柊二の現在
大学入学を機に大阪から東京へ上京した。
初めての東京は、やはり刺激が多い。大阪もそれなりに都会ではあるが、やはり東京は別格だった。
大学生活は仲間にも恵まれ、素晴らしい時間を過ごすことが出来た。今でも三、四人とは何かと理由を付け、会って飲んでは昔話をしている。彼らも僕に気を使ってくれているのだろう……。
勉強もそれなりに頑張って、希望の会社にも就職出来た。たった一年だったがあの時が僕の人生の中で一番輝いていた時間だった。そう、僕の横にはいつも香澄がいた。
彼女を意識したのは、入学式前日のことだった。流石に入学式に遅刻は駄目だろうと僕はロケハンをしに大学へ向かっていた。下宿先から最も近い大学の門から構内に入る。そして、両端に樹木がそびえる道をゆっくりと歩いていくと入学式が行われる大講堂が見えて来た。入り口などもチェックし、明日ここでいよいよ僕の大学生活が始まるんだと思いを馳せる。
目的を果たした僕は遅いランチでも食べようと踵を返した時、白いパンフを片手に歩いてくる女の子の姿が目に入った。すごく不安そうな顔が印象的だったが、僕は何故かその子のことが凄く気になっていた。
「君も明日のロケハン中なの?」
声をかけようかどうか迷いに迷ったものの臆病な僕は声をかけることができなかった。そうこうしている間に、結局、その女の子は僕の横を通り過ぎていった。
それからの僕は、彼女のことをいつも目で追っていた。だが、僕と同じ心理学概論Aの講義を取っていることが分かったのに、すぐに声をかけることは出来なかった。そのかわり、、、いつも後ろの席に座り彼女を見ていたのだ。
彼女は教授の板書や話をしたことを丁寧にノートへ綺麗な文字を紡いでいく。僕はその動作にいつも見とれていたのだ。
香澄とついに知り合うことになったのは、僕が眼鏡からコンタクトへ変えた翌日のことだった。コンタクトにまだ慣れない僕は、目に異物が入っているような気がしてずっと目を触っていたのだ。
「痛っ」
僕の右目からコンタクトがポトリと落ちた。決して安くはなかったコンタクトを探さなければと彼女の横の席に移り、しゃがみ込んだ。
「ごめん。コンタクトが外れちゃって。そっちに落ちたんだ。動かないでいてくれる?」
これが、僕と香澄が出逢うきっかけになるんなんて……。
本当に運命ってあるんだなと今も思う。
それから、僕と香澄は少しずつ距離を縮めて行った。
高尾山にも登ったな。素晴らしい紅葉だった。好きな人と同じ思いを共有できることはなんて素敵なことなのだろうと改めて思った。
新宿のロシア料理店で、告白をした時の香澄のあの驚いた顔を今でも思い出す。
もう、あれから五年も経っているなんて、、信じられない。
「香澄…。目を覚ましてくれ。そして、もう一度、あの素晴らしい笑顔で僕の名前を呼んで欲しい…」
僕は、今日も病室の椅子に座り、香澄の手を握りながら涙するのであった。
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