過去への扉

 あの事件から四年と少し……。

 僕は、時間を見つけては香澄が眠る病院へ出向いた。香澄の家族は、香澄のために東京へ引っ越していた。高度な医療を受けるためには福岡よりも東京の方が良いというお父さんの判断だったそうだ。


 僕も就職活動は東京に本社がある企業ばかりを選択した。両親は大阪に帰って来ないのかと残念がったが、僕は香澄の傍にただいたかったのだ。


 ある日の夜、大学時代の友人からメールが来ていた。その友人は、工学部を卒業した後、公的機関の研究所に入り、なんでも普通の人では到底理解出来ない難しい研究をしているらしい。


「柊二、お前に話したいことがある。今度の土曜日、二十時に学生時代に良く使った喫茶チェリーに来てくれ」


短い文章だが、僕はもしかして香澄のことに関連するのではないだろうか?と考えていた。




「河合、、お待たせ。今日も病院に寄っててさ。すまん!」


 河合は、軽く右手を上げて、「いいよ、いいよ」と笑顔で返す。


 河合和也、、僕と同じ大学で、一年の頃からよくつるんでは遊んでいた友人だ。彼は所謂天才で、授業の際、難問な質問をいくつも投げかけ、教授を無言にさせてしまった経験の持ち主だ。だが、そんな態度が鼻につかないのが彼の凄いところだった。僕に対しても細かな気を使ってくれるし、仲間として大事に接してくれていたのだ。


「柊二、、香澄ちゃんは、やはりずっと同じままなのか?」


「ああ。そうなんだ。今も深い眠りに落ちているという感じかな。でも、心配だよ。チューブからしか栄養が取れてないわけだから正直どんどん痩せてきている。早く目を覚まして欲しいけど、先生に聞いても難しいみたいだ」


 河合は、「いいか?」と言って煙草を取り出すと今時珍しくマッチで火を付け、ふぅーと紫煙を天井に向けて吹き出す。

 そして、意を決したように話を切り出した。


「柊二、これは、まだ本来ならば誰にも情報を漏らしては駄目な事なんだ。だが、信頼出来るお前だからこそ、逆に僕のやっている研究の実験を手伝って欲しいんだ。それが、もしかしたら香澄ちゃんを救うことにもなるかもしれない」



 河合と約二時間程話をした僕は、自分のマンションの部屋に戻ってきていた。まだ、話の全てが理解出来ない。ただ、一途の望みが目の前に降りて来たようなそんな気がしていた。


 河合がやっている研究は、過去に向かってメッセージを送るという技術の開発だった。本来、過去を変えれば未来を変えることになり、歪みを大きくしすぎると時間軸自体がねじれ、過去と未来が無作為に融合してしまう恐れがあるということは僕にもわかる。

 それがわかっているのに、何故この研究をしているのか?僕は河合に聞いてみたが、「どうしても間違ってはいけないことがやはりあるんだ。僕らがその選択を誤った時、それを修正することが出来る技術を構築しなければならないというくらいしか言えないな」とこれ以上は話したくない様子だった。


「未来からの声」


僕は、もう一度つぶやいていた。

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