第22節 -祈りの果てに見た褒賞-

 聖パウルス大聖堂の高祭壇の前で老男性は今日も祈りを捧げていた。

 外の騒ぎの影響を鑑みて、今日という日も完全に入り口は閉ざしたままである。


 どうしてこんなことに……


 湧き上がる感情は後悔一色。許されざる行いに加担した自分に残された道など祈りを捧げる以外にあろうものか。


「“罪がもたらす報酬は死である”」


 悪魔のような少女が言い放った言葉が己の心に重たくのしかかる。

 聖パウロに捧げられた大聖堂であるこの場所で言われたからこそ、その重たさは尚更であった。


 人間の苦悩には段階というものがある。

 発端、憤怒、後悔、観念だ。

 今自分は最後の領域に思考を委ねている。そして間もなく訪れるであろう諦念に向けて思いを寄せているのだ。


 信仰に身を捧げてきた自分が辿る末路。

 いや、きっと語弊があるだろう。信仰にこの身を捧げたというのは上辺の話に過ぎない。

 所詮は清廉なる信仰というものを、自らの心の弱さを覆い隠すための言い訳としていたに過ぎなかった。

 悪魔のような少女に簡単に見抜かれてしまったことを、当の自分自身が理解しようとしていなかったが故の過ち。

 彼女に利用されたというよりも、自分自身の弱さに負けてしまったのだ。


 老男性は祈りを終え、目を開けて頭上に目を向ける。

 そこには神々しい勝利の十字架が高らかと掲げられている。


「私には回心の余地などないだろう。罪と罰は全てこの身に受け入れなければならない。私にとっての勝利とは、過ちが裁かれることによって得られる魂の救済。その行いが彼女の手によってもたらされるものであるならば……」


 虚空に向けて呟く。宙を舞う言葉は誰の耳に届くわけでもない。

 これは彼にとって自分自身に言い聞かせる為の言葉であり、覚悟を示す為の祈りであった。

 過ちを犯したことに対する罰。罪がもたらす報酬。この世で最も神に近い存在より受ける裁き。

 祈りの果てにある〈死〉こそが唯一の救済であると。


                 * * *


 遠くから大衆の喧騒が聞こえる。

 午後1時を時計が示そうとする中、朝から続くカトリック派と福音主義派による対立デモ行進はプリンツィパルマルクト一帯はおろか、現在はドームプラッツ全体を巻き込むような形で広がりを見せているようだ。

 午後になれば状況が落ち着くだろうという当初の見込みは大きく外れた形であった。

 プロヴィデンスによる最新の予測演算の結果、このデモ騒動の終結は早くても午後3時頃という推定が出ている。つまり、あと2時間程度はこの騒ぎをかいくぐりながらの行動を余儀なくされるというわけだ。


 そうした状況の中、今後の目標と目的を定めたフロリアン達は聖十字架教会を後にし、北にあるアドベント教会へと訪れていた。

 今は教会へ訪れている信徒たちに向け、主祭壇近くでロザリアが対話を行っている最中であり、アシスタシアは周囲の警戒の為に入り口付近に待機している。


 フロリアンは新たな火種となるような不穏な動きがないかを常にヘルメスで監視しているが、今のところは特に問題はなさそうだ。

 ヘルメスから視線を外し、主祭壇付近で対話を行うロザリアを見やる。彼女のすぐ傍では事件における本質を聞いた信徒たちが一様に戸惑いを浮かべる様子が見て取れた。一部の者は絶句しながら口元を手で覆い、信じられないという表情をにじませている。

 次に視線をアシスタシアへと向ける。彼女は彼女でいつもと変わった様子はない。

 冷静沈着、従容自若。内心にある感情を一切表面に出すこともなく、落ち着いた様子で己の使命をただただ全うしている。

 美しく清廉なる信徒。彼女のことをよく知らない者であれば、しばし視線を釘付けにしてしまうほどの輝きはどこにいようと色あせることはない。


 この場においては何も起きる気配は感じられない。

 ロザリアの話が終わり次第、次の目的地へと向かっても差し支えはなさそうだ。

 次の目的地は少し西へ歩いた先にある福音教会で、その後はさらに北に位置するエキメニュズム・ルーカス教会を訪ね、以後は東南西北というように時計回りに付近を移動する予定である。


