第4節 -天使と悪魔-
カフェのオープンテラスで起きたカトリック教徒と福音主義教徒の小競り合いは、警察の介入の末に何も被害を出すこともなく治められた。
一時騒然となった現場では、未だに多くの人々が口々にことの経緯がどうであったかを囁き合う声でひしめき合っている。
そんな中、黒のゴシックドレスに身を包んだ少女は華やかな装いの3人の少女を連れてカフェのオープンテラスで優雅にコーヒーを楽しんでいた。
立ち上る蒸気と尽きることのない会話。騒動の余韻が残る周囲の様子など全く気に留めることなく4人は賑やかな時間を過ごしている。
「そしたらトリッシュは何て言ったと思います?」桃色髪の少女がうっとりした表情をマリアに向けて言う。
「ホルス、その話を引っ張るのは……マリア様もお気になさらず。」冷静な表情のままスノーホワイトの髪色をした少女は言った。
「えぇ~いいじゃん、いいじゃーん☆ ね!ブランダもそう思うでしょ?」
「あれは、その前に、ホルスが……」話を振られた青い髪の少女が遠慮がちに言う。
3人の様子を眺めながらマリアは微笑んだ。
賑やかだ。まるで天使たちが雑談をしているようだとマリアは思った。
彼女達は遠い昔、マリアが養子として引き取った子供達で、三つ子の姉妹である。三卵生双生児である彼女達は容姿や性格もまったく異なるが、姉妹の絆はとても深く強く、お互いのことをそれぞれ完璧に理解し合っている。
先程からトリッシュと呼ばれている、物静かで非常に大人びた雰囲気を放つ白い髪色の少女が長女のシルベストリス・クリスティー・アネモネアである。
続いてホルスと呼ばれ、一番賑やかでバリーガールといった様相の桃色髪の少女が次女のホルテンシス・クリスティー・アネモネア。
最後に少しおどおどした印象の青い髪色の少女が三女のブランダ・クリスティー・アネモネアだ。
3人に共通する特徴は、全員がヘアアレンジに三つ編みを取り入れていることだが、これは三位一体、つまり【3人でひとつ】を表すための絆の証でもある。
そんな姉妹達がマリアの元に引き取られた経緯は、今から16年前に遡る。
*
元々、彼女達3人は難民であった。身近で繰り返される戦火から逃れる為、まだ生まれてそう年月も経っていなかった彼女達を連れた両親は他国への受け入れを求め祖国を離れたのだ。
全ては娘たちの未来の為、平和と安定と自由を求めた末の結論であった。
しかし、現実は残酷だった。西暦2020年に世界中で猛威を振るった新型コロナウィルスに両親とも罹患。重度の肺炎を患いそのまま帰らぬ人となってしまう。これは姉妹たちが2歳の時である。
不幸中の幸いというべきか、新型コロナウィルスに罹患しなかった三姉妹は難民収容施設に引き取られ、里親になってくれる人や養子にとってくれる人を待つ身となった。
だが、そもそも難民の集いである施設でそのような人物がそうそう現れるわけがない。国境という壁がある以上、施設を監視する職員も彼女達を引き取るということは出来なかった。
3人は成長するまで自由など保障されない施設の中で暮らすことになるのだろう。祖国も知らず、国籍も持たず、両親もいないという環境の中で3人きりで生きていかなければならないのだ。
同じ難民の人々や、施設で働く多くの人々が彼女達に憐みを抱きながらも、状況をどうにも出来ないまま半年の月日が流れた。
しかし翌年、西暦2021年。収容施設を訪れた2人組によって3歳となった彼女達姉妹に転機が訪れる。
『この子達を引き取りたい。』1人の“少女”が確かな口調ではっきりと言った。
彼女の対応に出向いた施設の職員は驚いたと同時に訝しんだ。見た目はせいぜい15~16歳といったところの、まだ年端もいっていないように見える少女が3人の子供を引き取るだって?
少女の隣には黒いベールで顔を覆った長身の女性の姿もあった。身に纏う服や、美しい見た目からすると貴族気取りの金持ちか何かかもしれない。
こういう奴らの考えることは理解出来ないものだ。
そう思いつつ、同時に子供に話しても意味はないと感じ、職員は言葉を発した少女ではなく、彼女の保護者と見られるその女性へ事務的に言った。
『彼女達は難民の子です。申し訳ありませんが引き取られるというお話であれば、相応の手続きというものが必要となります。失礼ですが、まずは貴女がたのIDを確認させて頂いても?』
すると長身の女性ではなく、先程の少女が職員に怪訝そうな目を向けて言った。
『ID?あぁ……こちらこそ失礼をした。私達はこういう者でね。』
職員は苦々しい表情をしたまま少女が差し出したIDカードを受け取り、その内容を手持ちの装置でスキャンして確認する。
なぜそんな表情をする?以前に、お前には話しかけていない。
悪戯のつもりか?余計な仕事を増やすだけならさっさと帰ってほしいものだ。
そう思った職員であったが、IDを読み取った装置が映し出した内容を見て一瞬で背筋が凍り付いた。
自分の目を疑いもしたが、装置が映し出す内容は見間違いのない事実だ。顔から血の気が引き、全身が小刻みに震えだす。
震える手で少女へIDカードを返し、彼女の宝石のように美しい赤い瞳を見つめ、深々と頭を下げながら返事をした。
『クリスティー様、大変申し訳ございませんでした。すぐに手続きを進めさせていただきます。この子達を……どうか宜しくお願い致します。』
職員の確かな言葉を聞いた少女は満足そうな笑みを浮かべて返事をした。
『幸せな人生を歩ませると約束しよう。』
*
あの日から16年。西暦2037年現在、健やかに成長を続けた彼女達は19歳となった。
目の前で楽しそうに会話を繰り広げる三姉妹にマリアは目を細め微笑んだ。
三姉妹の会話で賑わう中、向こうから黒のゴシックロングドレスを身に纏った長身の女性がテーブルへと近付いてきた。
彼女に気付いたマリアが言う。「おかえり、アザミ。情報の収穫はあったかい?」
アザミはマリアの隣に座ると、今しがた仕入れたばかりの情報を周囲の人々に分からないように、スイス第4公用語であるロマンシュ語を用いて小声で彼女へと伝える。
「はい。今しがたこの場で起きた事件について詳細な情報の確認が取れました。先の口論と小競り合いはカトリックを信仰するという男性が福音主義派の男性を挑発したことに端を発するそうです。」
「立て続けに起きている事件で皆が神経を尖らせている。それは針で少しつついただけで爆発するほど膨れ上がった風船のようなもの。それを承知の上で、わざと対立を煽ろうとする者がいたというわけか。」アザミに合わせてマリアもロマンシュ語で返事を返した。
「福音主義派の男性もそれを承知し、最初は無用な争いをしない為に我慢していたそうです。しかし、執拗に挑発を繰り返す相手に耐え切れなくなり激昂。」
「やがて仲裁をしようとした多くの人々まで巻き込んでの小競り合いに発展。警察が介入する騒ぎとなった。」
「その通りです。しかし、不思議なことに多くの人々が集まった後、最初に挑発を繰り返した人物は忽然と姿を消してしまったようです。」
アザミの報告を聞きながら、マリアは手元のコーヒーを一口ほど飲み静かにカップを置く。
「そうか。」そう言うと、今度はシルベストリスへ視線を向けて言った。「トリッシュ、この場所で新たに事件が起きる可能性はどの程度か予想できるかい?」
シルベストリスは質問に対して冷静に答えた。「限りなくゼロに近いかと。そして、アザミの報告にある最初に挑発を行った人物については既に“存在そのもの”が知覚出来ません。元々、この世界に存在し得ないものだったとしか。」
「なるほど。諍いを起こすためだけに用意された傀儡。そんなところか。」意見を聞いたマリアは言い、シルベストリスは頷いた。
話を聞いたホルテンシスが言う。「へぇ、よく出来たお人形さん?うーん、そんな複雑な行動が可能なお人形さんを作ることが出来るのってお話に聞く総大司教様だけなのでは?」
「いや、単純なミスリードだね。ロザリアのことを深く知る者に、彼女の仕業であると誤認させるよう仕向けただけかもしれない。」マリアが言う。
「そっかー。私達3人はまだ彼女と面識がないからぴんと来なかったけど、マリア様がそう言われるなら間違いないねー☆」
隣からアザミが言う。「総大司教ベアトリスを知る者なら、彼女が決してそのような行動には及ばないということにも併せて理解が及びます。故に厳密にいえば、本来はミスリードにもなり得ない小細工。いわば悪戯感覚に近いもの。彼女に対する当てつけ、皮肉、そんなところでしょうか。」
「うっわー、陰湿~。ぁたしちゃんには理解できない発想。」口元に手を当て目を潤ませながらホルテンシスは言った。
そんな中、話の流れで“あること”に気付いたブランダは言う。「彼女を深く知る者に……?ということは、そのお人形さんを作った本人は、敢えて“総大司教様を知る人”に向けて、メッセージを送ったことになる。この場所に、そんな人いるわけない。つまり、私達のことを知っている、のかな?」
「そうだね、ブランダの言う通りだ。向こうは私達を意識していることに間違いはないだろう。取るに足らない挑発と言って良い。つまらない人形を送り込んだ犯人の目星はついているし、むしろ彼女以外に有り得ない。大きく言えば、この一連の事件についてだっておそらくは。」マリアはブランダの意見に同意して言った。
両手を頬に当て、テーブルに置いたアイスラテをストローで吸いながらその話にホルテンシスが頷く。
「なーる。そんな神がかったことを容易く出来る子が他にいるなら、もう事件の黒幕さんは決まったも同然だねー。」
「あぁ、黒幕の正体についてはもう何を調べる必要もない。ここまでの情報だけで犯人の姿は確定的になった。天使のような名を持つ悪魔、とでも形容しておこう。あまり君達を近付けたくない人物だ。……だが。」
そこまで言うとマリアは三姉妹へとしっかりと目を向けて続けた。
「神出鬼没という言葉がよく似合う彼女、又は彼女が残す痕跡や事件の手掛かりを探し出すためには、どうしても君達の能力〈ちから〉に頼らざるを得ない。トリッシュ、ホルス、ブランダ、私に力を貸してくれるかい?」
マリアの言葉を聞いたシルベストリス、ホルテンシス、ブランダは順に返事をした。
「何をおっしゃっているのです。私達は心の底から貴女様をお慕いする者。貴女様の為であれば何だっていたします。」
「もっちのろん☆マリア様の為なら地の果て海の果て宇宙の彼方までお供しますとも♡」
「私も、力になるから。マリア様の役に立てるなら、何だって言ってほしいな。」
三姉妹の返事を聞いたマリアは優しい笑みを湛えて言った。
「ありがとう、私の天使たち。」
* * *
この世界がまだ現在の形にはほど遠かった頃の話だ。
神による天地創造により光と闇が生まれ、空が生まれ、地上は大地と海に分かれ、そこには植物も生まれた。しかし、この時はまだ空には何も存在しなかった。
欧州に古くから伝わる伝承によれば、創世神話の天地創造における3日目が終わりを迎えた翌日、キリストが空に撒いた泥や砂が神の祝福を受けたことによって太陽と月、そして銀河は生まれたという。
これが信仰世界における〈天体〉の始まりだと言われている。
創世神話、天地創造における第4日目のことである。
キリストが天に投げた月は彼の復活の象徴として空に輝いている。
だがそれは狂気の象徴でもある。太古の昔から人々を混沌へと導く魔の光と呼ばれてきた。
アルベール・カミュの戯曲の中で「おれは月が欲しい」と言い放ったローマ帝国の皇帝もその象徴的な人物であると言えよう。
キリストによって投げられ、神の祝福によって固定されたと言われる月は、以後の世界で人々の心に大きな影響を与え続けている。
何の因果か、ローマカトリック教会の総本山、サンピエトロ寺院前に広がるサンピエトロ広場には、狂気に憑りつかれたローマ皇帝の手によってもたらされたと言われる記念碑〈オベリスク〉が今なお天高く聳え立つ。
「あなざーみぃ、でぃふぁれんとみぃ、あるたーえご、あんじぇりか、あんじぇりか。」
両手を広げながら桃色の髪色をしたツインテールの少女は言った。両手を広げ大地を蹴ってくるくると回りながら楽しげに笑う。
「私は貴女で、貴女は私。とても楽しい、とても楽しいわ。これから起きる出来事を想像しちゃうとワクワクが止まらないの。」
ヴェストファーレン・ヴィルヘルム大学の広大な敷地の中央で、誰の目にも映ることのない少女は高らかに言う。
「貴女はどう?アンジェリカ。貴女は、楽しい?そうね、一緒に作りましょう。そして一緒に眺めましょう?“私達が望んだ景色”を。綺麗に燃え上がる、世界にとって最高の終わり方を。うふふふふ、きゃははははは!」
