第21節 -人海と人形-
「以上がこれよりわたくしたちが行動すべきこと。その全てですわ。」
話し合いを開始しておよそ2時間が経過していた。
ロザリアは自身が得た情報の全て、及びこれから2日間における行動指針をフロリアンを伝える。
「足を使った作戦ということだね。それなら僕達機構がもっとも得意としている分野だ。」
「まぁ、頼もしいお言葉。頼りにさせて頂きますわ。」
フロリアンの返事に穏やかな笑みを浮かべてロザリアは言った。
「ただ、教会に集った人々に事情を伝える役回りは君達の方が適任だと思う。僕が力になれるのは主に危険予測と不穏な動きをしている位置の特定に限った話になるだろうからね。」
「十分でございます。貴方様の持つその機械。機構ではそれを確かヘルメスと呼んでいましたわね?神の意思を伝える“神々の使者”。その名を冠する機材にも助けて頂かなければ。」
「任された。善処するよ。ところで今からすぐに動くつもりかい?」
「そうですわね。早ければ早いほど良いのでしょうけれど。フロリアン、今朝のニュースはご覧になりましたか?」
「もちろん。」
「であれば、聖ランベルティ教会前の現状はご覧になったはずです。あの騒ぎの最中に飛び込むなど得策とは言えません。ここから出歩くとして、わたくしたち3人が動き出すのは本日の正午辺りからで良いでしょう。デモを終えた参加者、又はデモに思うことがある信徒たちは皆一度は教会に足を運ぶでしょうから。そこを狙って参るとしましょう。」
「了解。じゃぁ、あとはどういう風に動くかというところだけど。」
フロリアンはスマートデバイスのホログラムモニターに表示したミュンスター全土の地図にヘルメスをかざす。そして3人が各教会を巡って行動をした場合にかかる時間の予測演算を行った。
「全教会を巡りながら目的を達するとなれば、どれだけ早く見積もっても2日以上はかかる。3人全員がばらばらに動いたとしてもだ。1人が徒歩で行動できる範囲なんてミュンスター全域の面積から考えればたかが知れたものだ。タイムリミットまでに目的を完遂することは不可能に近い。それをどう解決するかが課題だと思う。」
「個別に動くことは推奨できません。まとまって動かなければ個々の持ち味も活かせぬというもの。それに何より、3人が離れて行動することは大変な危険を伴います。特にフロリアン。貴方は明らかにアンジェリカから目を付けられています。」
アシスタシアが進言する。フロリアンは首を縦に振り、しっかりと頷いて言う。
「そうだね。アシスタシアの意見に賛成だ。それに対話と説得はロザリアが、脅威からの防御はアシスタシアが、情報収集と行動指示は僕が行うのが一番効率が良い。だからこそ時間との勝負をどう片付けるかを決めることが重要だね。」
「遠方の教会をどうするのか。そういうことにございましょう?それならお気になさらなくても大丈夫ですわ。既にドームプラッツから最遠距離の位置に該当する教会へは話をしてあります。」
「何だって?既にいくつか教会を回ったのかい?」
「まさか。まだわたくしたちは一つの教会も巡っておりません。」
余裕の表情を浮かべるロザリアに、フロリアンは怪訝な表情を示して言う。
「それじゃ、どうやって?」
「あら?わたくしは“3人が動き出すのは”と申し上げたはずですわよ。お忘れになったわけではないでしょう。わたくしの力を。」
遠回しに言うロザリアの真意を悟ったフロリアンは深く頷いた。
「なるほど、貴女らしい物言いだ。」
「試すつもりなどはないのですが、慣れて頂けたようで何よりですわ。」
「帰ったら准尉に報告しておきましょう。准尉が警戒している方は、実はとても気さくで茶目っ気のある方であると。」
准尉という単語を聞いたロザリアの眉がぴくりと動く。あからさまにやや渋い表情になっている。
ロザリアは軽く咳ばらいをした。フロリアンはそんな彼女の様子を微笑ましく眺めながら、脱線しつつある会話を戻す。
「人形。僕達が本隊だとすれば、以外に既に別動隊を動かしていたという解釈で間違いないね?」
