第8話 元宇宙人探偵とお嬢様
改めて今しがた誘拐されかけていた「お嬢様」を見ると、大学生くらいだろうか。
上品なベージュのワンピースを着て、小ぶりなバッグを手に持っている。ワンピースの白い襟の下から赤いベルベッドのようなつやのあるリボンが上品にのぞき、赤い飾りボタンで胸元からウエストまで彩られ、赤いベルトで引き締められた腰からはふんわりとひざ下丈のスカートが広がっている。
レトロなほどにザ・お嬢様なファッションだ。
「危ないところを、本当にありがとうざいました」
長いつややかな黒髪を揺らしながら上品に頭を下げる。これは本物っぽいな。
「俺は探偵だ。助けたからには礼をもらおう。娘、いくら持っている」
手のひらを上に向け、お嬢様に向かって右手を出す。潔いほどの金目当てだ。
お前が大好きな探偵たちは一度もそんなセリフ言ってないと思うがな。あの名探偵たち報酬もらわねえからな。
「ごめんなさい、私現金は持っていないんです。いつ誘拐されるか分からない身の上で現金は危険だから、と親からカードしか渡されていなくて」
「じゃあ、そのカードとやらを寄越せ」
「カードは私以外の人が使うと不正使用で警察沙汰になってしまいます」
「探偵たるもの、警察にご厄介になる気はない。警察そっちのけで華麗に事件を解決するのが探偵の役目!」
――なんだ、金持ってないのか。じゃあこの娘に用事ないや。
「じゃあな、娘。いつ誘拐されるか分からないなら護衛の者くらいつけておけ」
「いつもはつけてるんですけど、これから祖母の家に行くので遠慮してもらったんです。おばあちゃんが他人を家に入れるのを大変嫌がるので」
「そうか、ならばせいぜい気を付けることだ」
「お世話になりました。本当にありがとうざいました」
深々と頭を下げている娘を残し、歩き始める。
ものの5秒と経たない内に、
「きゃああああ」
と耳をつんざく悲鳴が聞こえる。
え? と振り返ると、今度は赤い車に赤いスーツを着た派手な男ふたりに車に押し込まれている。
本当に誘拐くらい日常茶飯事なんだな。
「やめろ! 彼女を放せ! じっちゃんの姓にかけて真実はいつもたぶんひとつ!」
オリジナルの決めゼリフを考えた方がいいな、毎回言うならば。
「まずい! 見られた!」
「やれ!」
今度はマフィアか何かなんだろうか。あろうことか拳銃を取り出す。
「私に構わず逃げて下さい! 慣れてますから!」
お嬢様が言い終わらないうちに、銃から弾が発射される。
「キャー!」
弾がポテンとほっぺたに当たってまっすぐ下へと落下する。
「うわ! ピストルだ!」
――ピストルってヤバいヤツだ! この娘を連れて逃げないと!
今まさにピストルごとき俺には効かなかったのに、なぜか表に出ている思考が慌てふためいている。
銃弾を食らっても元気にテンパってる俺にお嬢様と誘拐犯たちが呆然としている。
そのすきに車からお嬢様を引っ張り出してお姫様だっこで抱え、すぐ脇の家の塀にとりあえず跳び、さらに屋根へと跳ぶ。
「キャー!」
お嬢様が恐怖の悲鳴を上げながら俺の首にしがみつく。
5~6軒分、屋根から屋根へと跳び、そろそろ大丈夫か、と一際広大な屋根でお嬢様を抱えたまま一息つく。
「娘、大丈夫か」
「探偵さんこそ、大丈夫なんですか?! 弾当たってましたけど?!」
俺のほっぺたを見ると、
「傷どころか赤くすらなってないなんて……探偵ってすごいんですね! どんな鍛え方をしたらそんなに強くなれるんですか?!」
と感心しきりに大声を出す。
マジで頭ぶっ飛んでるな、このお嬢様。
――お! 探偵のすごさが認められた!
「探偵たるもの、ピストルの弾くらいはじくものだ」
「すごい! FBIでも活躍できるんじゃないですか?!」
「FBI?」
――ああ、あの強い人がいっぱいいる集団か。
お前が20年かけて得た知識がそれか。お前が大好きで見てる名探偵アニメにも出てくるだろうよ。赤井さんだよ。
お嬢様よ、FBIで活躍できるとか、元宇宙人なめてんじゃねーぞ。俺ひとりでFBI壊滅させられるわ。
「あ、あの、重いでしょうから下ろしてもらって構いません。できたら、地上でお願いしたいところではありますが」
「重い? 小娘ごとき贈答用のうっすい企業タオルみたいなものだ」
「え?」
端っこに社名書いてる透けそうに薄いタオルな。洗濯した時の乾きは早くて時に便利なんだよ、あれ。
って、庶民的すぎてお嬢様には通じてねえな。
お嬢様を抱えたまま、大きな屋根から路上へとぴょんと下り立つ。
「きゃっ」
とお嬢様が俺の首に回した手に力を込める。
お嬢様は地に立つと周りを見回し、
「あら、ここ私の家です」
と大きくて立派な御殿を指差した。
ほお、歴史を感じさせる日本家屋だ。平屋づくりのためか敷地面積が目視で確認できないほどに広い。なるほど、屋根がキャッチボールでもしたくなるくらい広場感あるはずだ。
嘉純さんの住む邸宅も立派なものだが、白鷺邸は嘉純さんの好みに合わせて結婚時に西岸海洋性気候に似合うシャレオツな洋館に建て替えられている。
たたずまいは正反対ながら、どちらも存在感ある豪邸であると言えよう。
「無事に送り届けられて良かった。あ、祖母の家に行くんだったか」
「もうすっかり暗くなってしまいましたし、祖母には連絡を入れて明日にでも改めて参ることにいたします。一度ならず二度までも、本当にありがとうございました」
「誘拐されないよう、人目のある昼間にでも行くことだな。そして謝礼用に現金も持ち歩くことだ」
「そういたします」
やめた方がいい。誘拐犯へのエサが増えるだけだ。
お嬢様は改めて頭を下げるとにこやかに笑った。
――へえ、美しい娘だったんだな。顔見てるようで見ていなかった。
お前は金のことしか考えてなかったからな。
あんな二十歳そこそこ程度のガキの何がいいんだ。嘉純さんこそが素晴らしい女性の最高峰を極めし女帝だ!
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