学校の屋上

 スマホのタイマーが鳴ると私は静かに身体を起こした。

 正直、朝は苦手だ。低血圧なのか、起きてもしばらく霧がかかっているようだ。

 それでもゆっくりと着替えをして、髪を整え始めると漸く意識がしっかりしてきた。

 艶やかな髪をキープするにはブラッシングがとても重要だと前にテレビで言ってたっけ。だから、今日も鏡に向かって念入りにブラッシングしている。

 やっといい感じに仕上がってきたら、今度は薄く化粧を施し、リップを塗ると清楚系女子高生の出来上がりだ。

 なんて、ちょっとはテンションを上げないと普通ではいられない。


 革靴を履いてドアを開けると、柔らかな日差しが注いでいる。


「今日もまた一日が始まるんだ・・・」


 昨日までとは違って、なんでもない日常がとても尊いものに思えていた。



「おはよう〜!美依由〜!」


 中学から同じ学校の真結まゆが左手で手を振っている。右腕にはまだ包帯が巻かれおり、とても痛々しい。飛び出してきた子供を避けようとして、自転車で転けた際、右手の骨にヒビが入った真結は、所属しているバスケ部も休んでいる。そして、彼女がやっているバイトのピンチヒッターをしているのが私という訳。


「真結、、腕の方は大丈夫?」

「うん。だいぶましだよ。あっ、そうそう。来週にはボルトが取れるんだって。もう少しでこの包帯ともおさらばだよ」

「あー、良かった。私、やっぱり喫茶店のバイトは向かないみたいなの。だから早く戻ってきて!」

「ごめん。本当にごめん!!無理言ってごめん!!」


 真結は両手を併せ私を拝んでいる。


「もう!真結ったら、、、。全然顔にごめんって書いてないよ!」

「バレたか!でも、美依由って可愛いし、あの茶店のアイドルになると思ったんだけどなぁ」

「あのね!!もう、怒るよ!!・・・」


「ほら、ホームルームだぞ。早く教室に入れ」


 話をしていると生活指導の菅谷すがや先生が私達を見ながら大声で叫んでる。


「やばっ、じゃあ私、行くね。今日の放課後にじっくりお叱りを受けます!」


 そういいながら、真結は廊下を走っていく。

 元気の塊みたいな彼女は、学校中の人気者だ。勿論、男子にもとても人気がある。何度か告白されているみたいだけど、どうやら好きな人はいるようで、断っているみたいだけど、、。


「あっ、いけない。私もやばいっ」


「神田さん。その後、ちゃんとやれてますか?」


 小走りで教室に向かっていると急に名前を呼ばれ立ち止まる。


 それは、担任の湯河先生だった。

 物理の教師になってまだ三年目という湯河先生は身長も高く、着ている服はセンスが有り清潔感に溢れている。それに、何気にイケメンだ。肝心の授業についても、とてもわかりやすく、生徒と同じ目線で相談にも乗ってくれるということで、実は女子生徒から結構人気がある。


「あっ、はい。なんとかやってます」

「なにか困ったことがあったら先生に言ってくださいね。お母さんからくれぐれもと頼まれてますから」

「はい。わかりました。ありがとうございます」


 母が札幌に移り住む前に、学校を訪れ、担任の湯川先生と話をしたことは後で聞いた。母は、本当は私も札幌に連れていきたかったみたいだが、やはりこれからの大学進学を考えれば、私が一人東京に残るのはしょうがないと思い直したらしい。だからこそ、担任の湯川先生に事情を説明して頼んだようだった。


「ところで、ちゃんとご飯とか食べてますか?私の母に一人で暮らしている生徒がいると言ったら、一度連れてきなさいなんて言ってるんですよ。困ったら遠慮せず言ってください」


 社交辞令でも私を気に掛けてくれていることが伝わり、私は暖かい気持ちになっていた。




「キンコンカンコン」


 集中して授業を受けていたらあっという間にお昼のチャイムが鳴った。

 お昼はいつも真結と一緒に食べている。


「友達が多い真結が何故私となの!?」


 いつだったかそう聞くと、「お昼くらいは、気が許せる人と一緒したいじゃん?」と笑顔で言われたっけ。


 お昼は交代で各々の教室を行き来している。今日は私が真結の教室に行く日だった。


 廊下を歩いて行くと教室の前で真結が待っていた。


「あれっ!?どうしたの?」

「美依由、今日は違うところで食べようよ」

「いいけど。学食とか!?」

「ハズレ!ほら行こう!」


 真結についていくと階段を登り出した。

 私は嫌な予感がするものの真結について行く。鍵がかがっているはずのドアを開けると、そこは屋上だった。


「鍵、、壊れてるの!?」

「そうみたい。私もついさっき友達に聞いたんだ。来週くらいまでこのままみたいだよ。ほら、行こう!今日は天気がいいから外で食べたかったんだ!」


 高い場所はなるべく避けなければならないが、あの話をまだ真結には言えない。だから、今日は十分注意してやり過ごそうと決めた私は、真結に続いて屋上に立つ。


 そもそも屋上は、立ち入り禁止なのでベンチなどはない。ただ、座るには丁度いいコンクリートの段があり、私たちはそこに座りお弁当を広げた。


「美依由は、またコンビニなんだね」

「ほら、朝はバタバタするし、お弁当を作る時間はないんだよ」

「ほら!私のウインナーあげるから。はい、あーんして!」


 真結は、フォークに刺したウインナーを私の口に運ぶ。


「美味しい!!ありがとう」

「どういたしまして!お母さんが作ったんだけどね。ふふふ」


 真結は本当に可愛い。美味しそうに食べる表情もとても愛くるしい。男子達にモテるはずだ。

 私は、つい思っていたことを言葉に出す。


「真結は、好きな人とかいるの!?」


 途端に顔を真っ赤にしている。


「なに、、突然」

「いるの!?」

「もう、美依由には、かなわないなぁ。そう、、好きな人はいるんだ。でもずっと片想いなんだけど」

「そうなんだ」

「ところで、美依由は!?」

「えっ!?」


 突然の切り返しに今度は私が真っ赤になる。その姿を見て真結は、「やっぱいるんだ!!うちの学校!?誰、誰!?」と興奮している。


 私は妹尾さんのことを思い出していた。

 今朝、学校に向かう途中、スマホを見ると朝七時に、メッセージが届いていた。


「今日の夕方五時に君のマンションまで行きます。今日一日、とにかく気をつけて。高いところには行かないように」


 彼の誠実そうな笑顔を思い出す。


 その時だった。突然、風が吹き私のサンドウィッチの包装紙を運んでいく。

 その方向へ振り向いた瞬間、私は息を飲んだ。

 

 灰色の貯水槽・・・・。

 あの写真に写っていたものと同じではないだろうか!?


 私は血の気を無くして、その場に座り込んでしまった。















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