第56話 元宇宙人探偵の日常

 家賃5万6000円の2DKのアパートに立派な応接セットとダイニングテーブルセットを置くと、もうギューギューである。双方かなりの圧迫感を放っている。


「ペット可なのはありがたいですが、床が抜けないか心配になってしまうほどに古くてボロくて今にも崩れそうな建物ですね」

 アヤがオンボロアパートには似つかわしくないお嬢様感あふれるレトロなワンピース姿で白い子ネコに水をやる。


「あら、にゃんこちゃん喉が渇いていたようです。すごい勢いで飲んでますよ、淀臣さん」

「俺も喉が渇いた。何かくれ」

「実家から紅茶を持って来たので淹れますね」


 アヤが狭いキッチンへと向かう。一部壁紙がはがれているような室内に高級な紅茶のいい香りが漂う。


「素晴らしい物件が見つかったものだ。やはり、探偵事務所というものは喫茶店の2階でなければ! 天外探偵事務所の新事務所にカンパーイ!」


 俺がご機嫌にカップを上げると、慌ててアヤがカチンと当てる。


「歩くとミシミシ言って怖いんですけど、本当に大丈夫でしょうか?」

「崩れても文句はない! なんてったって喫茶店の2階なんだから」


 いや、さすがに崩れたら文句を言おうか。

 すっかりこの部屋がお気に入りだな、俺よ。


「そうですね。どんなにボロい部屋でも、淀臣さんがいれば輝いて見えます」

 アヤが赤くなって笑いながらかわいらしいことを言う。

 つい先日までホストと婚約してたとは思えぬ変わり身である。


「俺はホストのようにメタリックなスーツは着ていないが」

「まあ、前の男の話もそんなにサラッとできるなんて、なんて器の大きな方なんでしょう」

「器? メシならついさっき食ったからまだいいが、アヤが作るなら食う」


 男は名前を付けて保存、女は上書き保存なんて言ったりするが、本当にあっさりしている。女というのは恐ろしいものだ。

 ああ、嘉純さんに会いたい。また会いに来てくれますよね?! 嘉純さん!


 あ、新着通知だ。

 そういえば、俺はホストには会ったことがないからホストのドローンを回収できていない。もうホストの情報などいらないのに真面目で勤勉な俺の分身は仕事を続けているらしい。


 ……おい……ケイという名のホスト、たった今5度目の結婚をしたんだけど。

 恋愛脳のお嬢様よ。お前は本当に婚約していたのか?!


「もやし炒めができましたよ、淀臣さん」

 本当に作っちゃったよ。どうもアヤと俺は会話がかみ合っていないのだが、やっていけるんだろうか。


「わーい! いただきます! うまい! やはりアヤのもやし炒めは最高だ!」

「喜んでいただけてうれしいです、淀臣さん」

「アヤのもやし炒めを毎日食べられたなら、俺は宇宙一の幸せ者だ」

「淀臣さん……そんな、付き合い始めたばかりで気が早いですよ! でも、淀臣さんがそう言うなら、私は喜んで……きゃっ」


 アヤが真っ赤になった顔を両手で覆う。


 だから、そういう誤解を招くような発言を恋愛脳相手に放つんじゃない。

 君の作った味噌汁を毎日飲みたい、が連想されてプロポーズの言葉だと勘違いされるだろうが!


「ごちそうさまでした」


 ――あー、うまかった。さてと、仕事もないし食後に祖父を敬愛する高校生探偵のブルーレイでも見るか。

 引っ越しにも金がかかったから、さっさと新しい依頼を片付けて金がほしいところだ。依頼人、来ないかなあ。天外探偵事務所はここに移転して元気に営業中ですよーっと。


 相変わらず表の思考はメシと金と探偵のことしか考えないな、まったく。


 そこへ、応接セットのテーブルの上に置いていた俺のスマホの着信音が響く。俺は微動だにせずアヤが取る。


「淀臣さん! お仕事です! 依頼人の方が来られます!」

「よし! 鴨が金を背負って来る! お茶の用意を頼んだ、アヤ。事件が俺を呼んでいる!」

「はい!」


 脱ぎっぱなしにしていたスーツの上着を着る。

 こんなオンボロアパートに事務所を構えているくせに、探偵は高級なスーツを着込み助手は上品なワンピースに身を包んでいる。

 すっかり怪しい探偵事務所である。


 まあ、探偵が元宇宙人なんだから、それも致し方ないことか。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

順応性バツグン!元宇宙人のほのぼの探偵物語 ミケ ユーリ @mike_yu-ri

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