「はい。人形が巡った協会は、数にしてミュンスター全域に存在する教会の内4分の1といったところです。幸いにも距離の遠い地域、及び教会へ事件が及ぼしている影響力は中心地であるドームプラッツ周辺と比較すれば僅かなものでしかありません。アンジェリカの目論見ではデモが拡大していく本日以後に一気に遠方まで騒ぎを拡大させるつもりなのでしょうが、先に対処させて頂きました。こういうものは外堀から埋めるのが常套ですものね。」
「文字通りの人海戦術。さすがだ。ちなみにどこの教会を対象にしたのか教えてくれるかい?行動ルートの再検証をする要素にしたい。」
フロリアンが言うと、ロザリアはホログラムモニター上に点在する教会をひとつずつ示して言った。
指されるがまま、フロリアンは各教会を目的遂行対象から外していく。
「残っている場所を元に、ロザリアの人形たちの動きも加味した上で行動ルートを探り出そう。」
ヘルメスは与えられた情報を元に、核である機構の情報処理基幹システムにアクセスし予測演算を開始する。
フロリアンがルート選定開始を指示して待つことおよそ1秒弱。
午後から3人が辿るべき合理的なルートの提示が行われた。
示された内容を見てフロリアンは納得できる結果だと確信した。
「妥当な線だと思うけどどうだろうか?」
「素晴らしい案だと思います。」
「異論はありません。」
ロザリアとアシスタシアも同意を示す。
「決まりだね。まずは北にある3つの教会を訪ねて行こう。最初はプリンツィパルマルクトから少し離れた方が良いだろうし。」
目標はクロイツヴィーエテル地区にある教会群だ。聖十字架教会の北に2つの教会が並び、さらに北に目を向ければ別の教会がある。
聖パウルス大聖堂を中心とするドームプラッツ、その周辺地域だけでも聖ヨハネ教会などをはじめとして20を超える教会群があるが、まずは事件中心地から離れた位置から回り、最後に中心地へ戻ってくるというルートを選択した。
3人は互いに視線を重ね静かにうなずき合う。今日という1日にすべき目的が定まった瞬間であった。
時刻は午前10時を指している。行動開始まではしばらく余裕がある時間だ。
ロザリアは手元の時計に目を落として言う。
「正午までは時間がございます。現在の聖ランベルティ教会から聖パウルス大聖堂の状況を少し把握しておきましょう。わたくしの放った人形が常に状況を監視、記録しております。メディアによって脚色された情報を眺めるより正確な現状把握が出来るはずですわ。」
そう言うとフロリアンのスマートデバイスに、あるコードが記載されたデータを送信した。
「そのコードを実行してくださいまし。貴方様であれば、後のことは語るより触れた方が早いでしょう。」
彼女に言われた通りにフロリアンは受信したコードを実行し、アプリを立ち上げた。
するとそこには現地にいる人の目から見た情景がはっきりと映し出された。
罵り合う声も響く中、カトリックと福音主義に分かれた人々が互いに対しての感情を爆発させながら行進を続けている。
福音主義派の人々は聖ランベルティ教会から聖パウルス大聖堂を目指して行進を続け、カトリック派はそれを迎え撃つような構図だ。
「酷い有様だね。ずっとこの地で暮らしてきたけど、こんなことは初めてだ。学びを得ようとする学生たちで賑わう穏やかな場所だったのに。」
フロリアンは生まれ故郷の惨状を目にして思わず嘆いた。言葉では言い表せない感情が込み上げてくる。
その後、映像をスワイプすることで別視点からの映像に切り替えられることに気付き各地点の現在状況にじっくりと目を通す。
どこから見ても惨状が変わるわけではない。大衆で溢れるプリンツィパルマルクト。周囲を取り囲む警官隊と緊急車輌の青色灯が緊迫した状況に拍車をかける。
故郷の惨状に深い悲しみを浮かべるフロリアンを横目にロザリアは言う。
「余談ではありますが、騒ぎの中でアンジェリカの姿を捉えることはできておりません。しかしながら、騒ぎが継続している間はあの子も付近から状況をつぶさに観察していることでしょう。故に、この状況が続く限りはわたくしたちに直接的な危機が及ぶことはないと言えます。」
「午後から行動する間もドームプラッツの状況に気を配れ、ということだね。」
