僕がやるしかないんだ


 背筋、いや体全体がしびれているような感覚だ。


 この手紙はなんなんだ。

 本当なのか?

 僕は、まだ信じられない気持ちでいた。


 だが、確かに自分に宛てた手紙だった。

 何より、僕の名前が書かれている。


 早速スマホで地図アプリを立ちあげる。

 これから僕が通る道に踏切は……、そうだ、あそこに一箇所確かにある。その踏切なのだろうか?


 あまりにも不可思議で思考が定まらない。

 本当にそうなのか?

 ただでさえ人と交わりたくないといつも思っている僕が人を助ける?そして、助けた人の代わりに自分が死ぬ!?


 僕は、まだ半信半疑のまま上着を脱ぎ助手席に置くと、エンジンをかけナビを自宅に選択した。


 ルートは高速を通るものと一般道を通るものだが、どちらにしてもその踏切は通ることになっている。

 

 僕は、高速を通るルートを選択し、車をゆっくりと走らせた。


 漁師だろうか?年季の入った軽トラを運転しているのは、黒々とした顔の老人だった。しばらくの間、僕の前をマイペースで走っていた軽トラはゆっくりと海辺の方へ曲がっていった。このままゆっくりと僕の前を走ってくれれば、予告の時間通りに着かないのに……。


 さらに走らせるとドラッグストアが見えて来た。店の前には、商品を積んだトラックが搬入口に止まって渋滞となっている。このまま、渋滞が続けば……と思っていたら、何故かいきなりスムースに走り出した。どうやら路肩に止まってそのトラックを邪魔していた車がいなくなったようだ。


 やはり、どんなことをしようとも予告通りの時間に僕は例の踏切に着くことになるのだろうか……。


 そして、ドラッグストアを通り越した辺りから、少しずつ徒歩や自転車に乗った学生の姿が目に入り始めた。


 今日は土曜日だが、何かイベントでもあるのだろうか?

 それとも部活に行く生徒なのだろうか?

 僕は、学生服を着た生徒達を見た時から、額から冷や汗が流れているのを感じていた。


 そうだ、もう少し行くと右手に有るファミレスでいっそモーニングでも食べ、時間をずらせばいいんだ。


 一瞬そう考えたものの、そんな事をすればその女子高生は死んでしまうのではないか。

 でも、その彼女が、未来から強い願いとして僕に手紙を届けてきたことを考えると、僕は一体どうすればいいのだろうかと悩んでしまう。

 勿論、それは、自分が死にたくないという弱い気持ちも関係しているのだと思うが……。


 そのファミレスに近づいたところで信号が赤になった。


 僕は、ちらっとファミレスを見ると息をのんだ。何故なら、窓硝子に、「本日、社員研修の為、臨時休業」と大きな張り紙が貼られているのが見えたからだ。


 やはり、僕はどんなことをしようとしても、結局、その踏切に近づいて行くのではないだろうか!?

 やはり過去は変えられないのではないだろうか?


 後ろの車からのクラクションで、はっと我に返った。


 もう僕の中で迷いは無くなっていた。

 僕がその女子高生を助ける!


 助けるしかないんだ!!




「カンカンカンカン」



 踏切の手前で、一次停止をした瞬間に、急に遮断機が音を立て始めた。

 ここは、名越坂第三踏切。

 ナビで確認していた帰宅路においての唯一の踏切。


 やはり、あの手紙に書かれていたようなことがこの踏切で起きるのだろうか?

 僕の目の前をゆっくりと遮断機が下りていく。


 突然、犬の散歩をしているおじいさんが慌て始めた。


 僕は、踏切内を凝視する。


 すると、倒れた自転車と女子高校生の姿が見えた。ペダルが線路のくぼみにはまり込んで抜けず、その自転車の下敷きになっているようだ。


 僕は、シートベルトを外すと車から飛び降りた。そして、踏切の非常信号のスイッチを強く押す。

 次に、右手に持った発煙筒を発火させた。赤白い煙がモクモクと沸き立つ。それを力の限り電車が来る方向に向かって放り投げた。


 そして、遮断機を潜ると自転車の下敷きになっている彼女まで走って近づき、彼女の両脇に腕を入れ、力の限り引っ張った。


 一瞬、目と目が合う。

 彼女はショックで青白い顔をしていた。

 目には涙が溢れている。


 右を見ると、もうすぐそこまで電車が近づいていた。

 そして、左を見ると快速のプレートが付いている電車が急ブレーキをかけるところだった。


 僕は、本来ならば、彼女を助けた反動で反対側の線路に転がってしまい、その結果、この快速電車に轢かれて命を落とすことになっていたのだろう。


 だが、僕は彼女を抱きしめたままその場に蹲っていた。


「ギィーーーーーーーーーーー」


 電車が急ブレーキで悲鳴を上げている。


「きゃぁー!!」「ぶつかる!!」「危ない!!!」「助けて!!!!」


 多くの悲鳴が発っされた瞬間、、、



 電車は、僕と彼女の一メートル手前で急停止していた。

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