眩しい未来
照明が消えた階段はなんとも不気味だ。
私は、その階段の手すりに身体を預けながら、ゆっくりと屋上に向かって歩いていた。
あいつがお茶に仕込んだ薬は何だったのだろう?
霧の中にいるような感覚はまだ続いていた。
真結が来てくれなかったら、私はどうなっていたかわからない。真結はどうなっただろうか?酷い目に遭わされてないだろうか?私は真結の泣きそうな顔を思い浮かべていた。
その時だった。下の方から、誰かが階段を駆け登ってくる音が聞こえてきた。
「神田ー。待ちなさい!!!」
あ、、あいつだ。なぜ、屋上に向かっていることがわかったのだろう?
早く、逃げなければ・・・。だが、階段を登るスピードは自分でももどかしいくらいスローだった。まだ、身体がまともに言うことを聞いてくれない・・・。
このままでは追いつかれてしまう!!
私は、スカートのポケットの中からスマホを取り出すと、妹尾さんに電話をかける。
「妹尾さん!!今、屋上に向かって逃げてます。犯人は、湯河先生でした。追いかけられてて・・・」
鈍い音と同時に、右手で握っていたスマホが階段を勢いよく転がり落ちていく。あともう少しで屋上のドアというところで、後ろから力一杯叩かれたのだ。
「神田さん、もう終わりにしましょう。貴方は、これから私のものになるんです」
顔が狂気でゆがんで、別人のように思えた。私は、後ろずさりしながら屋上のドアにもたれる。どうすればいいのかわからない。どうすればいいの!?
その時、私の視線に、踊り場に設置されていた消火器が入った。
私は、咄嗟に消化器を持つとすぐに安全ピンを抜く。そして、ホースをこの獣の顔に向け、レバーを強く押すと、白い泡が容赦無く湯河を襲った。
その隙に、私はドアノブを回し屋上に出ると外側から体重を預けてドアが開かないようにした。「誰か、、早く、、、助けに来て・・・。妹尾さん・・・」私は、祈るように呟く。
だが、私の願いは通じず、湯河は力任せにドアに体当たりしてくる。
このままでは時間の問題だった。
「ドーン!!!」
「キャァー!!!」
やはり、力では適わない。奮闘空しく結局ドアが開いてしまった。
湯河は半狂乱で私を狙って詰め寄ってくる。
「メガネをしていて助かりましたよ。目に直撃だったら私はもう何も見えてないでしょうね。ははははは」
「や、やめて、、ください。先生!!!」
ジリジリと近づいて来る。
私も少しずつ、屋上の端に追いやられてしまう。ふと見上げると右手前方に貯水槽が見えた。あの写真の通りだ・・・。
もしかして、このまま私は落ちてしまうのかも知れない。
「やめんか!湯河!」
その時、屋上に図太い声が響いた。
屋上の壁から姿を現したのは、生活指導の菅谷先生だった。
湯河はその姿をみて驚き固まっている。
「お前、、我がバスケ部のエースに暴力を振るったあげく右腕を折りやがって。お前が今までどんなことをしてきたか、俺は全て知っている。すでに、校長と教育委員会にも通報した。勿論、警察にもだ。ほら、聞こえてきただろう?パトカーのサイレンが!」
「ウォーー!!!!!!!!!」
突然、湯河が、私に向かって駆け出す。
菅谷先生も湯河の方に向かって走り出したが、間一髪間に合わなかった。
奴は私の背後に回ると、軽々と私を持ち上げ、力の限り放り投げた。
身体が宙を舞うと、あっという間に屋上の手すりを超え、そして、その後は引力に任せるままに地面に向かって落ちていく・・・。
結局、私は死ぬんだな・・・と思った。
走馬灯のように映し出されるのは、妹尾さんの事ばかり・・・。
最後にもう一度会いたかった・・・。
そう思った瞬間、私は意識を失った・・・。
「ドスーン」
鈍い音が響く。
「大丈夫か?美依由・・・」
何処かで、妹尾さんの声が聞こえた気がした。
どれだけ時間が経ったのだろうか、、。気がつくと私は、あの写真の様に血を出して倒れていなかった。なんと、私の身体はマットの上に横たわっていたのだ。
私は、、生きてる!!!
激しい衝撃だったが、手も足も大丈夫だ。
しかし、私を守るようにして、下敷きになっている妹尾さんに気がついた私は彼の名を大声で呼び続ける。
「妹尾さん?妹尾さん?妹尾さん!!!」
彼は、私を守る為に自分の危険を顧みず、屋上から落ちてくる私を受け止めてくれたのだ。意識を失っているみたいだが大丈夫だろうか?このまま目を覚まさなかったらどうしよう?
