些細な望み
「あの、、、、丁度昼だから、学食行かない?」
予告の言葉通りになったことで、私はずっと混乱していた。
授業が終わる際、教授が何を言ったかも覚えていないくらい動揺していた私に、彼は声をかけてきた。とてもさりげなく、そして柔らかい雰囲気で……。
黒縁眼鏡を掛けた彼は、さっきよりさらに真面目そうにみえる。
私は、何故か彼の笑顔を見るととても安心できた。ついさっき、初めて出会った彼にここまで安心出来るのはどうしてだろう?
自分でも不思議だった。
「えっ、はい。はいっ。お願いします」
「もう!!お願いしますって、大げさな!」
彼は、笑いながら、「じゃあ、行こうよ」と私より少しだけ先を歩いてく。
実は、私は、学食を使ったことがなかった。いつもキャンパスのベンチで、コンビニで買ったサンドイッチなどを、喉に詰め込むように急いで食べていたのだ。一人で食べていることを他人に哀れに思われないように……。
授業を終えた沢山の生徒達が、学食に向かって歩いているようだ。
彼は、「ちょっと走ろう!食べる場所がなくなっちゃうから」と私を促して走り出した。
長い髪が風で乱れないように抑えつつ、私も彼について走った。
とても、気持ちがいい。
「ゴール!」と言いながら私達は、学食に走り込む。まだテーブルにも空きがる。
「じゃあ、ここに座って、席確保しといて。この時間は、すぐに埋まっちゃうからね。えっと、何がいい?今日は僕が奢るから。ほら、遠慮せずにどうぞ」
「本当にいいんですか?あの、ありがとうございます」
「それで?何にする?」
「うどんってありますか?」
「勿論、ありますよ!ただ、スーパーで売ってる50円うどんをお湯にくぐらせただけやけどね。で、何うどん?」
「あの、、天ぷらうどんでお願いします」
「了解!!それでは、少しお待ちくださいませ」
彼は、茶目っ気たっぷりに丁寧にお辞儀をすると、券売機に向かった。
滑り落ちてきたチケットを片手に、麺と書かれた受付に並ぶこと数分、トレーに天ぷらうどんときつねうどんを乗せ、彼が戻ってきた。
「お待たせしました。天ぷらうどんです」
彼は私に天ぷらうどんと七味と書かれた小さな包みを渡すと「いただきます!」と自分のきつねうどんを音を立てながら食べ出した。
私は、なんだか明るい気持ちになっていた。
音も気にせずおいしそうに食べる彼を見ているととても気持ちがいい。
そして、何より大学生活の憧れの一つだった友達と学食でランチすることを今、私はやっているんだと思うと今まで暗く沈んでいた心が少しだけ軽くなったような気がしていた。
「天ぷらうどんって、本当に天麩羅が乗っとうとやね」
「え?天ぷらうどんって、まさにその名の通りの天麩羅うどんじゃないの?」
彼は不思議そうに質問してくる。
「福岡では、天ぷらうどんていうのは、丸い天ぷら、えっと、おでんとかに入っている、ほら、あれ、あれが入ってるのを言うっとよ」
油断してしまったのか、必死で隠そうとしていた博多弁が出てしまい。私は、顔を赤くして下を向いてしまう。
「あ〜、それって、ごぼう天とかそういう練り物のことなんだ!面白いな〜。なるほど〜。俺もそれ、食べたくなってきた!今度、そういうメニューがあるうどん屋に行こうよ。探しておくから」
「はい。是非。よろしくお願いします」
私は、方言にへんな突っ込みを入れてこない彼を不思議そうに見つめる。
「えっと。ごめん。なんだか、コンタクトを口実にナンパしたみたいでさ。ただ、実を言うと、随分前から、君のことが気になってたんだ。あっ、俺、何言ってんだろう。違う違う。そういうことじゃなくて、いつも真面目にノート取ってるし、凄いな〜って思ったのがきっかけだったんだけど、今日、たまたま後ろに座ったら、君がノートにびっしりと凄く丁寧な字で書いているのが見えて、興味が沸いてさ。ということで、コンタクト破損という高い出費とはなりましたが、お近づきになれて俺は嬉しいです。で、俺は、一年の髙橋柊二と言います。よろしくね!」
私は、また頬が熱くなってくるのを感じていた。
「あの、、もう分かったと思うけど、私は、福岡の出身で、、、正直、東京は憧れだったけどちょっと戸惑ってます。ずっと友達が出来なくて悩んでたんだけど、今日こうして学食にも初めて来れて、本当にうれしいです。私こそ、これからもよろしくお願いします」
「ねぇ、で、、、名前は?」
彼も、ちょっと頬を染めているようだ。
「あの、、、名前は、内緒です」
「え〜〜!!!それはないでしょう〜〜!」
「う、嘘です。私は、井吹香澄と言います。よろしくお願いします」
彼は、テーブルにどてっと倒れている。
「あ〜〜。良かった。完全に滑って警戒されたと思ったやんか。見かけによらず意地悪やな〜。もう〜! で、かすみってどういう字なの?」
「えっと、これです」
私は、トートバックからノートを取り出すと、空白のスペースにシャーペンで香澄と書く。
彼は、じっと見て、「あ〜、なんかしっくりくるね」と言って、話を続けた。
「あのさ、方言なんて気にしなくて大丈夫だよ。実は、俺も大阪出身なんだわ。で、今話している言葉もなんちゃって東京弁やから。香澄ちゃんもすぐに慣れると思うし。ただ、俺は、博多弁、可愛いと思うよ。なーんにも気にしなくていいと思うし、自然にしていたらいいと思うけどな」
深い意味もないままに話の流れから発した言葉だったと思う。だけど、私は彼の言葉に心から救われた気持ちになっていた。
彼のやさしさを身体全体で感じている。小刻みに指先が震えている。涙が落ちそうだ。我慢しないと……。
だけど、思えば思うほど、とめどなく涙が溢れ、頬を伝うのだった。
たった今、私は彼に恋をした。
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