第14話 お嬢様の得意料理

 ――娘を話をしていたらまた腹が減って来たな。食材はたくさんあるのに、料理なる工程を経なければ食えないなんて、拷問だ!


 憎々し気にキッチンを見る俺につられて、アヤも目線を動かす。

「まあ、立派なキッチンですね。とても使いやすそうだわ」

 笑顔のアヤをものすごい形相の俺が振り向いて見る。


「娘。アヤと言ったか。アヤ、料理はできるのか?」

「ええ、主に豆腐やこんにゃく、もやしを使った料理が得意です」


 完全に節約料理BOOKブーックのレシピじゃないか。お前は本当にええとこの家のセレブリティなお嬢様なのか。


「もちろん、家にはお抱えのシェフが7人います。毎日飽きることのないように、との配慮と、シェフがインフルエンザ等の疾病に罹患した際には心置きなく解熱後5日は休んでもらうためです」

 解熱後で5日は長くないか。超ホワイト企業だな。


「私、おばあちゃんっ子なんですよね。父方の祖母は私が生まれる前に他界しているのですが、母方の祖母がチャキチャキと動くとても元気な祖母で」

「ほお、祖母。俺は祖父が好きだが」

 親の寿命尽きる直前にタマゴとしてアウストラレレント星に誕生した俺に祖父の記憶などあろうはずがない。

 祖父のことが好きな名探偵が好きなんだよな。


「母が父と結婚した際に父は祖母に援助を申し込んだらしいのですが、祖母は娘は金と結婚するのではない、と突っぱね、今でも市営団地の4階に住んで、主に年金と生活保護を受けて生活しています」

「気合いの入った老人だな」

「まさに気合い! エレベーターなんてありませんから、もやし買いに行くだけでジムに通ってるようなもんじゃ、と豪快に笑う祖母が私は大好きなんです」

「安上がりな老人だな」


「4階まで階段を駆け上がると、本当に息は絶え絶え、足はプルプルと震えまさに鬼トレーナーのいるパーソナルジムのようなんです!」

「ジムとはそのようなフワフワの服装で行くものなのか」

「いいえ、私ももうハタチ。大人なので存じております。郷に入っては郷に従え、私は祖母の団地に行く時にはまずGUに行き、庶民的な服装に着替えてから参ります」


 ほう、たびたびこのお嬢様ルックで店を訪れ庶民的な服に着替えて出て行くのか。店員たちが何とあだ名を付けているのか気になるな。

 そして、団地のご近所さんたちはたびたび高級ブランドバッグを持って新品の庶民的な服装でやって来るうら若き乙女をどう認識してらっしゃるのだろうか。


「何か料理をしてくれ、アヤ。豆腐でももんぺでも何でもいいから作ってくれ」

「もんぺ?」

 どっから出てきたんだよ、もんぺ。


 冷蔵庫を確認したアヤが、

「まあ、いいお豆腐がありますわ。これは冷奴で召し上がった方がいいんじゃないかしら」

 と豆腐に薬味を載せ、醤油をかけた皿をテーブルに置く。


「お箸はどちらに?」

「スプーン1本あれば十分だ!」

「あ、ありました、スプーン」

 ダイニングテーブルから1歩たりとも動かない俺にスプーンを探して渡してくれる。


 ――おお! うまい!

 この暑さにダレきった体に活力を与えてくれるような刺激は何だ! 素晴らしい!


 これはおそらくショウガだ、俺よ。うん、さすがはいい豆腐、大豆が濃い。


「まだ何か召し上がられます?」

 あっという間に食い切った俺にアヤが尋ねる。

「食う!」

「少々お待ちくださいませ」

 意外にもイヤな顔ひとつせずにお嬢様がキッチンに立つ。


 もやしと豚肉を炒めているようだ。

 手早く調理を終えると皿を運んでくる。

「どうぞ、お口に合ったらいいんですけど。おばあちゃんの家で作ってるように作ってしまったから、どうかしら」


 なるほど、やや薄味だ。

 祖母の好みに合わせているのだろう。


 黙々と食う俺を見ながら、やっぱり味薄かったかしら……とでも思っているのだろうが不安げなお嬢さんよ、安心してほしい。


 ――うまい! めっちゃうまい! ナニコレ超うまいんだけど!

 うわー、何この味! さっぱりと口の中がさわやかになる!


 これはおそらく、ポン酢だな。

 このお嬢様は季節に合わせた調味ができるようだ。9月に入り暦の上では秋とは言え、真夏と変わらず暑い。

 薄味なのがむしろ良い。たしかにうまい。


 まだ半分も食べていないというのに、ピーンポーンとインターホンが鳴る。

「あの、来客のようですけど」

 困り顔のお嬢様よ、申し訳ない。無視している訳じゃないんだ。頭の中がうまいメシでお祭り騒ぎで本当に聞こえていないだけなんだ。


「あの、よろしければ私が出ましょうか?」

 メシのことだけをひたすらに考え続ける俺がただ頭を上下に激しく振ると、アヤは立ってインターホンモニターへと向かった。

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