「はい。今、遠方の教会を人形たちが順次回っております。状況の報告も上がってきておりますので、そちらも勘案しながら動き出すタイミングを見計らうといたしましょう。」
個人の感情に立ち入らない。共感を示すでもなく、怒りを示すでもなく、慰めの言葉を送るわけでもない。ロザリアが敢えてこの惨状に触れなかったことは、彼女なりの気遣いの表れであるとフロリアンは感じ取った。
「了解。」
フロリアンは短く返事をすると、プリンツィパルマルクトで起きている大きな惨禍に再び見入った。
* * *
窓枠に腕を乗せ、退屈そうに上体を前に投げ出しながらアンジェリカはデモの様子をじっと眺めていた。
時刻はちょうど正午に差し掛かろうかという時刻だ。
「誰も来ないじゃない。うーん、てっきりお兄ちゃんたちは来ると思ったんだけどなー。期待外れ。あの女、自分達の代わりにあんなお人形さんを何体も置物にしちゃってさ?」
退屈の原因は予想外の肩透かしを受けたことによるものであった。
「未来視が出来るといっても、ロザリアにもマリアにも、そしてなぜかお兄ちゃんにも通用しないし。昔から……ううん、ハンガリーの時から不思議だったんだけどさ。それはともかくとして、来るかどうかも分からない人たちを待つって、今みたいに期待を裏切られた時が辛いんだよね。」
アンジェリカは大きな溜息を吐きながら頬杖をつく。もはや代わり映えしない景色と化している聖ランベルティ教会前広場の様子を見下ろしながら、ロザリアが配置した人形に目を向ける。
「あれ、消しちゃってもいいけど、さすがに目立つか。あんな目立つ場所に置かれるとかえって手が出せないっていうか。それに、あの女のことだから何仕込んでるか分からないし。」
独りで小言を並べながら晴れることのないもやもやした気持ちを内に抱える。
「仕込み……仕込みといえば、マリアの動きがまったく掴めないのも気になるのよね。何を企んでいるのか知らないけど。見慣れない子達を3人連れていたけど、何なのかしら。」
そう言って、再び小さな溜め息をついたアンジェリカは、いよいよ窓の外から視線を外し、部屋の中にくるりと振り返って背伸びをしながら大きなあくびをした。
小さい華奢な体をのびやかに、しなやかに動かし、自身の今の気分を隠そうともしない彼女の様子は、さながら退屈を持て余した猫のようである。
それから2、3歩ほど部屋の中心に向かって歩くと思い立ったように言う。
「ま、いっか。ここまで来たら私が何の干渉をしなくたって勝手に事が運んでいくんだし。この事件を止めるだなんて無理な話。それに、18の秘蹟は企ての全てを完遂させる必要もない儀式だもの。」
ふと口元を緩め、微笑みを浮かべながら続ける。
「ジャック・カロの大きな惨禍に見立てはしたけど、〈発覚〉の先にあるシナリオは全て私の個人的なお楽しみ。今さら止めようとしているあの子達は、何より肝心なそのことに最後まで気付かないと思うんだよね。」
先程までの退屈そうな空気はどこかへ飛んでいったかのように少女は無邪気に笑い出す。
「うふふふふ、きゃははは。そうそう、くだらないことを考えるより、楽しいことを考えないと、ね?まずは、哀れな司教さんのところで惜別の言葉を送らないといけないかな。あとは……そうだ!お兄ちゃんに今度こそ愛を教えてもらいに行こう!」
その場で両腕を広げ、くるりと回ると楽しそうにステップを踏みながら部屋の出口へ近付いて行く。
扉に近付くにつれて徐々に赤紫色の煙がアンジェリカの全身を覆う。
「お兄ちゃん、今度はちゃんと教えてくれるかな。愛、愛、愛。」
そう言い残した彼女の姿は、煙が霧散した次の瞬間には部屋から忽然と消えていたのであった。
* * *
ホログラムモニターに表示されたリストをまじまじと眺めるシルベストリスは確信したように言う。
「間違いありません。この5人です。」
リストに表示された大勢の人々の顔写真の中に5つ、赤い丸印が加えられている。
「ありがとう。よくやってくれた。」マリアはシルベストリスの頭を優しく撫でながら言った。そのまま視線をアザミに向けて言う。
「アザミ、この5人をすぐに探し出してこのホテルまで連れてくるように手配をかけられるかい?ちなみに手段は問わないよ。」
「手段は問わない、と。それはまた。承知いたしました。すぐに全て手配いたしましょう。」
「宜しく頼む。それと、支配人に応接スペースをしばらく貸切ると伝えてくれたまえ。」
「はい。では、そのように。」
マリアは静かに頷き、シルベストリスを撫でていた手を止めると、今度はベッドに腰掛けるブランドのすぐ傍に腰を下ろして言う。
「次は君の出番だ。負担をかけてしまうけど、お願いできるかい?」
「はい!もちろんです。」
マリアの役に立てる。姉妹達にとってはそれが何よりの喜びだ。
幼い頃、自らの人生に何の価値も見出していなかった3人に世界の光を見せてくれた存在。マリアという少女が与えてくれた優しさ、温かさ。その幸福に報いる為に姉妹たちは全身全霊をかけて彼女の傍で彼女に仕えている。
「マリー、手配は迅速に進めますが多少時間を頂きます。夕方まで猶予を。」
「構わないよ。こちらも気を張り詰め続けることも出来ない。少しリラックスする時間も必要だ。特にこの子達はゆっくりさせてあげたい。」
アザミの申し出にマリアはすぐに返事をした。ただ、そのやり取りを聞いたホルテンシスが言う。
「マリア様、お気持ちはとても嬉しいんですが……その、こんな状況で私達がゆっくりするというのもちょっぴり気が引けちゃうというか。昨日も感じていたことではあるんですけど。」
するとマリアは穏やかな表情でホルテンシスに言う。
「ホルス、君の気持ちはとてもよく分かる。優しい君らしい考えだ。」
そう言ってベッドから腰を上げ、姉妹達全員と向き合う場所に行き、そこにある椅子に腰を下ろすと、昔話を姉妹達に話し始めた。
「君達はこんな話を知っているかい?これは第二次世界大戦のときに、とある国の軍隊であった話だそうだ。当時、戦時中の国においては皆が気を張り詰めたままの生活を余儀なくされていた。
当然だ。いつ敵軍が攻めてくるか、いつ空襲警報とともに空爆されるかわからない状況の中だからね。
毎日に希望もなく、いつ終わるかも分からない戦禍の中で人々は神経をすり減らし続けていたのさ。
けれど、長く続く戦争の中でも、人は生き抜くために前を向くことを諦めなかった。
これといって何の娯楽もない中で、心を蝕む戦争の恐怖を少しの間でも忘れる為に、時折地下の舞踏場に集まってはパーティーや見世物を催した。
少ない食糧から出来る限り豪華に見えるように料理を工夫して出して、貴重な酒をふるまって、多くの人々が平和な時代に過ごした時のようにお喋りに花を咲かせながらそれらを楽しんだ。
ある時、舞台では場を盛り上げようとした軍の士官たちが大胆な女装をして踊りを踊った。軽快な音楽に合わせて、スカートをはためかせてステップを刻む兵士たち。女装したまま元気に踊る屈強な男たちの姿を見た場内の人々は笑いに包まれた。
誰もが戦争のことなど頭から忘れて場を楽しんだ。しかし、舞台が最大の盛り上がりを見せていたその時だった。
唐突に空襲警報が鳴り響いた。敵国の空爆だ。
ひと時の夢を見ていた人々は、瞬時にこの世界の現実を思い起こした。恐怖に怯えながら慌てふためく人々。でも、そうした中において前を向いて己の使命を全うする為にすぐに行動を起こした者達がいた。
女装した兵士たちだ。もちろん、軍服に着替えている暇など無い。
ウィッグを被り、化粧をし、スカートをはいたままの彼らはすぐに敵戦闘機の対空迎撃をする為に自身の持ち場へと走った。
そして、迫りくる敵に抗戦し見事にその場を切り抜けて見せたそうだ。
陰鬱な戦争が巻き起こる世界の中、彼らは悲惨な現実から目を背ける為だけにパーティーを開いたわけではない。戦争の痛みを人々と共有することを放棄する為にそうしたわけではない。
大勢の人々が毎日苦しみ、死に果てる中でなんという不謹慎なことをと現代では言うのだろう。
だが、彼らは前を向こうとすることを諦めなかっただけだ。その結果、誰も死なせることなく使命を果たすことが出来た。
運というものもあるだろう。だが、人は何か行動をしようとする時には、その時の心の在り方が強く問われることになる。迷いを抱いたままの心ではうまく動けないし、戦時下においてはそれは命取りだ。