 フロリアンはこの瞬間にも考え事をしていた。

 昨日から今日にかけてはまともに物事を整理して思考する時間も余裕もなかったし、そういう状況でも無かった為、今この瞬間からこそがそうした機会であると感じたからである。

 まずは新しく得た情報も含めて、事実の整理と目的の確認を行うことにした。


 ミュンスター騒乱、或いはミュンスター暴動。

 今回の事件は、ネオナチズムを信奉する者達が大衆扇動を誘発する為の道具としてキリスト教宗派間対立を利用し、17世紀における三十年戦争の史実と関連付けて混乱を拡大したことから始まる。

 だが、彼らは端からカトリックと福音主義、その他の宗派対立を目的として考えてはおらず、その真の狙いはやはり民族共同体主義の主張と復興を掲げる為であるとみられている。


 事件はネオナチズム信奉者が中核を成すものである。だが、この一連の事件における本当の黒幕、仕掛け人はアンジェリカという少女であった。

 彼女は自らの異能である〈絶対の法〉などを駆使して生み出した〈ウェストファリアの亡霊〉と呼ばれる人形を操り、ネオナチズム信奉者のみならず、一般大衆の内に秘めた深層心理を対外に曝露させることで騒ぎを拡大していった。


 事件そのものは著名な食刻家であるジャック・カロの残した作品〈戦争の惨禍〉の内の特に大きな作品群〈大きな惨禍〉という18の食刻とテーマ、さらに日月星辰に関連付けられて進行する。

 4月初旬にヴェストファーレン・ヴィルヘルム大学において目撃された、多数の亡霊による〈軍隊の入場〉を手始めに動き出した事態は、彼女の思惑通りに進行し、〈戦〉に見立てた【旧市庁舎窓外放出事件】や〈略奪〉〈村の荒廃〉〈放火〉に見立てた【プリンツィパルマルクト暴行放火事件】を経て今日に至る。

 現状、プリンツィパルマルクトを中心として、ドームプラッツ全域で行われているデモ行進もジャック・カロの食刻〈盗人の群れ凱旋〉をモチーフにしたものと考えられる。

 事件は既にアンジェリカ自身が手を加える必要もなく、大事件の核心の引き金が引かれる時を待つのみというところまで状況を悪化させている。

 最後に、【大事件】の引き金となるのは宗派対立の混乱が全てネオナチズム信奉者によるものであるという事実の〈発覚〉である。

 自分達がネオナチズムの道具とされたことに対する怒りを抱くだろう信徒、加えて一般人によって極右思想を抱くものの特定と見せしめ、吊し上げという〈絞首刑〉の再演が始まり悲劇の連鎖は続いて行く……


 この大惨禍を食い止める為に、引き金となる〈発覚〉が再演されるよりも前に人々に情報伝搬を行い、事実の発覚がもたらされる瞬間の効力を無効化する。

 それが今ここで自分達が行動を起こしている理由だ。


 フロリアンは考えを整理し、考えを次の段階へと移した。

 見せしめ、吊し上げをキーワードとする〈絞首刑〉。遠い過去であれば言葉通りの内容と捉えることも出来るだろうが、おそらく今の時代では少し意味合いも異なってくる。

 インターネットの普及によるソーシャルメディアを通じた個人攻撃、中傷、侮辱も見せしめや吊し上げと呼ぶにふさわしい行為だ。

 そうした行為が対象の自殺を誘発したり、殺人にまで発展した事件など数えれば限りがない。

 アンジェリカの計画には、電子媒体による情報の拡散も含まれているに違いない。だとすれば、今自分達が行っている人海戦術に加えて、ある種の情報統制と監視も必要になるのではないだろうか。