誰にも聞かれることはない無邪気な笑い声。見開かれた目には仄暗い狂気が宿されているようだ。
楽しそうに笑い続ける少女はこれから起きる残酷な惨劇を予兆するような言葉を残し、やがて紫色の煙が解けるようにして一瞬でその場から姿を消し去った。
* * *
フロリアンとロザリア、そしてアシスタシアの3人はパブロ・ピカソ美術館の階段を下りてケーニヒス通りへと出た。
外の冷え込みが徐々に強くなる夕暮れ前、時刻は午後5時を指そうとしている。
お茶を楽しんだ後、オープンテラスから移動を始めたロザリアが真っ先に向かったのがこの場所であった。
カフェのすぐ傍から伸びるガイスベルク通りを歩いて3分の距離にある美術館は名前の通り、世界中でその名を知らぬ者はいないといえる画家〈パブロ・ピカソ〉のグラフィック作品の展示をしている。
館内の階段から下を見下ろせば、美術館前の広場の敷石にピカソの顔が浮かび上がることでも有名だ。
裏手にはショッピングモールやカフェがあり、美術展示を心行くまで楽しんだ後はすぐに、そこで団らんのひと時を過ごすことができるという少し変わったところでもある。
最初に訪れた行きつけのカフェを後にした午後2時頃から、今の今まで美術館やショッピングモール、2度目のカフェを彼女らと共にしたフロリアンは少しばかりもどかしい気持ちを感じ始めていた。
本来、この地に自分が訪れたのは機構の正式な調査任務の為である。しかし、彼女達と共にしていることとは言ってみればただの観光だ。
共同調査である以上、協調が必要であるという認識から様子を窺うという意図ももって行動を共にしているが、そろそろ意図や目的、理由を問わなければならないだろう。
これは一体どういうことなのか、と。
美術館の階段から通りへと降り立ってすぐにロザリアが言う。
「この時間を過ぎるとやはり冷え込みますわね。この地の春の訪れはまだ少し先になるのでしょうか。」
調査に関して特に気にする様子も見せない彼女に対し、フロリアンは素直に思っていることを伝えた。
「ロザリア、ひとつ確認したい。僕がこの地に来て、貴女がたと行動を共にするのは亡霊と呼ばれるものの真偽確認の為であるはずだ。」
「えぇ、その通りですわね。」悪びれる様子もなくロザリアは笑顔で返事をする。
「でもここまでの行動を振り返ると何一つとして調査らしいことはしていない。ただ観光をしているだけのように思える。何か理由があってのことなのか、その真意を聞いておきたい。」
もどかしさを感じているのは事実だが、特に彼女達を責めているわけではない。何か理由があるのであれば正直に話してほしい。そういった意味合いもある。
するとロザリアは言った。
「“ただの観光”も時には重要ですわ。わたくし共と貴方様との協力関係を構築する上で、まず何よりも築いておかなければならないものは信頼関係。特に、貴方はわたくし共について他者が決して知り得ないほどに深い知見をお持ちですもの。だからこそ、少しわたくしとアシスタシアの“日常”というものを知って頂きたかった。」
「それはそうだけど。」
「ふふ、現にこれまで行動を共にする中で、意外だ……などと思ったこともひとつやふたつではないでしょう?そういった先入観に基づく誤った認識というものは早めに正しておくべきですわ。“特に今回は”。」あくまで笑顔を崩すことなくロザリアは言う。
フロリアンは最後に彼女が強調した言葉が気になった。「今回は?」
「さて、そろそろ頃合いですわね。次の目的地へ参りましょうか。」質問に答えることなくロザリアはそう言うと歩みを進める。
隣で会話の成り行きを静観していたアシスタシアも特に言葉を発することもなく彼女の後についていく。
やはり意図は掴めない。結局もどかしさが拭えないままフロリアンは彼女達の後についていくこととなった。
ロザリアは行き先を告げることなく旧市街地であるローテンブルクを通り抜け、ヨハニス通りを越えたところで進路を木々に囲まれたアー川沿いの小路へと向けた。
このまま道なりに進めばミュンスター司教区の建物、司教館の裏へ出るが、そこが目的地というわけでもないだろう。
特に何を話すこともなく淡々と歩き続ける彼女にフロリアンは言った。
「ロザリア、今からどこへ向かうんだい?」
夕暮れ時にしてはやけに暗く感じる小路。なぜか周囲には通行人の姿が1人も見当たらない。
