第31話 マジシャンの消える遺言書
「早かったな、アヤ」
「あ! 淀臣さん! 早くありませんよ、急遽この子を迎えに行ってたので遅かったくらいです」
アヤが虫かごのような物を軽く持ち上げる。中には何やら毛むくじゃらな小さな動物がつぶらな瞳でこちらを見ている。
「何だ、それは」
「ハムスターです。友達が飼ってるハムなんですけど、旅行に行くから預かってくれって頼まれて」
「ハム?」
「ハムでもスターでもなく、ハムスターです。小動物ですよ。見てると癒されるから連れてきました。ハム二朗って名前です。2代目らしくて」
「食えるのか、ハムスターとやらは」
「こんなかわいいハムを食べようとするなんて、淀臣さんくらいですよ!」
もう10月も半ばだというのに、今日はえらく暑い。
部屋に入ると少し涼しく感じる。
「淀臣さんはどちらかにお出かけされていたんですか?」
「飼い主の所に行っていた。俺は飼われている身なのでな」
「飼われている?!」
手元のハムスターと俺を交互に見るな、アヤよ。
「淀臣さん……ヒモなんですね?」
「ヒモ?」
また何か勘違いをしだしたな、この恋愛脳のお嬢様は。毎月30万のお手当をもらっているし100%違うとも言い切れないが、俺はあくまで嘉純さんを癒すために飼われているペットである。
「大丈夫です、淀臣さん。私はヒモ肯定派です。いろんな愛のカタチがあっていいと思っています。ヒモであることも、ヒモを愛でることも、ひとつの愛のカタチです。ヒモだって同じ人間。ヒモにだって人権があるんです。トンボだってオケラだってアメンボだって生きているんです。ヒモもオケラも同じです」
俺とオケラを同列に位置付けるんじゃない。
「では、こちらのお客様をテーブルに失礼いたしますね」
「ああ」
アヤが超高級応接セットのテーブルにカゴを置く。カラカラ音がするのでふと見ると、ハムスターがゲージの中の回し車で懸命に走っている。
「かわいい!」
「ね、癒されるでしょう」
初めて見る小動物に感激である。
――こんなに小さいのに、ちゃんと生きてるって感じがする。かわいい!
至近距離で自分を見つめる存在など気にしていないように、ハムスターが走る。
表の思考のヤツ……ますます順応化が進んでいる。我がアウストラレレント星人は、かわいさに感動することなどない。真面目に仕事に取組み文明の進化にまい進してきた我らはかわいいものを欲しないから創り出さなかった。
――うわー、ちっちゃい手で器用にエサを持って食べてる。かわいい~。
もうメロメロじゃねえか。やっとゲージから離れたと思ったら、ソファに寝そべってハムスターを検索しだしたぞ。飼う気だな。
ピーンポーン、とロビーへの来客を告げる音が響く。いつもの通り俺が動かないのを見てアヤがインターホンへと急ぐ。
「はい」
「こちらは天外探偵事務所でしょうか」
「あ! はい! お上がりください」
プッと通信が切れた音がする。
「淀臣さん、依頼人ですよ! キレイな女性でしたね、どんな依頼でしょうか」
「女性か……また恋愛絡みの浮気調査とかじゃなきゃいいなあ。事件の匂いがしない」
「事件の匂いって、事件だったら探偵じゃなく警察に行くんじゃないですか?」
「警察との横のつながりがほしいところだな。アヤ、警察に幼なじみでもいないのか」
「いませんねえ」
今度は玄関インターホンの音が響く。
「寝そべってないでビシッとしてくださいね、淀臣さん」
「あいあい」
――はあ、腹が減ってきたな。さっさと話を終わらせてメシを作ってもらおう。どうせ浮気調査だろ。すぐ終わるから金を稼ぐには効率はいいが、まったく楽しくない。
やる気出せ、探偵よ。たしかにお前の好きな探偵たちは浮気調査なんかやってないけれども。そして、今の所一番多い依頼が浮気調査だけれども。
「あら! まあ、かわいい」
「一緒に上がっても大丈夫ですか?」
「はい、どうぞどうぞ」
「失礼します」
――かわいい? 依頼人がハムスターでも連れて来たんだろうか。
依頼人であろう女性に手を引かれ、小さな男の子が入って来る。
――子供か。
裏にいる俺も表に出ている思考も子供には興味がない。