私は、妹尾さんの胸に顔を埋めて、何度も何度も名前を呼んだ。
- - - - - - -
「菅谷先生には、全ての写真を見てもらったんだ。ほら、信じてくれるかどうかわからないけど、それが最善の策だと思ったからさ。
そして、今、僕らに起きている不思議な現象を全部話をしたんだよ。かなり悩んでいた様子だったけど、最終的には、菅谷先生は僕の言うことを信じてくれたんだ。
丁度、昼に、真結さんから手紙を受け取ったらしくてね。そこには、湯河の今までの悪事の全てが書いてあったようでね。その手紙があったからこそ、菅谷先生は僕の事を信じてくれたのだと思う。
ん?マット?あ、あれか・・・。実は、君の学校が体操でも凄く有名なことに気がついたんだ。であれば、技を取得するために使う怪我防止用マットがあると思いついたって訳さ。マットの置く場所は正直簡単だったよ。あの貯水槽の位置と、君が真っ赤な血を出しながら倒れていた場所は、砂でも無かったしアスファルトでも無かった。何かのゴムシートが敷いてある場所のように僕には思えたんだ。それを、菅谷先生に尋ねると、二階部分のせり出している場所に敷いている防水シートだろうということだった。だから、菅谷先生に頼んで、体操部からマットを二つほどお借りして設置しておいたと言う訳さ。
でもね、それでもやはり万が一ということがあるからさ。君が落ちて来るのを見て、僕は咄嗟に覚悟を決めたんだ。僕が必ず君を助けると言っただろう?
でも、ドクターからはかなり叱られたよ。この衝撃で左肩が折れただけで済んだのは幸いだったらしいから。
これも美依由ちゃんが痩せすぎだからこの程度で済んだんだよ。痛ッ!病人を叩いたりしたら駄目だって!ははは。
あとね・・・、君はやはり屋上から落ちなければならなかったんだと思う。過去を大きく変えると歪みが出来てしまう。それは、君の未来にも大きく影響するかも知れないし、歪みが原因で君が僕と出会わなくなるかもしれない。そうするとライカが示した写真を君に届けられないからね。だから、君には予定通り落ちて貰うしかなかったんだ。怖かっただろう?僕の仮説を信じてくれて、屋上に向かってくれたんだね。本当にありがとう。そして、本当にごめん。そして、、あの、、その、、」
僕は、これから言おうとしている肝心の言葉を言えないでいた。
すると、彼女は僕の顔に近づくと、唇にそっとキスをした。
「ありがとう。妹尾さん。私、妹尾さんが、大好きです。好きです。本当に好きです・・・」
彼女は涙を流しながら、ベットに横たわる僕をそっと抱きしめる。
僕は、顔が真っ赤になっている。情けないが、高校生の彼女にしてやられた感じだ。
「あ、ありがとう。僕から、言おうと思ったのに、先に言うなんて、、、。酷いよ!美依由」
「もう!!!妹尾さんの意地悪!!!」
彼女も顔を真っ赤にして怒っている。僕は、彼女が生きているという事実にとても満足していた。こんな僕でも出来ることがあったんだ。そして、僕の前に出現してくれた伝説のライカに対しても心より感謝するのだった。
結局、僕は、左肩骨折の重傷で、一ヶ月ほど入院が必要のようだ。
だが、彼女は、数々の検査を受けたが、どこも異常がないようだ。本当に良かった。
湯河は、通報を受け、駆けつけた警察に逮捕されたと聞いた。彼の自宅にあるパソコンやスマホからは、これまで教鞭を取ってきた学校の女子生徒達との淫らな写真や動画が数多く出て来たようだ。しかも、奴は、海外サーバー経由でそれらを販売して、数千万の荒稼ぎをしていたことも分かった。
そもそも、薬を使って女子生徒を眠らせて淫らなことをするなんて、教師にあるまじき行為だし、人としても終わってる。本当に許せない。そんな奴から彼女を守れたことは僕にとって大きな自信となっていた。
「カッシャ・・・」
「「えっ!?」」
突然シャッターの音が聞こえた。二人とも顔を見合わす。
聞き間違えるはずが無い。この音は、ライカのシャッター音だった。
ライカからの写真は五枚で終わるはずなのに・・・。一体何だろう?また、何か起こるのだろうか?
僕は、彼女に頼んで、バックの中からノートパソコンを取り出して貰う。そして、電源を入れ、SDカードを差し込むと確かに一枚の写真データーが存在していた。
僕と彼女はもう一度顔を見合わすと同時にこくりと頷く。
僕は、その写真をダブルクリックした。
ゆっくりと開いたその写真には、僕ら二人がテーブルに座って、食事をしている場面が写されていた。マンションのリビングだろうか?テーブルの上には、結婚式で撮ったと思われる二人の写真が飾ってある。
そして、彼女の横には、子供用の椅子に座る幼い子供が眩しい笑顔を僕らに向けているのだった。
終わり。(東京都新宿)
時空を越えて貴方に伝えたい。 かずみやゆうき @kachiyu5555
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます