第50話 元宇宙人探偵とラスボスの遭遇

「あ! 嶌田綾!」

「え? どこどこ?」


 ふたり組の生徒らしき女性たちがアヤを見て小さく指差している。


 首相の息子との婚約報道に続いて、今しがた出た政略結婚のニュース。話題性に事欠かない状態だな、今のアヤは。

「これは学園祭どころではないかもしれません。とりあえず、大学を出ましょうか」

「いや、待て、アヤ。外にはすでにマスコミが張り込んでいるようだ」


 門の外には、カメラを持った人だかりができている。警備員が必死で止めているが、それでも勝手に学内の様子を撮ろうとしている様子が見て取れる。


「大学から出ると余計に混乱を招きそうだ」

「どうしましょう……あ、研究棟に行きましょう。研究棟なら、キャンパスの端っこなので学園祭では使われないんです。誰もいないはずです」

「よし、ひとまずそこへ避難するか」


 えらく細長い建物へとアヤが入って行く。

「何階建てなんだ、この研究棟とやらは」

「地下2階、地上13階です。屋上にはヘリポートもあるんですよ」

「なぜ大学にヘリポートが」


 俺も建物内に入ると、シルバーの重いドアが自然と閉まる。ガチリ、とえらく強固な音がした。

「ん?」

 ノブを回すも、扉は開かない。

「開かないぞ。この扉は外からしか開かないのか?」

「え? そんなはずはありません。あれ、本当だ、開きませんね」

 閉じ込められてしまったということじゃないのか。なぜ、ふたりとも特に慌てることもなく平然としていられるんだ。


「まあ、外から人が入って来ないというのは今の私たちには好都合ですね。とりあえず、人目につかないように地下へでも下りましょうか」

「あい、分かった」

 なぜ、人が入って来ないのに人目につかないようにする必要があるんだ? さっきからどうした、お嬢様。自分の名前がニュースになっているのを目の当たりにして混乱しているのだろうか。


「ずいぶんと暗いな」

「地下ですから」

 俺も言ってることがおかしいが、こちらは通常運転だ。


 階段を下りきる。地下2階に着いたということだろうか。

 突然、パッと電気が点いて明るくなった。

「まぶしい!」

「そうか?」


 俺の目はまだ順応の余地があるらしい。アヤは目が暗さに慣れたところで煌々と明かりを灯され、うすーく目を開けて今度は明るさに対応しようとしている。


 アヤにはまだ見えてないようだが、俺には目の前にいる小柄ながら筋肉でスーツがパンパンになっている見知らぬ初老の男性が見えている。九州男児だろうか、と思わせる濃い顔立ちである。


「わ! びっくりした!」

 アヤにもようやく見えたらしい。その男性が紳士的にアヤへ一礼する。


「お久しぶりですね、嶌田のお嬢様。そして、初めまして、天外淀臣さん。……いや、この人妻の周りをブンブンと飛び回るハエが! 嘉純に二度と近付くな!」


 俺にはえらい剣幕で睨みつけてくる。何なんだ、一体。


「俺は嘉純さんにドローンをつけたことなどない!」

「ドローン? 何の話をしているんだ、お前は!」

「ブンブン飛ぶハエって言うから、ドローンの話かと」

「ドローンの話などしていない!」

「そうか、間違えた」


「白鷺の旦那様……あ、お久しぶりです」

「白鷺?」


 ああ、嘉純さんの旦那か。白鷺達央。

 なぜか俺が嘉純さんに飼われていることがバレたのだろうか。たしかに嫉妬深そうだ。


「あなたは本当に不憫なお姫様です。信頼していたであろうお父上にまるで駒のひとつのように政略結婚なんかに使われるだなんて。あなたがどれだけ心を痛めただろうと考えるだけで私の胸もはち切れそうですよ」


 白鷺達央が心地良い低音ボイスで朗々と語る。


「ただね、困るんですよ、お嬢様。河本駿介と結婚されないおつもりだとか? あなたには嶌田良吉の手駒として政略結婚の被害者になっていただかなくては、こちらにも都合というものがある」

「都合? どういうことだ」

「目上の者に対する言葉遣いがなってない! 脳みそまでハエレベルか!」


 いや、そもそも脳みそがないんだ、元宇宙人なものでな。


「なぜ、わざわざこんな報道を流したんだ。ほっておいてもあの和服のおっさんはアヤと首相の息子を結婚させようとしていたのに」


「うるさい! 黙れ! だが、いい質問だ。首相や嶌田たちは躍起になって今回の報道を否定するでしょう。だが、こちらにはあなたのお父上と首相の密談を収めた音声データがある。政略結婚の証拠品です。あなたが河本駿介と結婚された後で、それを公表する。そうすれば、世論はどうなると思います?」


「首相に嘘をつかせるためってことか」


「自分のした質問の答えじゃなく、こちらの質問に答えろ! だが、その通りだ。首相自らが息子かわいさに政略結婚の一端を担い、更には嘘の弁明を行い国民を欺いた。首相は信用を失い、挽回など不可能なダメージを与えることができる」


「結局何がしたいんだ。あなたはビジネスマンであって次期首相を狙うような立場にはないはず」


「私は嶌田良吉のように自分の利益のためにだけ動くような人間ではありません。女性を道具のように使う政略結婚をきっかけに首相が失脚すれば、男性ではダメだ、次期首相にはぜひ女性を、との声がこれまでになく大きくなるでしょう。現在、女性で最も首相に近いのは我が妹、白鷺聡子さとこです」


「なるほど、自分の妹を首相にするためにこんな手の込んだことを」

「妹思いなお兄ちゃんだと笑ってもらって結構」

「おもしろくないので笑わないが」

「ははは! 笑おうではないか! 日本初の女性首相誕生の日は近い!」

「誰が首相でも俺の生活は変わらないからどうでもいい」


「探偵、お前も嶌田、河本と共に潰してやろうと思ったが、嘉純がそちらのお嬢様の情報を渡す代わりにお前には手を下すなと条件を付けてきた。嘉純に感謝するんだな」


 嘉純さん……やっぱり嘉純さんは、俺を売ったりなんてしていなかった! 信じていました! 嘉純さん!


 俺の目線がアヤを捉えた。苦渋に満ちた顔でアヤが白鷺達央を見つめている。


「いつかアヤが言った通りのようだ。人間とはエゴのかたまりだ。利用できるものは何でも利用する。親兄弟であっても、娘であっても、ライバルの策略であっても」


「ふん。中途半端な策士は策に溺れるのだ」

「自分は違うとでも?」

「もちろんだ。私は半端な真似はしない。君たちには首相の弁明会見が終わりお嬢様の結婚準備が整うまでこちらに監禁させてもらう」

「監禁?! 犯罪じゃないか!」

「違う! この腐った日本を根本から変えるための必要悪なのだよ。では、お嬢様。おケガなどなさらぬよう、お気を付けください」


 再び紳士的に礼をした白鷺達央が階段を上っていく。

 

 いや、待て。白鷺達央自身もここに籠城する気でなければ、この先に脱出口があるということではないのか。

 アヤと目を合わせ、うなずき合う。


 俺たちは、なるべく足音を立てないように、白鷺達央の後をつけ始めた。

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