった。
真中葵はまたしても拍手する。
「アユト。生徒会長のキスはどうだった?」
「……聞くなっ」
恥ずかしさが込み上げてくる俺は、瞳を閉じたまま自分の頬に意識がいってしまうのをなんとか堪えている。
さらに続く真中葵の冷やかしの攻撃をかわしていると、徐々に冷静さを取り戻してきた。
次がやっとメインイベントだ。
「じゃあ次はお前らの番な。裕樹。俺がしたんだから嫌とは言わせないぞ」
「たしかにアユトは頑張ったよな。だがアユト。勘違いされては困る。俺は決して嫌ではない。ただ俺にキスされる二人が嫌なんじゃないかなと思うだけだ」
佐伯裕樹は自分がキスする二人を見る。
「……別に嫌じゃないわよ。ほっぺにキスぐらいでしょ!」
「わっ、私も頑張ります!」
真中葵と出雲かなではお互いに頬を朱色に染めていた。聞き入れた佐伯裕樹はそうかと頷くとすたすたと二人に近づいた。
「葵。動くなよ」
佐伯裕樹に両肩を掴まれた真中葵は目を丸くしている。そして躊躇なく佐伯裕樹は頬にキスをした。あまりにもいきなりな事で床に尻餅をつく真中葵。
「じゃあ次は出雲さんだね」
恥ずかしがる素振りを見せず、次の標的に意識を向けた佐伯裕樹は出雲かなでの両肩を掴んだ。そして行くよと出雲かなでに囁くと唇を頬に重ねた。
「二人とも球技大会ではよく頑張ったな。俺のキスがご褒美なんて物足りないかもしれないけど我慢してくれ」
仕事を終えた佐伯裕樹はいつもの爽やかな笑顔を見せる。
あっけない。あっけなさすぎやしないか主人公。平気な顔をしてやり遂げた横顔に俺は大声を殴りつけてやりたくなった。
俺があんなに恥ずかしい思いを堪えて行ったというのにお前はなんでそんな軽がるしくやっているんだ。せっかくの盛り上がるイベントが。
いや、まだ盛り上がる可能性ある。
「さっ。次は俺の番だな」
佐伯裕樹は笑みを残している。あまり急がないでほしいと願っている俺はふいにいい案をひらめかせた。
「葵と出雲さんは二人同時でしてあげたらいいんじゃないか?」
両サイドからヒロインのキスは絵になる。いかにもラブコメという感じがする。
良案だと確信した俺はすぐに誘導した。同じ脇役であるマユミは部屋の隅で自分の唇と頬を交互にさすっていた。
少しは手伝えランクA。なぜか使い物にならなくなったマユミはとりあえず無視だ。
「さすがはアユト。その方が一石二鳥だな」
「決まりだ。二人ともそれでいいよな?」
一石二鳥とはならないと思うが俺の考えに同意してくれたのでよしとしよう。俺の意見に真っ赤になった顔を大きく頷かせた出雲かなでとは対象的に、まだ自分の頬をさすり動揺を隠せていない真中葵は全く俺の話を聞いていないようだった。
そのせいで同じ台詞を二回も言わなければならなかった。ようやく聞き入れた真中葵も同意してくれた。
主人公の両サイドで並び立つヒロイン。佐伯裕樹は身長差を考えて膝を少し曲げている。だがその状態のまま少し時間が経つ。
太ももが辛いのか顔を歪める佐伯裕樹が弱音を吐き出した。
「まだかな……この姿勢は正直疲れるんだけど……」
「心の準備がいるのよっ」
佐伯裕樹が弱音を吐き出すと真中葵に怒鳴られた。出雲かなでに至ってはなぜか俺の方をちらちらと見ていた。さすがにみかねた俺は二人にせーので一気に終わらせようと進言した。
なんとかご褒美イベントを終えると飲み物がなくなっていることに佐伯裕樹が気づいた。
「みんなの分を買ってくるよ」
財布を握り締めた佐伯裕樹は扉を開け歩き去っていった。キスのイベントがあったというのに佐伯裕樹はいつもとなんら変わりはない。すると椅子に腰掛けていた出雲かなでも立ち上がる。
「私も手伝ってきます」
勢いよくそう言うとぎこちない走り方で佐伯裕樹を追いかけた。
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