忘れられない日
いつのまにか、私の日記の大半は柊二君のことばかりになっていた。高尾山の出来事を記したページを読み返すと彼の温かい腕の温もりとあの日の恐怖とが蘇る。
高尾山で右足を痛めた私を、柊二君は自分の責任だとさらに気を使ってくれるようになった。例えば、「重いだろう?」と荷物を持ってくれたり、整形外科へ診察に行く際も、「一緒に行こう」と付き合ってくれたり・・・。
そして、忘れられない日が突然訪れた。
すっかり足が治った私に、「今日は、快気祝をしよう。夕食奢るよ!」と新宿にあるロシア料理店に私を連れてきた柊二君はいつもと違う様子に見えた。何故かとても緊張しているような・・・。
とても高級そうなお店だったので、割り勘でと言ったのだが、「家庭教師で教えている中学生が期末試験で過去最高の点数を取ったみたいで、臨時ボーナスが入ったんだよ。だから気にせんといてな」と言われたのだ。
サラダ、ボルシチ、ピロシキ、壺焼き、ビーフストロガノフ、、、次々と出て来る料理はどれも素晴らしかった。初めてのロシア料理に感動していた私は、もしかして料理に集中し過ぎていたような気がする。
そして、最後のデザートを食べ終え、紅茶を口に運んだ辺りで、柊二君のとても緊張している顔が目に入ったのだ。
すると、突然、「一緒に、、クリスマスを過ごそうよ」と彼は言ったのだ。
最初は全く意味が分からず柊二君の顔を見つめていたのだが、もしかして、それは凄く大事なことなのではないかと徐々に思い始めた途端、どんどん顔が赤くなっていった。
「あのさ、、意味わかってる?わかってるやんな?ずっと好きだったんだ。あの日、コンタクトを落とした時から」
「えっ」
「じゃあ、もう一度きちんと言うわ。君が好きなんだ。俺と付き合ってくれる?」
「うん。私もずっと好きやけん…」
あとは言葉にならなかった。
店を出た私達は、ゆっくりと手を繋ぐ。
二人の思いは一つになった。そして、それはとても自然なことだった。私は何とも言えない暖かい気持ちになっていた。
まだ帰りの通勤ラッシュではない時間帯だったのだが、新宿駅のホームは多くの人で埋まっていた。私達は手を繋いだままホームを歩いていく。
「山手線池袋方面の電車が入ります。ホーム内側の黄色い線までお下がりください」
ホームに緑色の電車が入ってくる。電車のライトが眩しい。
その時だった、私の背中を誰かが強く押したのだ。
「あー!!!!!」
「危ない!!!!」
気がつくと私は、電車ギリギリの所に倒れていた。
柊二君の手を握って無かったらそのまま線路に落ちていたかもしれない。
「香澄!!!どうした?なにがあったんや!!大丈夫か!!」
誰かが、、確かに、、私をホームから突き落とそうとした・・・・。
その時、私は思いだしたのだ。
昨日、午後十一時、久しぶりに声が聞こえたことを……。
「明日、山手線のホームは危険だ。行かない方がいい」
やはり、この声は私に降りかかる災いを未来から教えてくれている……。
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