ぼんやりとやる気なく眺めていると、大きな白い犬が子供の後ろをゆったりと歩いて来た。
「うわ! なんだこの毛だるまは!」
「失礼な言い方しないでください、淀臣さん! サモエドです。ロシア原産の犬だから、寒さに耐えられるように毛が多いんですよ」
「体は大きいけれど、気は優しくて穏やかな性格なので安心してください」
依頼人の女性がペコペコと頭を下げている。ハムスターに犬か。一気に動物王国化してきたな。
穏やかだという性格そのままに、犬がのんびりと部屋の中を徘徊する。お、応接テーブルの上のハムスターを凝視している。
「この犬、ハムスターを食う気じゃないのか。えらくよだれを垂れ流しているが」
「こら! ピック! やめなさい! こっちへ来なさい!」
慌てて女性が犬を呼び寄せ、アヤが背の低い応接テーブルからダイニングテーブルへとハムスターのゲージを移動させる。
ハムスターを見ていた子供もその後をついてダイニングへと歩いて行く。
「ご依頼ですね? こちらへどうぞ」
子供と犬はアヤに任せ、女性を応接セットへと案内する。俺もしっとりとした本革のソファに身を沈める。
「ご依頼内容と報酬金額は?」
「え? あ、あの……遺言書を探していただきたいんです」
「遺言書を? 失くしちゃったんですか?」
「い、いえ……消えるんです」
「消える?」
「ええ。私の一家は家族でマジック団をやっていて、その団長が祖父なんです。先日祖父が病に倒れ、もう先は長くないとの医師の診断を受けて、遺言書を書きました」
「マジック団? もしかして、レッドマジック団ですか?」
「はい」
「え! すごい! じゃあ、深紅の魔術師レッドローズの遺言書ってことですか?」
アヤが冷たいお茶を運んでくる。
「はい。その遺言書が、まるで消失マジックのように消えるんです」
「消失マジック?」
「はい。ここにあった物が消えて、あちらに出てくる、というマジックです。ですが、遺言書は消えるばかりで出て来ない。マジシャンしかいない我が家でこんな事態、あり得ません。マジックとして成り立っていませんもの」
「どういう状況でなくなるんですか?」
「それが、何とも説明のしようもなく……ただ、消えるんです。気付いたらいつの間にかなくなっていて」
「なくなったんなら、また書けばいいのでは?」
「祖父もそう考え、新たな遺言書を書きました。すると、またいつの間にか消えてしまう」
「また?」
「誰かが故意に遺言書を消し去っている、ということですね」
俺の言葉に、依頼主の女性が神妙にうなずく。
――超有名マジック団団長にして、日本の理想の家族に7年連続で選ばれる家族の家長の遺言状。
それが消えるというのは、大事件だ! その遺言書には、おそらく遺産について書かれている! 大きな金が動く!
「分かりました。この依頼、お受けいたしましょう。金ならいくらでも出せますね?」
「いくらでもとは言えませんが、遺言書を消してしまう犯人を見つけていただけるならば、出せるだけ出す用意はあります」
「よろしい。これはまず間違いなく遺産相続に絡んだ犯行です。これから相続権のある者が次々と殺されるでしょう。疑うべきはそれによって利益を得る者です。ですが、隠された血縁者がいる場合はソイツが犯人です。一見、相続候補者を減らして遺産をひとり占めしようとしていると見せかけて、真犯人・隠された血縁者が私怨を晴らそうとしているのです。まずは、その死にかけのマジシャンに隠し子がいないか調べましょう」
「淀臣さん! そんな楽しそうに、いくらなんでも不謹慎が過ぎます!」
アヤが慌てて止めに入る。
「何を言う。違うぞ、アヤ。俺は何も事件が起こるのを心待ちにしているのではない。探偵はいつも事件が起こってから現場に向かう。だが、事件を未然に防げるならば防ぎたい、探偵の夢さ」
いい顔して、それが言いたかっただけな。初めて大きな事件に発展しそうな依頼が来て、思いっきりワクワクしてるのが思い切り出ちゃってるぞ、俺よ。
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