来るべき時に備えて、十全に動くことが出来るようにする用意は決して悪ではない。
トリッシュ、ホルス、ブランダ。君達が担う大仕事を全うする為に、今ここでゆっくり休養するということは大切なことなんだよ。
君達は罪悪感を抱くことも、迷う必要もない。心の迷いは全て私が引き取ろう。
だから安心したまえよ。それに、私にとっては君達が君達らしくあってくれることが何よりの幸せでもあるのだから。」
マリアの話を聞いて尚、ホルテンシスは顔を俯けたままであったが、そっとシルベストリスが彼女の肩に手を乗せる。
そうしてホルテンシスに微笑みかけて静かに首を横に振って見せた。マリアも2人の様子を穏やかに見る。
他者に幸福という感情を伝達する才華。他者に喜びを伝える力。ホルテンシスがその力を持つということは、翻って〈他者の苦悩や苦痛を自身が抱え込む〉ということでもある。
普段は朗らかでゆるく、明るい性格の彼女ではあるが、言い換えれば周囲にそれを微塵も感じさせないように努めて元気に振舞っている時もあると言える。
シルベストリスとブランダはもちろん、マリアとアザミもそのようなホルテンシスの優しさを十分承知している。
4人の心遣いを受け取ったホルテンシスはようやく顔を上げて頷いた。まだ幾分か迷いの残る表情ではあるが、いつものような笑みが灯る。
「さて、そろそろ時間的にも頃合いだ。みんなで昼食にしよう。」
マリアはホログラムモニターを消して言う。
「あ、賛成☆今日のメニューは何かな?ここのアスパラ料理は美味しいから、また食べたいんだよねー☆」
誰よりも早く、誰よりも陽気にホルテンシスが言った。
「もうすぐ旬だからね。出始めのものが甘みが強くて美味しいというし、今日もあるんじゃないかな?」
「楽しみにしよっと☆あとは焼き立てのパンと~……」
先程までとは打って変わってホルテンシスは明るく言う。無理をしているのか、それとも彼女の本心からなのかは分からない。
空元気。そんな風にも見える彼女の様子を隣から様子を見ていた姉妹達は静かなる声で呼び掛ける。
『ホルス、忘れないで。私達は三位一体。3人で姉妹なのだから、貴女の苦しみや悲しみ、痛みも全てみんなで分け合うということを。』
『そうそう。ホルス、肝心な時に1人で悩んで、抱えて、それなのに平気そうな顔するんだから。』
シルベストリスとブランダの呼び掛けにホルスは応える。
『ありがとう。2人とも。マリア様の言われたことも凄くよく分かるし励みになったし、2人の気持ちもきちんと受け取っているから。私は大丈夫だよ。』
一呼吸置いてホルテンシスは姉妹に言う。
『実はね、私が心配しているのは今の状況やこの街のことだけじゃなくて……むしろ、それだけであれば割り切ることも出来なくはないというか。とても言い出せないんだけどさ、マリア様の心が揺れているというか。何か、迷いや焦りが伝わってくるような。マリア様は私達を気遣って、それを悟られないようしているんだと思う。でも、きっと私にだけは伝わっているって気付いてるから、さっきの話も私だけに言うのではなく敢えて“私達全員”にしてくださった。杞憂なら良いんだけどね。絶対に言っちゃダメだよ?』
シルベストリスとブランダははっとした思いを抱く。
てっきり、ホルテンシスが俯いていたのはこの街の状況に対してのことだとばかり思っていた。
2人はそれとなく視線をマリアへと向ける。そこには優しい笑みを浮かべたいつも通りの彼女の姿がある。
だが、さらに視線を奥へ向ければ、ホルテンシスの憂慮が正しいものだと証明する存在が彼女の後ろには佇んでいた。
マリアの守護者、アザミ。
マリアアザミという花につく葉のように、予言の花と呼ばれる彼女を包み込む存在。
物質、精神を問わず彼女にとって最強の矛であり最強の盾である者。神から悪魔へと転じ、契約によってその全てを彼女へ捧げると誓った者である。
そのアザミは何か考え事をするようにじっと彼女を見つめていたのであった。
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