第39話 望まぬ完結

 そして月日は流れ物語の最終日となった。

 球技大会以降から物語の構成を見直し、さらにはフウキさんの奇抜な意見を取り入れながら俺はランクAとして精一杯に力を尽くした。

 遊園地での主人公とヒロインのデートやプール事件やら色々とイベントを行ったのだが結局、出雲かなでは恋愛的に佐伯裕樹を好きになることはなかった。

 人の心を操作出来るはずがない。

 一般的な人間なら思うだろう。しかし、脇役の俺達は他人の心を動かす為に仕事をしているのだ。力不足という言葉が俺に似合っている。いや、力不足と言えばまだ自分を肯定している証拠なのかも知れない。

 俺は今、ある人物に呼び出されて屋上に来ている。

 天気は快晴。初夏の日差しは容赦なく俺を照らしている。日差しを受け止める俺は鉄格子に肘をかけ、グラウンドを見下ろした。

 一学期の終業式が終わったばかりなのに運動部の演者達はすでに部活動に励んでいる。暑い中でよくあんなに動けるなとぼんやり感心していると屋上の扉が開くのが耳に入った。

 あえて気づかないふりをした。俺は空を見上げ、なぜこうなってしまったのだろうと考える。

 兆候に気づいたのはやはり球技大会の終わりからだった。嫌な予感が的中したのは演者の俺にとっては不幸でしかない。

 幸福の本当の意味をまだ知らないまま瞳をゆっくり閉じた。


「あっ、あの、お待たせしてすみません……」


 丁寧にお辞儀する出雲かなで。俺を呼び出した張本人は階段を駆け上がってきたのだろうか肩で息をしていた。運動が苦手なのによくやるな。

 俺が待ってはいないと一言投げかけると出雲かなでは胸を撫で下ろしたようだった。

 球技大会の後から出雲かなでの接近は凄まじかった。頼んでもいないのに俺にお弁当を作ってきてくれたり、休日はどこかいきませんかと聞かれたことは一回や二回ではなかった。裏で主人公である佐伯裕樹が絡んでいるのはすでに知っている。

 俺はそわそわと辺りを見回す出雲かなでを見つめる。

積極性が増したのはいい事だとは思う。この数か月で彼女はたくましくなった。他人と話す事すら苦手だった出雲かなでは今ではすでにクラスメイトと溶け込んでいる。

 笑顔も多くなった。無邪気で素直な笑顔は近くにいる俺達をも巻き込んで楽しい雰囲気を作ってくれる。本当に魅力的になったと思う。

 ただ、本当になぜこうなってしまったのだろう。


「わっ、わたし、アユトさんに伝えたい事があるんですっ!」


 下駄箱の手紙に書かかれていた内容を思い出す。

あれはラブレターというやつなのだろうか。いまどき古風なやり方だなと俺は丸文字を眺めながら困ったのが今朝の話だ。

 可愛い女子生徒にラブレターを贈られるのは個人的には最高の場面なのだが、脇役の演者にとっては最低の結果だった。

 何も言わずに出雲かなでの伝えたい事を待つ。

 出雲かなでは勇気が出ないのか次の言葉が出てこない。俺は催促せずに黙って待っていた。俺の勘違いであってほしいなど楽観的に考えている自分が妙に滑稽だった。

 主人公を好きになったので手伝ってもらえませんかと言ってはくれないかな。しかし、俺の願いは出雲かなでの一言で打ち砕かれる。


「私はアユトさんが好きです!」


 湿った風が出雲かなでのくせ毛を揺らす。必死で自分の想いを打ち明けた出雲かなではなぜか泣きそうな表情をしている。

 大丈夫だから安心してと抱きしめたくなるような表情に胸が痛い。

 俺のどこに魅力を感じたのだろうか。俺はどう答えればいいのだろうか。俺はランクAとしてどういう選択をすれば正しいのだろうか。

 次の対応に慎重になればなるほど言葉が出なかった。


「すっ、すみません……アユトさんを困らせているようですね……」


 俺が何も口にしないせいか出雲かなでは表情を暗くした。確かに困らせているのは事実だ。正直に言えば営業妨害だ。


「困ってはいない。出雲さんの気持ちは素直にうれしいよ」


 不安にさせるのが申し訳なくてすぐに口を開いた。


「じゃ、じゃあ私とお付き合いしていただけませんか?」


 必死な眼差しが俺に刺さる。出雲かなでの赤く火照った顔を窺うと最大限の勇気を振り絞っているのが分かる。今は無責任なことを言えない。

 本日でこの物語も終わってしまう。結果から言えば失敗に終わったのは周知の事実だろう。物語では想定外のことが立て続けに起こり、俺は臨機応変にうまく対処できなかった。

 自分の実力が乏しかったのが一番の原因だろう。

 恐らくこの仕事の結果で俺はランクAから降格されるのは間違いない。

でもそれでも構わない。

俺は信念を持って仕事に取り組んだ結果だ。後悔だけはしたくない。駄目だったとしても胸を張れる気がする。能力の無さに清々しさすら感じる始末だ。

 ある意味で開き直った俺は自然と笑みをこぼしながら出雲かなでに近づいた。


「アユトさん……」


 肩を掴まれた出雲かなでは視線を合わすのが恥ずかしいのか上下左右に瞳を泳がしている。

 そして俺はランクAの脇役ではなく物語のアユトとして出雲かなでに想いを伝える。

 これが俺の出した結論だ。


「俺も出雲さんが好きだよ。頑張る出雲さんにいつも励まされていたしね。俺でよければ付き合ってくれないか?」

「えっ……」


 出雲かなでは唇を震わせている。断られるとでも感じていたのだろうか。


「本当に……本当にですか……」


 ついには泣き出してしまった。制服の袖を使って涙を拭いているが涙は次から次へと溢れてくる。俺は出雲かなでに抱き着いた。


「こういう時は笑顔じゃないの?」


 耳元で囁く。


「だって……だって……感激してしまって……」

「あー、そっちの涙か」


 俺は出雲かなでを抱きしめながら笑った。

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