第48話 元宇宙人とマダムの酒宴
「カンパーイ」
「カンパーイ」
嘉純さんの部屋。
窓の前の丸いテーブルの上に日本酒の瓶と、美しい切子模様が細かく施されたグラスがふたつ。
それに、クラッカーとフォアグラのムースにトリュフ入りバターが置いてある。
「酒うまいです、嘉純さん」
「淀臣も酔っ払ったりするのかしら?」
おそらく、酔わないだろうな。
酔うとは、摂取したアルコールが血液により体内を巡り脳を麻痺させることを言う。俺には血液もなければ脳もない。
「これもうまいです。ごはんに乗せてもおいしそう」
「ごはんも日本酒も同じなのよ。原料はお米なの」
「これ、米なんですか?!」
「元はね。お米を発酵させてお酒を造るの」
「元は米だと思うと更においしく感じます」
「ふふっ。淀臣らしいわね」
元ナンバーワンホステスの嘉純さんは、酒を飲んでもほんのり赤くなるくらいだ。もっと飲ませてみだらに乱れた嘉純さんを見てみたい! そして、そんな嘉純さんに触りたい!
「そうそう、嶌田綾さんが婚約されたんですってね。おめでとうと伝えておいてね」
「ああ、それならフェイクニュースです。近々正式に発表されるはずです」
「え? フェイクニュース?」
「嘘の報道です。アヤの父親が勝手に流した偽物です。アヤは嫌がってます」
「あら、そうなの? 首相の息子と結婚なんて、すごいことなのに」
「アヤにはすでに婚約している人がいるんです」
「あら、じゃあその人と別れさせて河本駿介と結婚させようとしていたってこと?」
「まあ、そうですね」
話をしながらも、俺のグラスが空に近付くと日本酒を入れてくれる。今でも現役でトップ取れると思います! 嘉純さん!
せっかく入れてくれたのだから、とどんどん酒を飲んでいく。元宇宙人の俺が酒に酔うはずなどないのに、体に熱を感じフワッとした感覚がして頭がぼんやりとしてくる。
「その首相の息子とアヤが明日アヤの大学の学園祭を回るんですが、俺まで行くことになってめんどくさいです」
「あら、彼女の学園祭に同行するなんて、やっぱり仲がいいんじゃないの?」
「逆ですよ。ろくに話したこともないのに断るのは悪いからって、父親に押し切られただけです」
「まあ、嶌田良吉に。嶌田良吉は綾さんの結婚に賛成なの?」
「賛成と言うか、首相の家とのパイプが欲しいそうです」
「それじゃあ、まるで政略結婚じゃないの」
「まるでというか、政略結婚ですね」
「まだ若いのに、そりゃ嫌がるわね。アヤさんの大学ってどこなの?」
「桜マラカリア大学です」
「あら、日本の最底辺の大学ね」
「そうですね」
笑った嘉純さんがお美しい。あ、そうだ、と小声で言うと、ベッドの脇の小さな机の引き出しから封筒を出して俺に差し出す。
「はい、お手当」
「ありがとうございます、嘉純さん。あれ? いつもよりずいぶん分厚くないですか?」
「しっかり働いているみたいだから、ご褒美よ」
「ありがとうございます!」
――うわあ、真面目に仕事をするとこんないいこともあるんだ! めんどくさいと思ってたけど、明日もがんばろう!
コンコン、とノックの音が響く。
「嘉純、ただいま」
「あ、お帰りなさい」
嘉純さんがシー、と人差し指を口元に立てる。なんて色っぽいんだ! 嘉純さん!
もっと嘉純さんと一緒にいたいが、嘉純さんの夫が帰って来たら俺はすぐさまこの家から出なくてはならない。急いで靴を手に持つ。
「気を付けてね、淀臣」
「はい! 嘉純さん、また!」
庭側の窓から飛び降りると、足元がふらついた。おっと、危ない危ない。
2階の窓を見上げると、嘉純さんが笑って手を振っている。俺も手を振り返し、嘉純さんの部屋のテーブルにふたつのグラスを残したまま、白鷺邸を後にした。
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