第41話 5歳児の主張

 大人たちみんなが富岡勇樹に注目しているが、勇樹は堂々と前を見据えている。


 ――ほう、立派なものだ。気に入った。乗っかってやろう。


「勇樹……」

「大じいじに元気になってほしかったんだ。あの封筒をまたダメにすれば、また大じいじの病気が治ると思ったから」

「勇樹がしゃべった!」


 美咲が勇樹を抱きしめた。みんなが拍手で喜びを表している。


「どうして、急にしゃべれるようになったの? これも探偵さんのおかげなの?」

「ははっ。俺は何もしていません。勇樹くんはしゃべれなくなったんじゃない、しゃべらないと決めたんです。そうですよね?」

 勇樹が俺を見てうなずく。


「死にかけのマジシャンの病気を治したい一心で勇樹くんは神棚から遺言書を落とした。すると、いつもそばにいるピックがそれをくわえて庭に埋めてしまった。これできっと病気は治ると安心したのもつかの間、遺言書がなくなったことで大人たちが大騒ぎになった」


 皆一様にうつむいてしまった。その時を思い出すと、とても恥ずかしいような醜態だったのだろう。勇樹だけが凛と立っている。この姿を見習ってほしいものだ。


「勇樹くんは自分が悪いことをしたと気付いた。だが、3年前と違って5歳になった勇樹くんは正直に言えば叱られると知恵が回るようになっている。そこで、黙っていることにした」


「叱られても正直に言わないとダメじゃない、勇樹」

「そうだぞ。悪いことをして黙っているのは悪いことだ」

「稚拙なお説教は後にしてもらいましょう。話を続けますよ」


 素直に黙ってくれたので続ける。


「勇樹くんが黙っていたら、家族の様子がおかしくなっていった。みんな仲の良い日本の理想の家族と言われていた面影はなく、口先で家族を信用していると言うばかりでみんながみんな水面下では腹の探り合いの疑心暗鬼。そして、みんなが注目しているのが遺言書だった。勇樹くんはどう思った?」


「あの封筒のせいだと思った。あの封筒があるから、みんながケンカするんだ。あの封筒がなくなれば、みんなが前みたいに仲良く暮らせると思った」

「勇樹……」

「だから、新しい封筒が現れたら落としてピックに隠させたんだね?」

「うん」


「落としてって、どうやって? 勇樹の身長じゃあ、神棚前のテーブルに乗ったって届かないのに」

「カメラにも映らず、どうやってあの神棚から遺言書を落としたんだ?」


「それは実践してもらった方が早いでしょう。みんなに見せてくれる? 勇樹くん」

 うなずいた勇樹が準備のために走って家に入る。

 俺たちもゾロゾロと神棚のある広間へと歩いて行く。全員が揃ったところで、いざ実践!


「じゃあ、昨日落とした時と同じようにやってくれるかな」

「うん」


 テーブルと神棚の間、神棚から1メートルほど離れた位置に様々な紙飛行機の入った箱を抱えた勇樹が立っている。大きな紙の新聞のチラシで作った紙飛行機をまっすぐに投げる。

 すぐに、牛乳パックで作った頑丈そうな紙飛行機を今度は遺言書目がけて投げる。


 遺言書の手前でカーブを利かせた紙飛行機の羽が遺言書に当たり、前へと押し出されて落ちた。


「お見事! 手慣れたものだね」

「ええ! 紙飛行機で?!」

「そうです。勇樹くんは紙飛行機が大好きでしょっちゅう飛ばしているのはみんなが知っている。だから、固定カメラの映像にも紙飛行機は頻繁に映り込んでいましたが誰も気にしません。昨日はたまたまちょうど遺言書を落とした瞬間に美咲さんが気付きましたが、何となく見ている程度ではいつものように紙飛行機が飛んでいるとしか認識されない」


 先に投げた大きな紙飛行機を拾う。

「この紙飛行機がまずカメラの画面を覆って神棚を死角にする。すぐにもう1台の紙飛行機を素早く投げて遺言書を落とす」


 複数の紙飛行機を操って俺を身動き取れなくしたほどの腕前を持つ勇樹なら、この程度は朝飯前だろう。


「落ちた遺言書は、ピックが隠す」

 ただの封筒だが、またピックがタタッと走って来て封筒をくわえ、のんびり廊下へと出て行く。


「サモエド族もびっくりの人間と犬のコンビネーション技ですね」


 あはは! と俺が笑う声だけが響く。みんな呆然としていて笑ってくれない。


「ごめんなさい~。大じいじに元気になってほしかったから~。みんなが前みたいに笑って仲良く暮らしてほしかったから~。わあああああ」

 勇樹が大声で泣き始めて、大人たちがそろって気まずそうにオロオロと勇樹を抱きしめる。


「勇樹は何も悪いことなんてしていないわ」

「ごめんね、勇樹にそんな思いをさせていただなんて」

「俺たちが悪かった。俺たちは大切なものを見失っていた」

「信じ合うことができなくなっていたんだ」

「莫大な遺産が絡んでいるんですから、仕方のないことですよ」

「チャチャ入れないでください、淀臣さん!」

「勇樹は良い子だよ。勇樹が大切なことを教えてくれた」

「ありがとう、勇樹。勇樹は本当に良い子だ」


 執事とメイドも3年ぶり2度目の家族の一致団結に静かに涙を流している。かと思ったら、よく見るとメイドの目からは一粒の涙も流れてはいない。


 俺は、じいっと人団子と化した家族を見ながら、勇樹の泣き声と勇樹を称える大人たちの声を聞いている。


 ――死にかけのマジシャンが足りない。


 まーた、表の思考は大きなお世話を焼くつもりか。依頼内容には入っていないのに。


 そっと廊下へ出る。他人のくせになぜか泣いていたアヤが俺の動きに気付いてついてきた。構わず歩いて行き、赤い皮張りの重いドアを開けた。

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