第51話 元宇宙人探偵、防戦一方
アヤとふたり、白鷺達央の後をつけて階段を上っている。
「別にドアから出ないといけないという決まりもない。窓から出ればいいのではないのか」
「この研究棟は採光のために窓は各階にありますが、虫などが入って来ないように10階までは開かないようになっているんです。11階の窓から出るなんてとてもできません。自殺行為です」
「俺はできるが、アヤはできないのか」
疲労を感じだし、表の思考が気付いた。
――ああ、腹が減った。こんなに階段を上ったんじゃ腹が減って仕方がない。あ、そうだ。何も生身の体で追わなくても、脱出口の場所さえ分かればいいんだからドローンをつければいいんだ。
そうそう。もっと早くに気付けば無駄に体力を消耗することもなかったのに。
右手で左腕をむしろうとつまむも、皮膚が引っ張られてちぎれない。
――あれ? なんだ、これは。どうしてむしれないんだろう? あれ?腕だけじゃない、足も顔もどこもむしれない。あれ?
何ということだ。皮膚ができている。ゲルだった体に皮膚ができて、内側はたぶんまだゲルだろうにむしることができなくなってしまっている。
まずいぞ、頻繁に使っていたドローンが使えなくなると、探偵活動にも支障が出る。
ドローンが使えないなら生身の体でこの階段を上っていくしかない。
「はあ……はあ……」
「大丈夫か? アヤ」
「はあ……キツいです……」
アヤはいつものレトロお嬢様ルックなワンピースに低いヒールながら革靴だ。
「場所を確認したら迎えに来る。ここで待っていろ。5階か。そんな靴でよくここまでがんばった。後は任せろ」
「はあ……ありがとうございます、淀臣さん。お気をつけて」
「ああ」
アヤが5階の廊下にへたり込む。普段の移動は車だし、いかにも体力のなさそうなアヤが地下2階から7階分も階段を上ったんだ。根性見せたな。
ひとりで階段を上り続ける。
突然、赤い球が頭部を直撃し、すさまじい痛みが襲った。
「なんだ、この衝撃は!」
表の思考が頭を押さえて混乱しているが、これは痛みだ。
痛みを感じることなどなかったのに、この場面でこの順応は本当にやめてほしい。めちゃくちゃ頭が痛い。
「バカめ! 貴様がひとりになるのを待っていた! くらえ! 白鷺商事の人気商品、ボーリングの球!」
また球を下投げしてくる。また食らってはたまらない。急いで頭の中のON/OFFスイッチをONにする。
球がスローモーションのように見え、難なく避ける。球を投げるだけ投げて階段を上る白鷺達央を追う。
「外したか! これならばどうだ! 白鷺商事の品薄商品、一度に18弾を放つダーツランチャー!」
ドドンと号砲と共に、一斉にダーツが飛んでくる。階段の幅いっぱいにダーツが広がり、これは避けようがない!
「ゲルシールド!」
弾力のあるゲルがダーツの針を通さずポヨンと威力を吸収し、バラバラと階段に落ちる。
「まだ追ってくるのか?! ならば次だ! 白鷺商事の裏メニュー商品、鎖鎌! からのチャクラム!」
「上を避けたら下か!」
頭を目がけて飛んでくる鎖鎌を避けようとしゃがんだ所に円盤型の大きく平らな物が飛んでくる。間一髪かわし、階段を駆ける。
「くっ……白鷺商事の問題商品、竹筒の銃、発射!」
「うわ! 何これ、水鉄砲?!」
ただの水鉄砲ではないらしい。中にインクが入っている。軌道を読んで避けても壁に跳ねたピンクのインクが服に付く。
「あー! お気に入りの服が!」
「ざまあみろ!」
はーっはっは、と高笑いと共に階段を駆けてゆく足音を追う。
いくら順応化が進んでいるとは言え、この地の人間よりは身体能力も体力もけた外れに上回るはずなのに、なぜあんな初老の男性に追いつけないのだ?!
気合を入れて階段を駆け上がると、踊り場で白鷺達央が杖を手に軽やかなステップを踏んでいた。
「しまった、見られた! 我が白鷺商事の最大の目玉商品、ダンシング杖の癒しの妖精ダンスによる体力の回復を!」
「そんな回復方法があったのか!」
この地の人間は道具を使って体力回復などできるはずがないのだが? 資料だけでは分からないことってたくさんあるのだな。これが百聞は一見にしかず!
気付くと白鷺達央の姿はなく、足音も聞こえない。
しまった! だいぶ差を開けられてしまったか?! 冗談じゃない! ここまで来て見失ったので脱出口が分かりません、なんて言えるか!
いつの間にやら最上階に達していたようだ。目の前に現れた扉を開ける。
「うわ!」
アヤが言っていたように、屋上にはヘリポートがあり、今まさに飛び立とうとプロペラを回すヘリコプターがある。ものすごい爆風で立っていられない!
「せいぜい、その日がくるまで餓死などしないようにな! さらばだ、ハエよ!」
拡声器だろうか、爆音の中声が聞こえたと思ったらヘリコプターが飛び立った。
慌てて扉の内側へと戻る。
――脱出口って、ヘリか!
無駄に体力を削られただけになってしまった。ああ、腹が減った……。
ピピッと、ワイヤレスイヤホンのバッテリー残量があとわずかなのを知らせるような電子音が脳内で聞こえる。
――何の音だ。耳鳴りか。
いや、耳鳴りも体験したことがないだろうよ。そんな微妙なところまで順応していない。
これは耳鳴りなどではない。宇宙人スイッチの充電が残りわずかだと告げる音だ。
もう一刻の猶予もない。早く、アヤと共にここから脱出しなくては!
――もう窓から出よう。早く帰ってアヤにメシを作ってもらいたい。
アヤに電話をかけるも、出ない。まだ5階にいるだろうか。階段を下りていく。13階から5階は下りでもそこそこしんどい。くるくると方向の変わる階段を下り続けて方向感覚がおかしくなってくる。
5階の廊下にアヤの姿はなく、廊下の真ん中辺りに何かが落ちている。行ってみると、アヤのスマホだ。
――白鷺達央の手下がこの建物内にいるんだ!
どうして俺は白鷺達央がひとりで乗り込んできたと思い込んでいたんだ! アヤをひとりにするなんて!
「アヤ! どこにいる! 何でもいいから返事をしろ!」
何の声も聞こえない。
焦りの感情を感じながら、俺はとにかく目の前の階段を駆け下りた。
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