写真の中の情景
大学入学を機にアパートで暮らし始めた僕は、きままな一人暮らしを満喫していた。アパートのドアを開けると約一畳の台所スペースの向こうに八畳の洋間が見える。
狭くてとても年季の入っている部屋ではあるが、大学や地下鉄の駅に近い事に加え、近所には僕のような貧乏学生が気兼ねに入れる安価で量が多い定食屋が何件もある。だから僕はこの部屋をとても気に入っていた。
僕は、部屋に入ると小さな机の上に置いているノートパソコンを早速立ちあげた。そして、すぐさま写真アプリをダブルクリックして立ちあげる。
このソフトは、これまで撮った様々な写真を日付け毎に整理でき、現像などの編集も簡単に出来る事が特徴だ。
僕はカメラの裏蓋を外し、SDカードを取り出すとパソコンに挿入する。喫茶店で起きた事は本当か?勝手にカメラがシャッターを押すことなどあり得ない。
だが、予想に反しパソコンの画面には、今日の日付で写真二枚が表示されている。
僕は、恐る恐る最初の一枚目をダブルクリックする。
画面に立ち上がった写真を見て、僕は言葉を失った。とにかく、喉が渇く、、。目の焦点が定まらない感じだ。そして、マウスを握る手も震えてきた。
それでも勇気を振り絞って次の写真をクリックする。
写真が立ち上がった瞬間、僕は気持ちが悪くなり、トイレに駆け込んだ。
「こんなことがあるのか?これは一体なんなんだ!!!!」
洗面台の蛇口を強く捻る。
冷たい水を両手で思いっきり顔にかける。何度も何度も、、、、。
とにかく水を顔に叩きつける・・・。そうしないと正気を保てないような気がした。
一体どれくらい続けていただろう・・・。
僕の感覚は、漸く少しだけ通常に戻ってきていた。
パソコンのフォルダーにある一枚目をもう一度開いてみる。画面の全てに集中して写真を見つめる。
そこには、高いビルなのだろうか?あの喫茶店の女性が建物から落ちていく瞬間が映っている。そして、二枚目の写真には、真っ赤な血の海の中に横たわる彼女が映っていた。
僕は、この二枚の写真をプリントアウトし、クリアファイルに滑り込ませる。明日、あの喫茶店へ行き、彼女に話をした方が良いのだろうか?
僕自身も信じることが出来ていないのに、「君はどこかの高い場所から落ちて死ぬかも知れません」など言える訳が無い。しかも、ナンパもしたことがない僕にとっては、彼女にコンタクトを取ることは至難の業だ。
ベットに横になりながら何度も何度も考える。まるで無限ループで問答している感じだ。ただ、最後には、あの子の命に関係するのであれば、必ず伝えなければならないと強く思えて来た。
しかし、どうやればスムーズにこのことを彼女に伝えられるかが問題だった。正直、こんなことを言えば、十中八九、頭がおかしい人と思われる可能性が高い。では、そうならないためにはどうすればいいか?結局良い方法は思いつかず、僕は、いつの間にか眠りに落ちてしまった。
翌朝、目覚ましのけたたましい音が深い眠りから僕を現実に引き戻す。ベットから身体を起こし、机の上に置いていたクリアファイルに入った写真を見つめる。
「夢では無かった・・・」
もう何のひねりもせずにどストレートにいくしかない。腹をくくった僕は、彼女が働いている喫茶店へ行くことを決めた。
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