第42話 元宇宙人探偵のオペ
この赤い皮張りのドアは本当に重い。こんなもん、重病じゃなくとも老人には開けられないんじゃないのか。
勝手に部屋に入って行く俺についてきたアヤも重さに苦労しながらなんとか部屋に入る。
体が動かないのにこんな広さ必要ない部屋の中央にたくさんのメディカル機器に取り囲まれた医療用ベッドがある。
そこに横たわる弱々しいかつての天才マジシャン、深紅の魔術師レッドローズに声をかけた。
「死にかけのマジシャン」
「なんだ、若き探偵。ゴホッゴホッ」
薄く目を開いて青白く生気のない顔で俺を見る。
ニヤリと笑い、マジシャンよろしく大きく両手を広げて見せた。
「報酬を倍くれるなら、これから華麗なる消失マジックをお見せしましょう!」
驚いた深紅の魔術師レッドローズが苦笑する。
「探偵がマジックを? おもしろい、見せてもらおう。何を消すと言うんだ。わしの命の灯か」
「俺的にはそれもいいですが、それでは報酬を倍もらえそうにはありませんね」
目を閉じて、頭の中に浮かぶON/OFFスイッチをONにする。
イメージの中で白衣に身を包んだ俺は、両手にメスだのオスだのを持ちオペを行う。
「なんだかこの光景にデジャヴが……まるで、大学病院の名外科医が手術のイメージトレーニングを行っているようだわ。重厚な音楽が聞こえてくる気がします」
「しー、静かに、アヤ」
「ごめんなさい」
――これが病原か。あちこちにあるな。面倒だから一括選択して取り除こう。この取ってしまった病原はどうしようかな。
とりあえず再付着しないようにゲルで包んで、大腸にでも移しておくか。
目を開けて、患者に微笑んだ。
「終わりましたよ」
「何がじゃ」
「明日の快便をお約束しましょう」
「ほお……うん? 鉛のように重かった体が何だか軽く感じる」
深紅の魔術師レッドローズがいきなり体を起こした。
「動く!」
「動いてます!」
老人とアヤが不思議そうに叫んだ。
「おお! なんか知らんが体が動く!」
「すごい! なんて軽やかなラジオ体操なんでしょう! 御年85だとはとても思えません!」
アヤまでがつられてうれしそうにラジオ体操をしている。
「死にかけだったマジシャン」
「何だ! 探偵!」
「勇樹くんはとても手先が器用ですね。度胸もあるし、きっと立派なマジシャンになりますよ」
「分かるか! 探偵! 勇樹の才能は素晴らしい!」
「マジシャンになった勇樹くんとあなたの共演を楽しみにしています」
天才マジシャンがすっかり生気を取り戻し、血の気が溢れ出ているその顔を俺に向けて強気に笑う。
「私がまた舞台に立てると思うか、探偵」
「もちろんです。まずは俺にたくさん金を払って、また舞台に立って稼いでください」
「あはは! そう来たか!」
豪快に笑っているが、表の思考は冗談でも発破をかけている訳でもなく本気で言っている。この男は老人からでも平気で金をむしり取るから気を付けた方がいい。
「さあ、勇樹くんを力いっぱい抱きしめて、たくさんほめてあげてください」
「勇樹を? そうだな、すっかり力が入らなくて思うように抱きしめることもかなわなかった!」
言うが早いか赤く重いドアすら軽々と開けてひ孫の元へと駆けていく。
「帰るぞ、アヤ。腹が減った」
「あ、はい!」
廊下に出て玄関へと歩いて行くと、途中で神棚のある広間の様子が見える。
人団子がさらに大きくなっているのを見て、フッと笑うと勝手に靴を履いてあいさつも無しに出て行く。
「いいんですか、淀臣さん」
「何が」
いや、この勝手な行動がだろうよ。アヤも戸惑いながらも迎えに来るよう連絡をする。すぐさま高級車が門の前に現れた。どこでスタンバってたんだ、一体。
車に乗り込むと、スイッチをOFFにし小柄な金髪碧眼の美少年に戻る。
「家族の絆が取り戻せて良かったです! さすがは7年連続理想の家族ナンバーワンですね。皆さん心の中には変わらぬ家族への愛情があったんですよ」
「幻想だったのではなかったのか」
「理想です、理想。想い続ければ理想を現実にできるんですよ。現実に負けて理想を幻想だと諦めてしまうのが一番してはいけないことなんですよ、きっと!」
うれしそうに興奮気味にまくし立てるアヤを冷ややかな目で見る。
「単純なヤツだ。アヤは5歳児よりもおめでたい頭をしているようだな」
アヤがキョトンと首をかしげる。
「5歳って、勇樹くんのことですか?」
「そうだ。あの家族はそろいもそろって5歳児の意のままに操られている」
ほお、表の思考にも分かっていたのか。金とマジックのことしか考えてなかったのに本当に意外だ。
犯行動機は遺産目当てなんかじゃなく、曽祖父に元気になってもらいたい、家族仲良く暮らしたいという子供の切なる願いだった。
なのに、大人たちは勝手に互いを疑い合い、一触即発の状況にまで陥った。
金とは恐ろしいものだ。仲良し家族をああまで乱してしまうのだから。
だが、子供の純粋な思いが金に目がくらんだ大人たちを目覚めさせたのだ。
「勇樹くんは単に3年前のように自分をほめてほしかっただけだ。ジジイがどうの、家族仲良くがどうのなどは後付けに過ぎない」
「え?! そんなことないですよ! 勇樹くんは大人たちのいさかいに小さな胸を痛めていたんですよ」
「だが、あの空気でただ自分をほめろとは言えない。だから、彼は考えた。どう話を盛ればみんなが自分をほめたたえてくれるのか」
「そんなこと考えてませんよ!」
「俺が3年前の話を始め、彼がほめられた話をしだしたらとっさにしゃべり始めてみんなの関心を自分がしゃべったことに持って行った。あれは鮮やかだったね。俺も思わず舌を巻いた。だから話を合わせて全部大人が悪いことにしてやった」
「そんなこと考えてたんですか、淀臣さん!」
「彼はちゃんと俺の意向を感じ取り、話の流れに乗ってきた。本当に頭の良い子だよ。すべてのやり口を明かしたらすぐに号泣して感動のハッピーエンドときたもんだ。みんな彼の思惑通りにいい子だいい子だとほめちぎる」
「……思い返せば、そう見えなくもないような……」
アヤが表の思考に侵食され始めている! しっかりしろ、アヤ! 飲み込まれるんじゃない!
表の思考は、子供に対してなんちゅーうがった見方をするんだ!
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