第22話 無能なリーダー
主人公、俺、出雲かなで、真中葵の四人が在籍する教室にたどり着く。
すでに放課後の下校時間だというのにまだ教室で話しこんでいたであろう女子生徒と佐伯裕樹が口論を繰り広げていた。
「出雲さんを無視なんてしてないから。佐伯君の勘違いじゃないかなー?」
佐伯裕樹とその一人の女子生徒は周りに居るクラスメイトの注目をもちろん浴びている。
目立っている女子生徒はこのクラスの少女の中でもっとも権力がある生徒だった。簡単に言えば強気でわがままなお金持ちのお嬢様だ。役柄の上ではそうなっている。
俺が到着したのもかまわずに女子生徒は口論を続けた。
「出雲さんを仲間はずれにする理由は何だ?」
「だから仲間外れになんてしてないから。信じられないのなら他の子にも聞いてみればいいじゃない。私の意見が正しいって分かるはずだから」
自信たっぷりの笑みを佐伯裕樹に見せつける。彼女とは対象的に怒りに満ちた表情で佐伯裕樹は教室を見渡した。
「俺たちはクラスメイトの仲間だろ。いじめなんて止めろ!」
出雲かなでの声に出さない主張を信じきっている佐伯裕樹は、他の女子生徒にも聞こえるように大声を出した。佐伯裕樹の叫びを聞き入れる女子生徒達は反抗的な態度を出す者も入れば、いつもの爽やかな笑みが特徴の佐伯裕樹の真剣な訴えに驚いている者もいた。
佐伯裕樹の訴えにより、教室はいつものざわつきが嘘のように静まり返る。
俺は怒りを隠さない佐伯裕樹に歩み寄り肩に手をかけた。
「熱くなるな裕樹。とりあえず落ち着け」
「お前は出雲さんの悲しい顔を見ていないからそんな事が言えるんだ。だから黙ってろ!」
佐伯裕樹は興奮しているせいで力加減に制御がきいていないまま、自分の肩にかかった俺の手を乱暴に振りほどく。
「落ち着きなさいよ。私達の勘違いかも知れないんだし……とりあえず生徒会室に戻ろ?」
「それがいい。後は俺が話をつけておくよ。お前の目的は喧嘩じゃなく、理由を聞くことだったんだろ。頭を冷やせ」
真中葵の優しい口調にかぶせるように俺も佐伯裕樹に語りかけた。
何かまだ言い足りないような顔を覗かせたが佐伯裕樹は首を縦に降り、無言で素直に教室を後にする。佐伯裕樹も自分が熱くなっているのを理解しているようだなと感じた。
俺は怒りを残した背中を追いかける真中葵に佐伯裕樹を任せたと目だけで合図を送る。すると真中葵も小さく頷いてくれた。
佐伯裕樹と真中葵が教室から退出したのを確認すると、俺は仕事モードに切り替えた。とりあえずクラスの全員に聞こえるように黒板を背に教壇に立った。
佐伯裕樹は友達想いで怒りを表していたが俺はランクAの立場として怒りを覚えていた。
「本当に出雲かなでを無視しているのか?」
強めの口調で俺が問いただすと佐伯裕樹と口論していた女子生徒役の少女が、先ほどの嫌味ったらしい口調とは真逆ではきはきと答えを出した。
どうやらまだ俺をランクAとして扱ってくれているようだ。
「はい。いじめほどではないですがクラス全員の女子が出雲かなでとの接触を避けています」
簡潔に答える口調は自分の知らない事実を教えてくれた。さらに俺は続ける。
「なぜそんなことをしているんだ?」
苛立ちを懸命に抑えているつもりなのだが、未熟なせいなのか自然と口調が荒くなってしまう。
険悪な空気の中で怯えた表情を覗かせながら女子生徒は反論した。
「なぜって言われましても……私たちは送られた資料通りに演じているだけです。資料には出雲かなでとの接触は避けるように書かれていました」
資料通りだって。この子は何を言っているんだ。
俺はもちろんそんな資料は送った覚えがない。ラブコメにシリアスな展開など必要ない。つまり目の前の演者が嘘をついているのだろう。
俺はクラスメイトとして同じ教室を共有している女子生徒を睨んだ。
「俺はそんな資料は送った覚えがない!」
「ちょっと待って下さい。それはおかしいです。確かにアユトさんの名前が書かれていました。本当です。信じてください。ねぇみんな、そうだよね?」
慌てた様子で首を左右に振り、周りに助けを求める女子生徒。すると他の女子生徒も確かに私の設定もそうでしたなど賛同者が次々と現れた。自分の意見に肯定する人間が多くなった事で女子生徒は胸を撫で下ろした様子だった。
俺は教室の演者達を見渡す。
全員が俺の指示に従わずに好き放題やっているのではないのか。
疑惑の底なし沼に足を踏み入れた俺は、自然と舌打ちを繰り出す。ランクAである俺に不満を持っている演者は少なくない。
