第4話 元宇宙人の裏にいる俺

 嘉純かすみさんのひざ枕に頭を載せ、髪をなでられるがまま横たわっている。嘉純さんの足はすべすべとしていて滑らかでなまめかしい。

 スカートがチクチクする、と無造作にはねのけたのは下心がないゆえにできたことだな。おかげで下心満載の俺も生足を堪能できる。


 正面の大きなテレビには、嘉純さんが大好きな俳優、つよポンが若かりし頃に主演した名探偵の孫である高校生が見事な推理を見せる人気ドラマのブルーレイが再生されている。


「あなたは本当にキレイなお顔ね~。見てるだけで癒されるわ~」

「そうですか、嘉純さん」


 そうですか、じゃねーんだよ! 何を癒し担当になってんだよ! ドラマに夢中になってんじゃねえ!

 目の前に足があるんだから触れ! 起き上がって押し倒せ、俺!


 毎度毎度ふたりっきりの時間を無駄に過ごしやがって、まどろっこしい!

 あー、嘉純さんに触りてえー。色っぺえー。


 嘉純さんに「天外てんがい 淀臣よどおみ」と名付けられ、飼われて早20年。

 義務教育の年齢だとめんどくさいかもしれないから、と16歳として戸籍を作ってくれたから、現在俺は戸籍上は36歳である。嘉純さんは45歳。


 やっぱ女は40過ぎてからだよ。大人の妖艶な魅力がたまらない。

 俺は見た目の変化と言えば、身長がえらい伸びたのと、金髪碧眼だったのが日本人らしく順応し少しずつ茶色になっていったくらいだが、この地の人間は成長が早くていい。たった20年でチャラついた水商売上がりの女から艶っぽいマダムに大変身だ。


 嘉純さんが俺に話しかけてくれた20年前のあの日、表の思考は何も考えてなかったが裏にいる俺はお祭り騒ぎだった。


 おー、超美人! え、マジで飼ってくれんの?! 名前まで付けてくれんの?!

 おー、こんな立派なマンションの一室を俺に?! すげー、この人きっと金持ちだな!


 もう、ずーっとひとりで大興奮でしゃべり続けてた。まあ、その時はまさか表の思考に俺の声が届いてないなんて思わねーから、普通にいつも通り表の思考としゃべってたつもりだったんだけど。


 俺を飼うと言った翌日、嘉純さんはマンションに来てバッグから金のネックレスを出した。

「戸籍が無事にできたわ。これであなたは立派な日本人よ。これは淀臣には飼い主がいる印。飼い主の言うことは絶対よ。分かった?」

 そう言いながら俺に顔を寄せネックレスを掛けてくれた。高級な香水の香りなのか嘉純さん本人の香りなのか、いい匂いがフワッとして、俺は一生嘉純さんのペットでいると決めた!


 嘉純さんの旦那がいない時には、こうして呼びだされればすぐに大きな白鷺邸へ出向き嘉純さんの部屋へと駆け付ける。それが飼い主に従順なペットたる俺の役目だ。それくらいは表に出てる思考も分かっているらしい。


 あー、俺が表に出ればもっと情熱的に嘉純さんを癒して差し上げるのに! 嘉純さんだってこんなガキみてーな男より俺の方が絶対にいいのに!

 いくら俺も表に出たいと主張してもまるで聞いてくれない。ていうか、聞こえないようだ。


 この地に来て初めて分かったことなのだが、ずーっと生まれた時からディスカッションを繰り返していたというのに、俺の存在を忘れてしまった表に出てる思考には俺の声が届かないらしい。

 表の声は俺には聞こえるのだが、いかんせん思考が俺らふたつしかないものだから自然と元から考えるのは俺の担当、実行するのが表の担当、ってな感じに分担制になってしまった節がある。表のヤツ、ほとんど何も考えてねえ。


 ちょっと考えれば分かりそうなものなんだが。お前の大好きな探偵もののアニメに出てる人間をもっとよく観察しろ。アニメの中の人間よりもお前の方が数億倍身体能力えげつないだろ。


 と言っても、表の思考はフィクションというものを理解していない。なぜだ。なぜ理解できない。

 この地で20年暮らしているんだから、普通の二十歳と同じくらいの知識量はあってしかるべきなのに。


 アウストラレレント星人は宇宙的にも飛び抜けて頭がいいとされる。生まれた時からディスカッションを長い寿命の間くり返すのだから、人ひとりによる文明の進化が半端ない。人口は少なくともこうして10億光年離れたこの星へたった365万年で来られるほどの知識と技術が我らにはある。


 とは言え……全てを忘れ何も考えずに過ごすと、アウストラレレント星人でもこのように見事なボンクラが出来上がるようだ。

 あ、今は地球に住まう日本人だから、元アウストラレレント星人か。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る