第35話 元宇宙人探偵の聞き込み

 深紅の魔術師レッドローズこと赤川新三郎の部屋を出る。

「他のご家族からも話を伺いたいのだが」

「では、祖父の長男の赤川卓から。私の父です」

「ほお。どのような方ですか? あなたから見て」

 赤いじゅうたんが敷かれたゆるくカーブを描いて2階へと続く階段を富岡美咲、アヤと共に上る。3人横並びでも余裕のある幅の広い階段だ。


「父は……優しくて良い父ですが、気が強いところがあります。特に、人から何か言われたら必ず言い返さないと気が済まない性分で、よく妹の智子さんとケンカになってしまって……いい年して、大人げないといつも思います」

「ほお。兄妹仲は悪し、と」

「いえ、悪いとは言いませんが。母は、優しくておっとりとしたところのある人で、父と叔母が言い争っていても我関せずとアイスを食べるような人で」

「厚顔無恥な方ですね」

「い、いえ、母が誰かに迷惑をかけるようなことはないんですけど、マイペースなんですよね」


 ケンカっ早い父にマイペースな母。そのふたりの間に生まれ育ったからこそ、この富岡美咲はどこかおどおどと周りを見ているのだろうか。


 トントン、とドアをノックし、ガチャリと開ける。

 部屋の中にいた、背が高くガタイのいい中年男性と、ややぽっちゃりした中年の女性がこちらを振り向く。


 ふたりともマジックの練習でもしていたのか、中央に置かれたテーブルをはさんでそれぞれ手にトランプを持っている。


「私の父、赤川卓と母の登喜子ときこです」

「天外淀臣。探偵です」

「まあ、ずいぶんとお若い探偵さんですわね」

 母の登喜子がほんわかと笑う。


「戸籍は36歳ですので、ご安心ください」

「36歳?! 10代にしか見えないわ!」

「美容法は特にありませんよ」

 驚く登喜子になぜか決め顔を返す。


「さて、お話を聞かせて下さい。死にかけのマジシャンが書いた遺言書がなくなり、何度も書き直されていることはご存知ですね?」

「死にかけのマジシャン?」

「深紅の魔術師レッドローズさんです、淀臣さん!」

「それ」


 卓と登喜子が目くばせをするかのように顔を見合わせる。

「知っていますが、たぶん、風で飛んで行ったとかそんな理由ですよ。我が家は風通しがいいもので」

「そうですよ、探偵さん。わざわざ来ていただいたのにこう言っては何ですが、私たち家族はみんな大変に仲がいいので誰かが何らかの目的を持って故意に遺言書を隠したりだなんて、そんなことしませんよ」

「美咲が先走ってご相談なんかに伺って、すみませんねえ。何の事件性もない風のイタズラなのに」

「もう、美咲ちゃんったらかわいいだけじゃなく、おっちょこちょいなんだから」

「そんなところも美咲らしくてかわいいなあ」

「もーほんと、美咲ちゃんは日本一かわいいから」


 おいおい、このふたりも親バカかよ。親バカって遺伝するものだったんだろうか。

 ただ、ふたりとも人は良さそうだ。だが、先ほどの目くばせといい、不自然なほどの家族仲良しアピールといい、不審な点もある。


「もう、恥ずかしいからやめてよ、お父さん、お母さん」

 美咲が迷惑そうに手を振っている。


 どれだけ人が良かろうともらえる金は多いほどいいだろう、立派な容疑者だ。監視を付けておこう。

 右手で左腕から少しゲルをむしり、ミニミニサイズの俺を卓に見つかれないように服に付ける。自分はドローンだと理解し、姿を変えて卓の周りをハエのように飛ぶ。

 同じく、登喜子にもドローンを付けておく。これで、動きがあれば報告が入るはずだ。


 不意に、ヒュンっと黒いものがこちらに飛んで来たのが視界に入る。

「うわ! 何だ!」

 またカラスか?!


 視線が飛行物を捉えると、ただの折り紙で折られた紙飛行機がまだ宙を舞っている。


 ――なんだ、ただの紙飛行機か。驚かせるんじゃない!


 昨日はハムスターに夢中になっていた男の子が、俺のリアクションを見て楽しそうに笑っている。


 ――小生意気な小僧だ。くらえ!


 紙飛行機を拾って小僧に向かって投げるも、まるで飛ばない。ムキーっとなる俺を見て、手を叩いてさらにうれしそうに笑う。


「こら! 人に向けて飛ばしてはいけませんっていつも言っているでしょう、勇樹!」

 母親である美咲が注意をするも、完全無視して次々と俺に紙飛行機を投げてくる。

 どんな技だか分からんが、紙飛行機が俺の周りを旋回していて身動きが取れない。


「すごい! 完全に紙飛行機を操っているじゃないですか! 上手ですね、勇樹くん」

 アヤがパチパチと手を叩くとまたうれしそうに笑う。

 顔は表情豊かに笑っているが……。


「無口なお子さんですね」

 俺の言葉に、はっ、と美咲がうつむいた。

 悲し気に息子を見る。


「元は、子供らしく無邪気によく笑う子だったんです。でも、祖父が病に倒れてからというもの、話せなくなってしまって……」

「話せなく?」

「はい。声が出ないんです。いくつもの病院に行きましたが、おそらく、祖父の余命がいくばくもないことをたった5歳で理解して、ショックのあまり一時的な失語症に陥っているのだろう、との診断で……」

「失語症?」

「はい。5歳で人の生死を理解するだなんて、なんて頭のいい子なんだ、とお医者様もみなさん驚かれて。今は言葉を話せませんけれど、以前はそりゃあもう利発にハキハキと話す子だったんですよ」


 コロコロと笑いながら我が子自慢が始まった。

 この家の人間は総じて親バカがひどいようだ。

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