自問自答により怒りを積み重ねてしまうのを止められなくなった俺は、生徒役の演者達に怒声を浴びせた。
「ふざけるな!」
静まり返る教室。瞬間に俺はやってしまったと後悔する。感情的になるなんて俺は馬鹿か。ランクAの俺が頭に血を上らせてどうする。現状を冷静に判断しなくちゃ駄目だろ。
見渡せば俺を怖がっている女子生徒もいれば、怒っている俺をにやにやと観察している男子生徒もいた。表情はさまざまだったが、全員が俺の次の発言を待っているのは確かな事実だった。
「アユトさん。彼女たちの言っていることは本当のことですよ」
俺の発言を待たずに聞き覚えのある声が沈黙の壁を壊した。教室にいる全員が扉に注目すると学生服姿のフウキさんが立っていた。
「なぜ本当だと分かるんだフウキさん?」
少しは冷静さを自分で取り戻した俺は間を置かずに質問する。
「だって私が資料を送りましたからね」
時間が止まる。
何を言っているのか意味が全く分からなかった。私が資料を送った、のフウキさんの言葉を頭の中で反芻する。
整った顔立ちのフウキさんは俺の様子を見ると頬が痙攣したように小刻みに動きだした。
「ふっ……ははははっ。ははははははっっ!」
教壇で立ち尽くす俺の傍まで歩み寄ったフウキさんは笑いを堪えるのを止めた。
さらに大げさに腹を押さえる。
「アユトさんは馬鹿ですか? 今まで気づかないなんて本当にあなたは無能ですね! 現場監督なんて聞いて呆れてしまいます」
「フウキさん……」
異常とも呼べる彼女の変わりように混乱するしかなかった。
「はぁはぁ……はっきり申し上げますとアユトさんの物語の構想は正直おもしろくないんですよ。私が考えた構想のほうがよっぽど面白いと思うんで演者に送る資料の一部を改ざんさせてもらいました」
笑いすぎて呼吸が苦しくなったのか息を整えながらフウキさんは俺に追い討ちをかけるように驚かせてくれている。
「嘘だろ……なんでそんな勝手なことを……」
「いやいや。勝手とは聞き捨てなりませんね。将来有望なアユトさんに従う演技はもうしなくていいようなので本心で申し上げます」
笑いがおさまったかと思うと彼女は急に苛立ちを見せる。続けて彼女は自分の考えを主張した。
「面白くない展開で物語が終わってしまうと脇役協会から悪評を買ってしまうのは知ってますよねアユトさん。指揮したランクAはもちろん、演じた役者たちの評価さえ落ちてしまう。だったら無能なランクAの指示なんて聞いていたあら自分の評価が危うくなると考えるのは当然の事じゃないですか。私はむしろアユトさんには感謝して欲しいくらいですよ」
フウキさんの主張はもっともだと感じてしまう。ランクBだったころの俺も全く同じことを感じていた。ただ実際実行には至らなかった。ランクAにつまり現場の監督役に刃向かうと処分されるからだ。
現状、物語は傾きかけているのは自分でもすでに感じている。学園ラブコメという設定をうまく表せていないのも分かっている。さらに俺は演者達からの信頼を失いかけているのも知っている。
「これから何とか修正してみせる……」
「口では何とも言えますがあなたには無理です。この数ヶ月のやりとりであなたがすでに上に立つ人間じゃないのは分かりましたから。物語が始まって半分を過ぎても何も面白い展開なんてないですよね? 何も事件なんて起きてはいないですよね? どこに面白い要素がありましたか?」
何も言い返せない俺はフウキさんの主張や行動に怒りを感じるよりも自分の不甲斐無さの方が占めていた。
序盤で駄目になった物語がこれから面白くなるという例はない。
「何も言い返せないなんて情けないですね。私はもうアユトさんの指示には従いたくはありません。実力のない人間ならランクAを返上した方がよろしいのではないでしょうか?」
俺はフウキさんから挑発的な言葉を浴びながらもうランクAの権利を辞退したほうがいいのだろうかと考えていた。これ以上続けても物語の修正など出来ないかもしれない。
いやこのままだと必ず下らない物語となり関係者全員が評価を落としてしまう。
小さく芽生えた後ろ向きな考えは自信の無さからなのか自分自身の中で大きく成長しようとしていた。
客観的に見れば上司の指示に従わずに違反行為を行なうフウキさんは罰せられる。だが俺はフウキさんに返す言葉が見つからないまま黙ってしまった。
フウキさんの意見は正しい。無能なリーダーなど無用だ。
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