眩しい未来

「明日の二十時前後に、人が訪ねてくるはずだ。絶対に家へ入れるな。もし入れてしまうと君の命が危ない」


僕は出来る限りの事をやった。

考え、考え抜いて過去の自分にも指示を出した。

だから、、、四年前の僕がきっと香澄の手助けをして救ってくれるはずだ。

そう信じて待つしかない……。



- - - - - - -



 香澄が刃物で刺され、意識不明の重体で病院に運び込まれてから今日で四年が経過した。今日も僕は、香澄の眠っている病院に向かって車を走らせていた。

 

 過去に何か変化があれば、きっと何かが変わっているはずだ。そう信じているからこそ僕の気分は高揚していた。その一方で、もしも過去を変えることが出来なかった場合は、香澄はずっと眠ったままなのだ。そう思うと僕はこれから知る真実がとても怖かった。


 駐車場に車を止め病院に入る。

 いつものようにエレベーターで三階に上がり、誰もいない廊下を歩いていく。そして、香澄が眠る病室に入った。これまで何百回とやって来たことだった。ただ、いつもと違うのは、そこに香澄の姿が無いことだった。

 

「あの、すみません。ここに入院している井吹香澄さんに会いに来たのですが。彼女はどこに!?」


「はい。伊吹さんですね。少しお待ちください。すぐに確認しますね」


 ピンクのカーデガンを羽織った若い看護師が早足でナースステーションに消えていく。


 僕は、緊張しながら看護師が戻ってくるのを待っていた。


 もしかして、、、香澄は、、、、。

 どうしても最悪なケースが頭をよぎる。


 だが、僕の心配を他所に、戻ってきた看護師は僕に笑顔を向け話出した。


「あの、データベースで調べてみたんですけど、井吹香澄さんは四年前に確かに入院されていたようですが、既に退院されていますね」


 その言葉を聞いた僕は、過去が変わったこと、そして、最悪の事態を避けることが出来たのだと確信した。

 ならば、彼女は今、一体どこにいるのだろう!?


「あそこだ!あそこしかない!」


 僕は、看護師への御礼もそこそこに、一目散に駆け出した。


 香澄が住んでいた神田川沿いの古いアパート。

 4年前、香澄が刺される一ヶ月前に、未来からの声により、僕は香澄の部屋の隣に移り住んでいた。

 

 その部屋には、あの事件の後もしばらく住んだものの、もうとっくに解約をしていたのだ。

 だが、過去が変わったことにより ” 未来 ” が変わった僕が、まだあの部屋に住んでいる可能性があるのではないかと考えたのだ。



「香澄、香澄、香澄!!!」


 僕は彼女の名を心の中で呼びながら神田川沿いの小路を全力で走る。

 アパートの階段を駆け上り、懐かしい部屋の前に立つと、ドアに貼ってある表札を見て僕の緊張はさらに増した。


” 髙橋柊二 ”  明朝体で印刷された文字。


 印刷した時は、真っ白だった紙が、長い時間を経て黄色に変色していた。


 震える手で、ゆっくりとドアを三度ノックする。

 すると、ドアが少しだけ開いた。


「お帰りー!!」


 それは紛れもなく香澄だった。


 生きている!!!


 病室のベットで沢山のチューブに繋がれ、自分の意思ではなく機械で生かされていたあの香澄ではない。

 あれから伸ばしたのであろうか?胸辺りまである黒髪がとても似合っている。


 僕は、力強く香澄を抱きしめた。


「神様、、、。ありがとう。良かった、良かった」


 これ以上、言葉にならない。

 涙を流している僕を見つめて、彼女はこうつぶやいた。


「柊二君、、未来からの声は、やっぱり柊二君だったんだね。柊二君のお陰で私は今、こうして生きているんだね」


「良かった、良かった、、」


「柊二君、、さっきから良かったばっかり言ってる…」


 いつのまにか、彼女も涙を流している。


 僕は抱きしめていた腕を緩めると彼女の瞳を見つめる。そして、そっと口づけをした。




 の記憶は全く違うハズだった。

 だが、今の僕には香澄を助けた過去の記憶が全くない・・・。

 どこに忘れて来たのだろうか?


 いや、、きっと香澄が助かる為に、何処かにそっと置いて来たのであろう。


 その夜、シャワーを浴びた香澄の胸にナイフで刺された傷を見つけた僕は、その傷にそっと手を当てた。


「ごめんな。本当に迷ったんだ。香澄が刺されなくてもすむようには出来ないかって、、。でも、それは過去を大きく変えてしまうことになると河合からも説得されて。だから、少しでも香澄に痛い思いをさせないようにするためには、、」


「柊二君、もうやめて。いいんよ。こうして私が生きているのは間違いなく柊二君のお陰だよ。感謝しかないし、、。何より、それだけ私のことが、、あのっ、、なんていうか、、好きってことでしょ!?」


 香澄は顔を真っ赤にして僕を見上げる。

 僕はたまらなく愛おしくなり彼女を抱きしめるとゆっくりとベットに倒れ込んだ。


 僕は彼女の暖かい胸に抱かれながら、この幸せな時間をくれた全てに感謝をするのだった。




 そして、あの事件から7年が経った

 僕は今、香澄がいる病院に向かっている。


 病院に着いた僕は、ナースステーションに向かった。

 窓口にいたのは、以前、香澄のことを聞いたあの若い看護師だった。彼女は前と比べて随分貫禄が付いている。


「あっ、髙橋さんですね。奥様はこちらですよ」


 案内された部屋で、香澄は真剣に本を読んでいる。


「香澄、、大丈夫か?体はどんな感じ!?」

「うん。大丈夫。ありがとう」

「また、その本を読んでたんだ」

「うん。凄くためになるよ。やっぱり知らないことばっかりだしね」


 香澄のベットの横には小さな命が眠っていた。


「柊二君、、可愛いんだよ。ほんとに、、。あっ、そうだ!あの子、泣く時ね、ちょっと目をしかめるんよ。なんか、その顔が柊二君に似てるけんおかしくなるんよ」


 僕は香澄の手を握る。

 そして、柔らかい唇にそっと口づけをした。


「もう!!柊二君!!ここは病院だよ!!」

「だって、香澄が本当に可愛かったから。思わずしちゃたったんだ」

「もう、、、ほんとに、、、」


 香澄は真っ赤にしたまま、とびきりの笑顔を僕に向けた。



 未来からの声。

 本当にありがとう。

 僕たちは必ず幸せになるよ。絶対に、、。


 



終わり(東京都新宿区戸塚町早稲田)

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