 そこまで考えを巡らせたとき、後ろから唐突に肩を叩かれた。


 驚いたフロリアンが振り返ると、傍にはロザリアが佇んでいた。

「呼び掛けても気付かないほどの考え事をしていらしたご様子。思い詰めるのはよくありませんわ。」

 どうやら教会に集っていた信徒たちとの会話を終えて戻ってきたようだ。

 フロリアンは先ほど気付いた事実をすぐにロザリアへと伝える。

「ロザリア、事実の〈発覚〉はネットやメディアを通じても行うことが出来るはずだ。ソーシャルメディアやネットニュースの情報を監視した方が良いと思う。」

 すると彼女はにこやかに微笑みながら言った。

「さすがは機構のエースチームに所属なさっているお方。目の付け所が鋭いですわね。ですが、心配には及びません。その辺りのことについてはマリア達が何とかしてくれるでしょう。わたくしたちはアナログ担当、彼女達がデジタル担当。そういったところですわね。」

「そうか、それなら良いんだ。」

 既に対策が講じられていたことに驚きつつも、それがマリアによるものであるということが頭の中に引っかかった。


 これまでに得た情報、事実のほとんど全てはマリアからもたらされたものだ。

 努めて考えないようにしていた疑念が再び頭の中に湧き上がってくる。


 彼女は一体どういう人物なのか、と。


 ネオナチズム信奉者が事件に関与していることや、三十年戦争に基づいて事件が進行しているという事実は調査や知識で解き明かすことが出来る類のものだ。

 しかし、アンジェリカという存在についてはそうはいかない。

 疑う余地はない。マリアはアンジェリカという存在を知っている。その少女がどういった人物で、何が出来るのかも含めてである。


「ロザリア、ひとつ聞いても良いかい?」

 フロリアンの問い掛けに不思議そうな表情をしてロザリアは言う。

「えぇ、構いませんが。」

「貴女とマリーの関係について教えて欲しい。今回の事件の情報収集に関して、少し思うところがある。」

 するとロザリアは穏やかな表情を浮かべながらこう言った。

「以前から申し上げておりますように、良き友人ですわ。詳しくは、マリアから直接お聞きになってくださいまし。貴方様であれば、それも叶いましょう。」

 やや含みのある言い方だ。フロリアンはそう感じた。

 疑問に対する答えが解消されない中、間に割って入るようにアシスタシアが言う。

「ロザリア様、フロリアン、定刻です。次の目的地へ向かいましょう。」

 つい先程まで入口で佇んでいた彼女だが、いつのまに傍まで来たのだろうか。


 フロリアンはマリアのことについて、心の内で思う考えを呑み込んで頷く。

「そうだね。次へ行こう。」

 そうして、次の目的地である福音教会へと向かう為、ヴァチカンの2人よりも早く入口扉へと向かって歩き始めた。


 一方、フロリアンの後ろ姿を見やりながらロザリアは小さな声で呟く。

「隠されたものに露わにならぬものはなく、秘密が知られずに、明るみに出されぬものはない。」

 ルカによる福音書 第8章17節より、彼女が引用した言の葉をすぐ傍で聞いていたアシスタシアは、そう遠くない未来に全ての真実を彼が知る日が来るだろうことを確信した。


                 * * *


 遠くの喧騒は遥か、ホテルの室内に響く音は何もない。

 昼間だというのに光もろくに届かぬ暗い部屋の中で2人は静かに佇む。

 互いに言葉を発さず、己の意識に目を向けて思考の海をたゆたう。


 賑やかな姉妹達がこの部屋を離れてからどれほどの時間が経っただろうか。

 シルベストリス、ホルテンシス、ブランダの3人は昼食を取った後は少し運動がしたいということでフィットネスルームで軽く汗を流している最中だ。

