初めてづくし
思い返せば今日は、初めてが沢山つく一日だった。
初めて、男性の誘いに乗った。
初めて、男性とカフェに行った。
初めて、男性に家まで送ってもらった。
妹尾 優さん・・・・。
とっても優しい目で私を見てくれた。そして、これから起きるであろう困難にも逃げ出さず私を支えてくれるという。
きっと、どこまでも誠実で素敵な人なのだろう・・・。
私は、玄関の鍵を開けると誰もいない部屋に向かって、「ただいま」と声を掛ける。
昨年の冬、札幌に単身赴任をしていた父が体調を崩し、急遽、母も札幌に移り住んだ。私は、進学校であるW大附属高校に通っており、来年春にはエスカレーターでW大に入学する予定だった為、3LDKのマンションにそのまま一人で暮らしている。
部屋に入るとカバンを置き、すぐにお風呂に向かった。
行儀が悪いけど服は廊下に脱ぎっぱなしにした。勿論、いつもはそんなことはしないけど、頭を整理するためには、とにかく一刻も早く風呂に入るのがいいと思ったからだ。
だけど、いつもより多めに溜めた湯船に何分浸かっていても、信じられないくらい頭の中はぐちゃぐちゃのまま…。
私は、これからどうしたらいいのだろう…。ついさっきまで、彼の袖を握っていた右手を見つめる。
泊師堂というカメラ店を探しに行った帰り道、必死で冷静を装っていたものの、時間が経つにつれ、死への恐怖が私に覆いかぶさってきた。その恐怖に負けそうになっていた私を彼は、「大丈夫?」と何度も振り帰りながら優しい笑顔を見せる。私は、そんな彼の右袖の部分をぎゅっと握った。
彼も私の手をふり解くことなくゆっくりと歩いて行く。そうして、何とか自分のマンションまでたどり着いたのだった。
彼の温もりは私に安らぎを感じさせた。もっとこのままでいたいと思ったが、流石に部屋迄来てもらうのは申し訳ないと思った。
マンションの入り口で、「ありがとうございました。ここで大丈夫です」といいながら袖を握っていた右腕を名残惜しくそっと外す。
妹尾さんは「大丈夫だからね。僕がなんとかするから。ほら、今日はゆっくりと眠るんだよ」と優しく声を掛けてくれる。
「ありがとうございました」
「じゃあね。気を付けて。今後もできるだけ頻繁にお互い連絡を取り合おう」
「はい。おやすみなさい」
「おやすみ。またね」
彼は、踵を返すと駅に向かって歩いて行った。
彼の後ろ姿が私の心を占領していた。
「本当は手を繋ぎたかったな・・・」
えっ、私って、どうしちゃったんだろう!?
思わず、両手で顔を隠す。まさか、自分が妹尾さんのぬくもりを欲していたことに驚いてしまう。
でも、何故、そんな風に思うのだろう!?今日初めて会ったばかりなのに?もしかして、私は恋をしたの!?それとも、こんな普通ではない状況が私の気持ちをおかしくしているだけなの!?
考えれば考えるだけ顔がさらに熱を帯びていく。
そんな時、、ふとあの写真を思い出す。
それは、おびただしい血の海に横たわる私の姿。何処か高い場所から落ちた結果、どうやら私はそうなってしまう運命みたいだ。
「私は、やっぱり死ぬのだろうか・・・」
初めて、もっと生きたいと思った。
初めて、命の尊さを知った。
初めて、一人の男性のことをもっと知りたいと思った。
「やっぱり、今日は、初めてづくしの日だ」
私は、そう呟くと勢いよく湯船から飛び出した。
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