静かすぎる。大通りの喧騒すら聞こえない。
辺りの様子がおかしいことを気にかけながら、フロリアンが周囲を見渡していると、ロザリアがおもむろに足を止めて言った。
「この辺りで良いでしょう。アシスタシア、少し周りを見ていてくださいまし。」
「承知いたしました。」アシスタシアが言う。
「ここに何かあるのかい?」2人のやり取りを見てフロリアンは問う。
すると彼女はフロリアンの質問に答えることなく別の話を切り出した。
「フロリアン、貴方は今回機構の上層部からの指示でこの地を訪れ、今わたくし達と行動を共にしている。言い渡された調査内容は〈ウェストファリアの亡霊〉と呼ばれる怪奇現象の真偽確認。そして、この依頼はヴァチカン教皇庁より機構へもたらされたものである。間違いありませんわね?」
ロザリアはフロリアンへ視線を向けて淡々と“事実”を話した。彼女の話にフロリアンは頷く。
「本来はひとつのチームとして調査に臨むべき案件。しかし、元々マークתの皆様はイングランドでの調査が先行で決まっていた。故に、結果としてこの地に派遣されたのは貴方様ただお一人だけとなる。そう、機構のセントラル1は他の小隊も多く抱えているというのに、それを無視して“なぜか貴方様に白羽の矢が立った”。」
「君達の素性を知っているから選ばれた。そのはずだけど、他に意味があるのかい?」ロザリアが何を話したいのかいまいち呑み込めないフロリアンは言った。
「全体における半分ほど正確といったところですわ。端的に申し上げれば適任者。言い換えれば、機構という巨大な組織の中でも此度の調査において対応できる隊員が“貴方様しかいなかった”ということですわ。イングランドの問題も同じこと。あちらもあちらでやはりマークתというチームでなければならなかった。白羽の矢が立ったのは、機構を統べる彼の意思ではなく、元々は我々の要望に基づくものですわ。」
「適任……対応できるのがマークתだけ?」フロリアンは嫌な予感をひしひしと感じながらも心で思っていることは敢えて言わずにいた。
総監からは、ロザリアとアシスタシアという特異な人物と行動を共にするのなら自分という人間が一番適任だろうということで送り出されたが、今の彼女の言い回しからすると他に何か別の意味や意図があると断言しているに等しい。
「先程、美術館を出た時に“ただの観光をする目的は何か”と問われましたわね?理由は既にお伝えしたように、わたくしどもの普段の姿をもっと知って頂きたかったということ。」
「そのことが調査に関係すると?」
「直接的に、というよりは間接的に。先におっしゃったように、貴方はわたくしたちの素性を知る人物としてこの地へ送り込まれてきたわけですけれど、わたくしたちとしては少々考え方が異なります。観光の意図をと問われれば、それは亡霊事件を含み、この一連の宗派対立を“企てた人物”の掌で踊らされないようにするための対策と申し上げましょう。それは即ち“貴方様の命を守ること”に繋がります。」
「ロザリア、もっと具体的な話を教えてほしい。」いつもの余裕を湛えた笑みではなく、真剣に話す彼女の様子を見て湧き上がる不安を押しとどめながらフロリアンが言う。
すると、ロザリアはフロリアンの耳元に顔を近付けてこう囁いた。
「もうお気付きでしょう?フロリアン、貴方はカフェで“彼女の姿”を視界に捉えましたわね?」
彼女の言葉を聞いたフロリアンは自身の予感が悪い意味で的中したと悟った。
日常的とは程遠い、現実世界から隔離されたような周囲の状況も相まって背筋に寒気が走る。
“天使のような悪魔”
ロザリアが声を殺し囁くように言った“彼女”とはアンジェリカという名の少女を指す。
その少女と初めて遭遇したのは昨年、〈聖母の奇跡〉事件の調査でマークתがミクロネシア連邦の地を訪れた際のことだ。
ドールのように均整の取れた美しい容姿。12歳~13歳くらいの見た目の少女で、桃色の髪をツインテールに結い、その瞳は世にも珍しい宝石のように澄んだ紫色をしていた。
一見しただけでは悪意を微塵も感じさせない無邪気で愛らしい子供だが、内に秘めた禍々しいまでの狂気はまるで底が見えない恐ろしさがある。
アンジェリカ・インファンタ・カリステファス。
彼女は千年の時を優に越えて生き続けている、本来この世には存在し得ないはずの人間だ。
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