 全員で昼食を取った後、マリアとアザミは真っすぐに部屋に戻ってきたが、以後はずっとこの調子である。


 空間を支配するのはどこまでも続く静寂。

 耳を刺激するような静けさが部屋を包み込む。


 そんな中、ついにアザミが口火を切った。

「マリー、尋ねても良いですか?」

「構わないよ。」

 椅子に腰掛け難しい表情で下を俯いたままの彼女は少し神経質な返事をした。

「単刀直入に聞きます。やはり彼のことを気に掛けていますね?」


 返事はなく、部屋は再び沈黙に包まれる。

 しばらくの後、軽く息を吐いたマリアは天井を見上げるように顔を上げて言った。

「アザミ。君と私がハンガリーで交わした会話を覚えているかい?」

「もちろん。『彼が全てを知る時が来れば、その時においては今のような楽しい会話は出来なくなるだろう。自分達の本当の所属を明かすことになれば、立場というものがそれを許さなくなる。』という話でしたね。」

「よく覚えているものだね。」

「わたくしにとっても、貴女にとっても5年半の歳月など大したものではありません。1週間前の出来事のように覚えていますとも。」

 アザミの言葉にマリアはようやく頬を緩め、彼女へ目を向けて言った。

「『それでも、彼は受け入れてくれると信じているさ。私が前に進むことを諦めてしまうわけにはいかない。』」

 マリアが過去アザミに伝えた言葉である。

「彼が貴女の正体に気付き始めていると、そう感じているのですね。」

「疑う余地はない。気付くように仕向けたのも私自身だ。私が彼にアンジェリカのことを知っていると匂わせた時点で、彼の中で疑念は確定的なものとなっただろう。加えて、彼は機構で日常的にイベリスと共に過ごす立場でもある。むしろ、気付くにしては想像していたよりも遅いくらいだよ。」

「それで、どうなさるおつもりですか?」


 アザミの問い掛けに対し、マリアは応えることなくすっと椅子から立ち上がり、真っすぐに窓辺へと向かいカーテンを少しだけ開ける。

 隙間から差し込む光が暗い部屋に一筋の線を描き出す。

 窓の外に広がる街並みを見渡し、しばし眼下で流れゆく車の流れを目で追いながら、マリアは考え事をしているようであったが、おもむろに言う。

 しかし、次に彼女が口にしたのは、いつになく自信の無い言葉であった。

「どうしたら良いのだろうね。未来が視えないというのは実に、実に不便なものだ。」

 そうしてアザミの方へ振り返って続ける。

「いや、どうする必要もないのだということは分かっているさ。先行きの見えない事柄に対して、私自身が勝手に不安を感じているに過ぎない。事象としてはそれだけのことだ。」



 オルティス家の末裔。リナリア公国の忘れ形見の1人。千年を生きる人外の者。

 フロリアンがその事実に触れた時、どのような反応を示すのかについて彼女は心を揺らせているのだろう。

 アザミは言う。「彼は、既にイベリスやロザリアといった人物達のことを承知しています。承知した上で彼女らと普通に接している。踏まえて、今になって貴女の真実を知ったからといって何かが変わるような人物ではないと思います。」

「私もそう思うよ。だからこそ、私はあの時に彼から差し伸べられた手を握り返したんだ。」

「彼は貴女の手を離すことはないでしょう。それでもやはり不安ですか?」

「拭いきれるほど強い心を持っているわけではない。隠しきれるものでもなかったね。今朝からの話し合いの最中、ホルスには私の心情を見事に見抜かれていたようだ。他者に感情を伝搬する才華は、他者の感情を己に伝搬することにも繋がる。取り繕ってはみたものの、姉妹達には知れてしまっただろう。」

