真結

「おはよう神田さん。少し話があるんですが、いいですか?」


 朝、校門をくぐり、下駄箱で下履きに履き替えている時に、背後からやってきた湯河先生に突然声を掛けられ、私は驚きの余りカバンを落とした。


「そんなに驚かなくてもいいじゃないですか?」

「あ、すみません。びっくりしゃちゃって」

「話は、進路相談室で行いますから、教室にカバンを置いてから来て下さい。すぐに終わりますよ」


 そう言って湯河先生が職員室に向かって行く姿を私はずっと見つめていた。


 教室にカバンを置いた私は、進路相談室に向かって歩いて行く。

 進路相談室は、保健室の真横にある。保健室の前を通ると部屋の中から、「貧血じゃないの!?」という先生の声が聞こえた。誰かがベットに寝ているのだろうか?


「失礼します」


 私は、進路相談室のドアを開ける。もう湯河先生は椅子に座って待っていた。少し先生の表情が硬い気がする。


「神田さん、そこに座って下さい」

「はい」


 向かい合わせで座った私は、先生の服装になんとなく目が行く。


「単刀直入に言いますが、神田さんが夜に男性といるところを見たという話がでています。それは本当ですか?」

「いえ、、、。あ、、はい。そうです。新宿の市民体育館に行きました」

「どうして、そんな時間に市民体育館へ?バスケットボール部の応援かなにかですか?」

「いえ、違います。ちょっと確かめたいことがあって・・・」


 先生は、小さな手帳にボールペンで記入している。


「私は、いつも生徒のプライバシーには踏み込まないように気を付けているんですよ。ですが、神田さんの場合は、ご両親からもくれぐれもと言われてますし、私としては見過ごせないんです」

「あの、先生、いいですか?私と一緒にいる男性とは恋人とかそういう関係ではなくて友達なんです。事情があって、一緒にいるだけなんですっ!」


 つい大きな声で反論してしまった私を、先生は何か哀れみを帯びたような目で見つめているような気がした。


「まあ、わかりました。そう、興奮しないでください。いいでしょう。では、ご両親が長期不在の中ですから、私生活についてはこれからもしっかりと自分で管理していってください。私からは以上です。あっ、それとこの前の確認テストですが、神田さん、どうしたんですか?裏面の二問が不正解でしたよ。これくらい解けないとさすがにエスカレーターとはいえ推薦が取り消されるかもしれません。そうそう、今日は、確認テストの補講をしますから、神田さんも必ず出席してください。あっという間に大学受験ですよ。しっかりしないと。では、教室に戻ってください。私もすぐに行きますから」



「キンコンカンコン」


 もうお昼休みだ・・・。

 午前中の授業はあっという間に終わった気がする。それだけ、私はずっと緊張しっぱなしだった。これから真結に会わなければならない・・・。そう、今朝、私は、家を出る前に真結へ「話がある」とメールしていたのだ。


 私は、その待ち合わせ場所に駆け足で向かう。待ち合わせ場所は、体育館の裏にした。体育会系のクラブの備品置き場として使っている倉庫が建ち並んでいるが、昼間は誰も来ない。誰にも聞かれたくない話をするには最適な場所だった。


 約束の時間から三十分が過ぎた。まだ真結はやってこない。何度も電話をするがスマホの電源を切っているようだ。

 

 もうすぐお昼休みが終わる時間になろうとしていた。

 諦めて帰ろうとした時、漸く向こうから真結がゆっくりとやってきた。なんだか、目がうつろだ。


「ごめんね。遅くなって、ちょっと色々あって・・・」

「こちらこそ呼び出したりして・・・。なんか顔色悪くない?」

「そう?大丈夫。ただ、また腕がちょっと痛くなっちゃって」

「え、、、そういえば、もう包帯は取れるんじゃなかったっけ?」

「うん。そうなんだけど、まだ治りが悪くてもう少しこのままなんだ。で、何?話って?」


「実は、、、、」


「キンコンカンコン」


 私が話そうとした時に、無情にも昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴り響いた。



「おい、、お前ら、こんなところで何してんだ!早く教室に戻れよ〜」


 また、菅谷先生に言われてしまった。今日二度目だ。

 

 私達は、お互いに気まずさを残しながら足早に教室に向かった。下駄箱で靴を履き替え、階段を駆け足で登る。3階まで行くと私が右、真結が左へと分かれる。その時だった、真結は、私に小さな封筒をそっと手渡した。そして、「家に帰ってから読んで」と小さな声で呟くと教室に逃げるように入って行った。






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