未来からの写真

泊師堂

 僕は今、新宿にいる。

目的は、デジタルカメラの購入。

だから、京姫百貨店の向かいにあるヨドハシカメラに向かって横断歩道を歩いている。

 

 僕は、大学に入学するとすぐに憧れだった写真部に入部した。うちの写真部は他の大学と比べ活発に活動しているらしく、OBには有名なプロカメラマンもいるそうだ。


 実は、僕のカメラ歴はとても浅い。高校三年の時に父親に貰った古いデジカメで遊んでいた時、理由は忘れてしまったが、仲良くしていた友達とその彼女の写真を校庭で何枚か撮ったのがきっかけだったと思う。そして、後日、その写真が評判になり、次から次へと写真撮影の依頼が来たのだ。


 少し気を良くした僕はそれからいろんなジャンルの写真を撮っては、自分はセンスがあると思いこんでいた。

 だから僕は、大学の入学式が終わるとすぐに写真部に出向き入部の手続きをしたのだった。

 しかし、その伸びきった鼻は初日に木っ端微塵に折られてしまうことになった。先輩は勿論のこと同期のメンバーまでが、僕の写真とは格段にレベルが違っていたのだ。


 それでも、僕は写真をこつこつと撮り続けていた。

 春は各地域の桜、夏は信州の山々で、そして、秋は朝陽を浴びて輝く紅葉を興奮しながら撮影した。

 そして、季節は僕が一番好きな冬に差しか掛かっている。


 写真は機材ではない感性だということはわかっているものの、僕が使っているカメラはとにかく古く、画素数もスマホのカメラよりも小さい。これでは自分が思うような一枚はなかなか撮れないと感じていた僕は、各カメラメーカーのサイトや口コミサイトで多くのカメラをチェックし、買い替えを検討してきた。ただ、正直どれもこうピンと来るものがなく八方塞がりという感じだったのだ。ならば実物を見て決めようと量販店に向かっているという訳である。


 店の入り口付近にある急な階段を登って二階フロアに入ると各メーカーの新製品を筆頭にほぼ全ての機種が所狭しと展示されていた。ボーナスシーズンということもあり、すごい人があちこちでカメラを触っている。


 僕は、気になっていた機種の前に立つと、黒い盗難防止の線に繋がれたカメラの電源を入れ、両手で持ち上げてみる。そして、ファインダーを覗いた。


「あー、綺麗だな……」


 正直な感想はまさにそれだった。今流行のデジタルカメラはミラーレスを採用しているものが多い。ミラーレスとは、一言で言うとレンズを通して見える情景が電子ファインダーで見れるというもの。

 例えば、カメラ本体のダイヤルを使って、暗くしたり明るくしたりしたりすれば、電子ファインダーで覗く景色もその通り暗くなったり明るくなったりする。ピントを合わせるために拡大ボタンを押せば、電子ファインダーで覗いている景色が拡大され、ピントを簡単に合わせることが出来る。


「やっぱ、、便利だな・・・。ミラーレス・・・」


 ただ、そうは思うものの、自分が描いているカメラ像とはやはり何かが違うのだ。カメラってなんていうか、親切では無くて、無骨で、扱いにくいものだと思う。


 結局、僕は、カメラフロアに一時間以上いたものの、カタログも貰わず店を後にした。


 さぁ、これからどうしよう。

 正直、僕は途方にくれていた。その時、何気なしにふと見上げた道路の向こう側に、とても小さな汚い看板が目に入った。その瞬間、何故だかわからないが、僕は何か運命的なものを感じたのだ。


「高価買い取りします。中古カメラ専門店 泊師堂はくしどう


 何年前の看板なのだろう?

 もしかしたらもう潰れているかも知れない。だが、僕はその店に向けてゆっくりと歩き出した。


 泊師堂の前に立つと、ちゃんと営業をしていた。凄く小さな店だが量感は凄い。この店が取り扱っているのは、フィルムカメラやデジタルカメラの中古品のようだが、とにかく品種が豊富だ。僕は驚きつつも興奮していた。

 足下のダンボールにも無造作にカメラが置かれている。僕は、足で蹴らないように注意しながら店内をゆっくりと一周する。すると、レジの後ろの棚に置いて有るカメラに目が釘付けになった。


 店を見渡すとオーラが全く感じられない五十代か六十代であろう男性スタッフがいた。男性は泊師堂と店の名前が刺繍された薄汚れた緑のシャツを着ている。スタッフはこの人だけのようだ。もしかして、この人が店主なのかもしれない。


「あの、、、すみません。そこの棚にあるカメラは売り物ですか?」

「ええ、売り物ですよ。ただね、このカメラは人を選ぶんですよ。ところで、お客様のお名前は?」


 はっ!?


 何故カメラを買うのに名前を言わなければならないのだろうか!?僕は納得いかない気持ちを抑え、小さな声で呟いた。


妹尾 優せのおゆうですが、、、」


 するとその老人は、驚いたように目を見開き僕に声をかけて来た。


「お安くしておきますよ。税込五万円でお願いします」


 こうして、ぼくは念願のデジタルカメラを手に入れたのだった。しかも、相場の値段より格段に安く、、、。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る