「貴女は気付いてほしかったのでは?わたくしはてっきりそうだとばかり思っていましたが。」

「それは〈彼に〉かい?それとも〈姉妹達に〉かい?」

「双方です。一度捨て去ってしまった感情を再び心に抱いた貴女は、それを共有してくれる誰かがいてほしいと……そう思われたのではありませんか。」

「甘え方が下手なのだろうね。」

「言い出せないというお気持ちは理解します。何でも1人でこなしてしまう、貴女らしい話です。マリー。」

「悪く言えば他者を信用していないとも言い換えられる。悪い癖かもしれない。」

 アザミは立っている場所から1ミリたりとも微動だにせずに会話を続ける。マリアは窓辺から離れると、ベッドへ身体を投げ出して仰向けになった。


 このようなマリアの姿を見たのは久方振りだ。アザミは彼女をじっと見つめながらそう思っていた。

 ここ数年の間において、彼女は以前垣間見せていたような無邪気さをあまり表には出さなくなっていた。

 国際連盟 機密保安局を束ねる者としての重圧がそうさせているのだろうか。それとも、彼に対して〈完璧である自分〉をどこまでも徹底する為なのだろうか。

 内心までは理解の及ぶものでもないが、いつになく少女らしい側面を見せるマリアに対し、ある種の微笑ましさを覚えながら言う。

「たまには、貴女の方から彼に甘えてみてはいかがですか?彼もそれを受け入れるでしょう。いえ、語弊があります。彼はそれを望んでいるのではないかと。」

「フロリアンが?」

「今回の事件において、何から何まで情報を集め提供したのは他でもないわたくしたちです。貴女の言を借りれば、立場がそうさせるというものとなりますが、少なくとも彼はわたくしたちの立場を知る者ではない。情報を集める為に、貴女が危険なことに首を突っ込んでいると考える彼は、もう少し自分のことも頼ってほしいなどと思っているやもしれません。」

「妄想だね。」

「そうとも言い切れません。そうですね、事件が落ち着いた後にアー湖の水上バスを貸し切って2人でお話してみるのはいかがでしょう。」

「良い話だ。水上バス貸し切りはやりすぎとして、スワンボートを楽しむのは悪くない。」

 笑みを浮かべてマリアはそう言うと、ベッドから上体を起こして立ち上がりながら言う。

「しかし、その事件というものを解決する方が先だ。火遊び好きのレディーに水を浴びせる仕事が残っている。それに、彼についての話はあくまで私個人の問題だからね。優先すべきものを間違えてはいけない。」

「来るべき時に備えて、十全に動くことが出来るようにする用意は決して悪ではありません。マリー、貴女が担う〈大仕事〉を全うする為に、いずれゆっくり休養なさるということは大切なことです。」

 アザミはマリアが姉妹達に伝えた言葉をほとんどそのまま引用して言った。

「違いない。」

 自身の言葉を否定は出来ない。マリアは軽く微笑みながら言ったのだった。


 気持ちをほぐした様子のマリアを見て安堵したアザミは、続いて気を引き締めながら重要なことを進言する。

「それとマリー。事件に関連して彼のことを気に掛けていらっしゃるのであれば、彼にアンジェリカが接触を試みるという点も改めて懸念しておかなければなりません。」

 しかし、その意見に対するマリアの答えは実にシンプルなものであった。

「心配には及ばない。何と言ってもロザリーが傍にいるのだから。」

「此度はやけに彼女のことを信用なさるのですね。どのような風の吹き回しですか?」

「何、単純な話だよ。私達が一つに団結する為に“共通の敵”が現れている。その間だけは手放しで彼女のことを信用しても良い。それだけのことさ。それに、フロリアンという存在はロザリアにとって、私を御する為の切り札でもあるのだろうから、彼女が彼を傷付けることもないし、彼が傷付くような状況で彼女が何もしないはずもない。」

 そこまで言うとマリアはアザミの正面で向き合い、しっかりと目を合わせて言う。


「加えて私は、誰よりも深く彼のことを信じているからね。」


 先程まで輝きを失いかけていた、マリアの宝玉のような赤い瞳は、今や眩いばかりの美しさを湛えている。

 絶対の信頼。言葉などでは言い表すことの出来ない強い結びつき。

 フロリアンという青年が、周囲から見た自分にとってどのような存在であるのかも踏まえた上で、彼女はその全てを受け入れている。

 アザミはマリアと彼の間にあるものを感じ取ると同時に、5年半前と同じく“それがある限り何も心配いらないだろう”という不確かだが確実な安息を得るのであった。



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