第3話 宇宙人、マダムに飼われる

 ああ、気分がいいわ。朝の散歩は癖になるわね。東の空から真っ赤な雲が垂れ流されて来ている。

 超金持ちが集まる日本一地価が高い高級住宅地を朝4時から散歩するなんて、金持ちと結婚してなきゃできないことだわ。


 10代からヤンチャばかりしてた私が、顔と体だけはいいから日本屈指の歓楽街でナンバーワンホステスとして名を上げ、客として出会った金持ちのおっさんと結婚。絵に描いたようなシンデレラストーリーね。


 おかげで25歳にして全身ディオールの服に身を包み朝も早よから優雅にお散歩……。


 ゴミ捨て場で倒れている人がいる。それをカラスが突いている。あらやだ、こんな高級住宅地に酔っ払いかしら。


 知らん顔して通り過ぎようとした。あんなに怨念を感じるほどにカラスに顔を突かれても起きないなんて、相当酔ってるわ。若い女が近付くもんじゃないわね。


 すぐ横を通る時に、少し心配な気持ちもあり倒れている人をチラリと横目で見て驚いた。


 キレイな金髪……。赤い朝日を反射して、黄金のごとく輝いている。

 目を奪われて見ていると、カラスが執拗なほどにその美しいほっぺたにくちばしを突き立てる。


 え? なんで?

 さっきからものすごい勢いで突かれていたから、顔中血まみれで見れたもんじゃなくなっててもおかしくないのに、一滴の血も流れていないだなんて。


 ふと周りを見回すと、シルバーの分厚い金属のような欠片が散りばめられている。大きくても30センチ四方ほどの大きさしかない。爆発でもしたのかしら?


 また別のカラスが電柱から飛び立ち金属のような物体の上に足を付いた。

 カラスの足の下にある金属が、高温により形を変えるガラスのようにぐにゃあと溶けていく。


 うわ! キモ!

 何この高温カラス!


 呆然と見ていたら、溶けた金属がフワッと浮いて淡く虹色に光り美しく消えた。


 え……何このイリュージョン。このカラス何者なの?


 手近にあった金属に手を伸ばす。

 こんな分厚い金属、この大きさでも相当に重いだろう。持てるかしら。


 持ち上げてみると、発泡スチロールのように軽い。え! 何、この軽さ!


 金属を顔の高さに持ち上げ、断面をよく見ると、これは金属じゃないわ。

 中央にレインボーに光る線が走っている細かな粒をギュッと圧縮しているようだ。


 宇宙には、地球にはない未知の物質、ダークマターとしか呼ばれないモノがある。私が今手に持っているコレはまさに、ダークマターではないかしら。すると、この少年は……。


 体長3メートルを超えると言われているフラットウッズ・モンスターではありえないわね。

 レプティリアンでもないか。ヒト型爬虫類には見えない。

 かの有名なグレイでもないわ。グレイの特徴は小さな体に大きな頭と大きな目だ。


 新種かしら。まだ発見された報告のないタイプかしら。

 すごいものを見つけてしまったのかもしれないと、胸がドキドキしてくる。


 刻一刻と空が明るさを増していく中、ついに少年が目を開けた。


 なんって、キレイな青い瞳!


 目を開きゴミ袋の上で大の字になっていた体を起こした。その姿はまるで、ロシア人美少年のように白い肌に金髪に大きな碧眼。

 15~16歳くらいかしら。美しいとしか言えない美少年だわ……手元に置いておきたい。


 けれど、この少年を家に連れ帰る訳にはいかない。嫉妬深い夫にたちまち浮気だと責められるだろう。

 達央たつおさんからは、浮気は絶対に許せない離婚だと宣言されている。


 あ! そうだ! いいこと思いついた。


「あなた、住む所もないんでしょう? 私が飼ってあげる」

 警戒されないように、努めて優しく笑いながら距離を保ったまま話しかけた。


 浮気と呼ぶには彼はあまりにも幼な過ぎる。

 見ているだけで癒されるほどに美しい見た目をしているなんて、ペットがピッタリだわ。懐いてくれたらさぞかわいいだろう。


 少年が私を見つめている。本当に、吸い込まれそうなほどにキレイな目だ。


 あ、そういえば、住む所どころか戸籍すらないんじゃないかしら。まあ、白鷺しらさぎ 達央の名前を使えば役所に戸籍のひとつくらい簡単に作れるから問題ないわ。


「あなたがここで生活できるように、私が全部整えてあげる。あなた、名前は?」

 あ、そう言えば、日本語が通じるのかしら。少年は何も分かってないかのように無表情で、非現実的に美しい。


「名前? ……思い出せない」

 少年がしゃべった。

 日本語を話せるんだ! さすが、地球まで来られるだけあるんだわ。ポテンシャル高!


「あなたはどこから来たの?」

「どこから……分からない」

「あなたが乗って来た宇宙船は?」

「知らない」

「あなたはひとりで来たの?」

「存ぜぬ」

「あなたもしかして、何も覚えていないの?」


 少年が私の顔をじっと見つめる。

「覚えてない」


 記憶喪失か……相当な衝撃を受けたのかしら。執拗にカラスに顔や頭を突かれたせいかもしれないわね。


「いいわ。覚えてないならないで、私がここで生きていけるように色々教えてあげる。安心して、私があなたの飼い主よ」


 大きくて人の多い白鷺の家だけではストレスが溜まるかもしれないからと、結婚した時に達央さんから高級マンションの一室をプレゼントされている。やっと使い道が見つかったわ。

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